063-手紙
リセとディランの決闘が決着し、ディランのプロメテウスが解除され、決闘場から蒼炎が消える。
それと同時に、決闘場の外から一人の少女が倒れ込んだリセの元に駆け寄る。
「リセ先輩!!!」
レインは涙目になりながら、ぐったりと倒れたリセに声をかける。
「……レイン。ごめん、ね。……こんな、かっこ悪い、ところを」
「今はそんなこといいんです! 大丈夫ですか!?」
「外傷は特にないだろうが、脱水症状を起こしている。少しずつ水を飲ませて塩気のあるものを摂らせろ。それから涼しいところで休ませてやれ」
すぐそばに立っていたディランが、レインに応急処置の指示を出す。
レインはそのディランを睨みつけたが、すぐ指示に従い、まずは自分の水筒の中身をリセに飲ませた。
そしてすぐ、ランビケとポリネーもこの決闘を観戦していた事を思い出し、手伝いの指示を出す。
「ランビケさん、グラファイトさん! 近くに担架があるはずなので持ってきてください!」
しかしその声への返事はなかった。
レインが後ろを振り向くと、近くにはランビケもポリネーも見当たらなかった。
「えっ……? ふ、二人は!? いつの間に、どこに……!?」
◆
陽が西に傾き始めた頃合い、フランブルク商会の事務所でアリアとロベルトの二人は書類仕事と向き合っていた。
手元の書類がキリの良いところまで終わったアリアは、コップに注がれた水を一口飲み、ロベルトに声をかける。
「そういえば今日、会長を見かけないわね。事件から数日は商会の敷地内で大人しくしてたのに」
「ああ、会長サマなら明日までアエト村に行ってるよ。覚えてるか? お前とメリアを拾った日に立ち寄った村だ。仕事のついでにリリとリリの母親に会うんだと」
「あらそうなの? リリって確か、貴方の腹違いの妹だったわよね。あの人、無責任なのか誠実なのかよく分からないわねえ。自分勝手って言うのが正しいかしら。……もしかして、ちゃんと経済的に養ってたりするの?」
「ああ、カネだけは持ってるからな。それで父親ヅラしてやがる。リリはあいつの事どう思ってんだろうな」
「というか、会長を街から離れさせて大丈夫なの? 確かダリアからこっちに来る時も襲われたんでしょ?」
「一応あいつもそれくらいは考えてるらしくてな、ダリアからこっちに連れてきた傭兵団を連れてってるらしい。予定にない急な仕事だから、割増料金だそうだ」
「もしかしてそれ、商会のお金?」
「ああ、経費で落としやがった。あいつが行かなければ、普段の輸送費で済むのによ」
「それ絶対後で支部長が怒るでしょ……」
「その通りだ。あいつも支部長に怒られると分かって、支部長が不在の今日を狙いやがったんだ」
「不在といえば、ザガも見かけないわね。と言っても、まだ療養休みだったかしら?」
「ザガはクソ親父についてってるよ。まだ物を持ち上げると背中が痛えらしいが、親父のお目付け役がてら一緒に行ってもらった」
「あらそうなの。それなら多少は安心かしら」
「まあ余程の事はさせねえだろうけど、ザガは親父に甘いんだよな……」
そこまで話したところで、事務所の扉が開けられ扉につけられたベルの音が中に響いた。
入り口の方を向き、ロベルトが挨拶をする。
「いらっしゃい!! ……おや? お前、マースか?」
「こんにちは〜、マースです〜」
戸口に立っていたのは裏通りの何でも屋の少女、マースだった。
ずいぶん高価そうな身なりをしていたため、ロベルトは見た時一瞬戸惑ったが、その格好が幻覚の魔法で作られた偽りだということにアリアは気付いている。
「悪いがザガは明日まで留守なんだ。料金の徴収だったらまた明日来てくれ」
「ううん、今日はアリアちゃんに用があって来たんだ〜」
「あたしに? 何の用かしら」
「うん。……えっとね、凄く大事な話なんだ。言い忘れがないように手紙を書いてきたから、これを読んでほしいな」
戸口から二人の仕事机まで歩いてきたマースは、懐から一枚の紙を取り出して差し出した。
「大事な話?」
「うん。ハイスバルツ絡みって言えば大事さが分かるかな?」
「それはとても大事ね。読ませてちょうだい」
アリアはマースの手紙を受け取り、その内容に目を通した。
ロベルトも後ろから手紙の内容を覗き見る。
アリアはそれを咎めなかった。
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まず初めに、この手紙を読むなら必ず最後まで読んでほしいです。
半端な状態で読んで急いで向かっても、もう手遅れだから。
最後まで手紙を読んで、全てを知ってから判断してね。
今、この街に、ハイスバルツ家の人間が三人来ています。
一人目はディラン。
二人目はトーチ。
三人目はポリネー。
目的は、家出したアルティア・ハイスバルツを連れ戻す事だそうです。
ハイスバルツ家は一度アルティアに逃げられているため、今度は逃げられない状況を作りました。
端的に言うと、ハイスバルツ家は、すでに人質を取っています。
私は会った事ないから知らないけど、ランビケ・フレーっていう魔法大学の学生さん。
彼女がすでに拉致されているようです。
それから、アルティアと共に家出した、彼女の妹のメルティア。
彼女が寝込んでいる部屋に、すでにハイスバルツの人間が来ています。
勿論、これは冗談ではありません。
メリアちゃんの部屋にハイスバルツの人間を手引きしたのは、あたしです。
ハイスバルツから、何でも屋のあたしに依頼が来たんです。
この手紙も、そのハイスバルツの人間に指示されて書いています。
この状況を踏まえた上で、ハイスバルツからアルティアへの要求は以下の通りです。
・メルティアのいる部屋を訪れ、そこにいる人間について行く事
・その後、ディランと同行し、バルツの街まで戻る事
・バルツの街にて、相応の罰を受ける事
・以後、ハイスバルツ家当主の後継者として、責任を果たす事
これらの要求を飲む事が、人質の無事を担保する条件です。
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「おいマース。これはどういうことだ?」
ロベルトの口調は淡々としていたが、その言葉には怒りが滲み出ていた。
マースはその言葉を聞いても、悲しそうな微笑みのまま表情を変えない。
マースに向かって踏み出そうとしたロベルトを、アリアが手で制する。
「アリア。なんで止める? お前……」
そのロベルトの問いにアリアは答えず、代わりに手紙の下部に杖を向けた。
アリアが杖で手紙をなぞると、空白だった部分に更なる文字が現れた。
手紙にかけられたマースの幻覚の魔法を、アリアが解除したのだ。
アリアとロベルトはその隠されていた部分を読む。
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あたしの幻覚を一目で見破ったアリアちゃんならこの部分も見つけてくれると信じてたよ。
でも、ごめんね。
この情報はもっとアリアちゃんを追い詰めるかもしれない。
実はね、あたしの部下の子供たちも人質にされてるんだ。
誰にも伝えていない部下の人数を、はっきり把握されてたんだ。
あたしがハイスバルツを裏切ったら、子供たちに手を出す気らしい。
だからあたしは、どんな手を使ってもアリアちゃんをハイスバルツに差し出さなきゃならない。
あいつらはあたしが裏切ったら、連絡用の魔法石の棒を折って合図を出すと言っていた。
魔法石は小瓶の中に入ってて、一応手違いで折れる事はそうそう無いようになっていた。
その小瓶は、今はメリアちゃんの部屋にいる男……トーチが持っている。
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手紙を読み終えた二人が改めてマースを見つめると、彼女の口角が上がった。
「書いてある通り、最後まで読んでくれてありがとぉ。……アリアちゃん、部屋まで行ってくれるよね」
「……ええ、もちろん」
「ロベルトくん。……キミも、下手な事はしない方が良いよ。ハイスバルツは、今日のために余程準備してきたみたい。手を出したら、フランブルク商会も報復されるんじゃないかなあ」
ロベルトは拳を強く握り締めたまま俯き、何も言わなかった。
「ロベルト。あたしはまだ、実家に帰るつもりはないから。……だから、別れの挨拶なんてしないわよ」
アリアはそう言ってからマースに付き従い、事務所を出て宿舎へと向かった。