061-リセの執着
ポリネーのランビケ拉致計画は大幅に予定を変えさせられていた。
本来なら、ランビケと昼食のためレストランで二人きりになったタイミングで、彼女を気絶させるなりなんなりして身柄を確保するはずだった。
しかし、リセとレインの二人がついてきてしまったせいで、ランビケを拉致するタイミングが全くなかった。
常にリセかレインのどちらかがランビケのそばにいるのだ。
ポリネーからすれば、まるで拉致計画の情報が漏洩していて、リセとレインが二人がかりで計画の邪魔をしているかのように感じられた。
ただ、こういう時は焦っても仕方がないとポリネーは理解している。
「グラファイトさん、お魚はお口に合いましたか?」
「ええ、とっても! 程よい脂がたっぷり乗っていて、バルツの街ではこんなに美味しい魚は食べられません。素晴らしいお店を紹介いただきありがとうございます」
だからポリネーは存分にレストランの食事を楽しみ、心からの感謝をランビケに笑顔で伝えた。
そもそも、拉致の目的はランビケに危害を加えるとアルティアを脅す事だ。
たとえ拉致できていないとしても、ポリネーがランビケのすぐそばにいれば、脅迫する事は可能だ。
大事なのは、ランビケのそばにいること――。
ポリネーがそう考えている間に、一行は魔法大学まで戻ってきていた。
「確か、もう少しでエンジン? が完成するんでしたよね!」
「試作品ですけどね。アリアさんと一緒に磨き上げた理論がどこまで通用するか、すっごく楽しみです……!」
「私もさっき設計図を見せてもらったけど、あの作りなら魔力は一極集中し過ぎないから、話してたような爆発が起こる可能性は低いだろうね」
「まあそのために、今までよりもかなり多くの魔法石が材料として必要になっちゃったんですけど……こうやって作れるのもグラファイトさんが魔法石を運んできてくれたおかげです!」
「私は一緒に馬車に乗ってきただけですよ。どんなものが完成するか私も楽しみです。期待してますよ、ランビケさん」
三人はまたランビケの研究室に戻る様子だったため、その流れに乗って同行しようとしたポリネーだったが、彼女の後ろから不意に声がした。
「何をしているんだ、ポリネー」
驚きを胸の奥に押し込み隠して声の方へ振り向くと、そこには声の主であるディランが立っていた。
ポリネーに釣られ他の三人もディランの方を向く。
ランビケとレインにとっては知らない男だったが、リセはディランの顔を見て目を見開いた。
「あら……ディラン、どうして貴方がここに?」
「貴様が来ないから様子を見に来た。昼食の後来るんじゃなかったのか?」
ディランは眉間に皺を寄せポリネーを問い詰める。
昼食でランビケを拉致し、予め決めた場所でディランたちと合流するのが当初のポリネーの予定だった。
「ご覧の通り、皆さんと一緒に過ごしてたんです。これからランビケさんの研究を見せていただくんです。貴方もどうですか?」
「研究?」
「魔法の車の開発ですよ、ディラン・ハイスバルツ」
ディランの疑問に答えたのは、ポリネーでもランビケでもなくリセだった。
そしてハイスバルツという名前を聞いて、ランビケの表情が固まる。
ディランは急に会話に混じってきた女の顔を見て、ポリネーとランビケと一緒にいた二人が、斥候の報告にあったリセとレインである事に気付いた。
「貴様は……リセ・シュニーブルか」
「む、まさか覚えていてもらえたとは。三年振りですね」
リセがにっこりとディランに微笑む。
この面子から、ディランはポリネーの事情を察した。
リセとレインが邪魔でランビケを拉致する隙が見つけられなかったのだろう、と。
「ディラン、貴方の活躍は聞き及んでいます。バルツの街で兵士長を務めているとか」
「ほう、セルリの街にいながら俺の現況を知っているのか。魔法大学はそんなに卒業生の情報を詳しく調べて在学生に教えているのか?」
「私が個人的に貴方の情報を集めているだけですよ」
「……貴様、そんなに執着するやつだったのか?」
「貴方との決闘が忘れられないんです。あれ以降、決闘に苦手意識を持ってしまうくらいにはね」
「貴様も今は首席だと聞いたぞ。決闘が苦手で首席が務まるのか?」
「そもそも私に決闘を申し込む人なんて、貴方が卒業してから二人しかいませんでした。どうやら私は、周りからすると近づきがたいようです」
「貴様の魔法は未知で得体が知れないからな。それでいて地力もあるのだから、そうそう挑戦者は現れまい。いるとしたら余程の馬鹿か余程の自信家だろう」
「ふふっ。自信家だってさ、レイン」
「ちょ、リセ先輩!!」
不意に揶揄われ、恥ずかしさからレインが顔を赤くする。
そんなレインの頭をリセはよしよしと撫でた。
ディランはリセが自分に対して想像以上の執着を持っていたことに着目し、これを利用しようと考えた。
「リセ・シュニーブル。三年の間に貴様の魔法も進化したのだろう? 決闘の場で披露してくれないか」
「言ったでしょう? 私は決闘は苦手だと」
「その苦手意識を払拭するチャンスを与えてやろうと言うのだ」
「なるほど。……その提案、乗りましょう」
「「「えっ!?」」」
流れるように決闘の約束が交わされ、ランビケとレインとポリネーは驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっとディラン」
「どうした、ポリネー」
ポリネーはディランの元に小走りで駆け寄り、他の三人に聞き取られないよう小声で話す。
「貴方、その……仕事は?」
「貴様がそれを言うのか?」
「私のは仕方ないんです」
「仕方ない、か。そうだろうな。だから俺が挽回のチャンスをくれてやる」
その言葉で、ポリネーはディランに何か意図があるのだと理解した。
ポリネーは歩いてまた三人の元に戻る。
その時、ランビケの表情が妙に固いのが少し気になった。
「あれ、グラファイトさんはこっちなんですか? あちらのディランさんは上司さんなのでは?」
レインのそんな問いにポリネーは微笑みながら答える。
「たまにはディランの負けるところが観たいと思いまして、リセさんを応援しようかと」
ポリネーは背後からディランが鋭く睨みつけてきたような気がしたが、気のせいという事にした。
◆
一行は魔法大学内の決闘場に移動した。
中ではリセとディランが向き合い、ランビケ、レイン、ポリネーの三人は外のベンチに座っている。
リセとディランが決闘の取り決めを確認している時、ディランが現れてから黙りっきりだったランビケが口を開いた。
「グラファイトさんは、ハイスバルツ家をどう思ってるんですか?」
「え? どういうことです?」
「えっと、その……言葉選びが難しいんですけど、ハイスバルツ家って……この街にいると、あまり良い噂を聞かなくて」
「ああ、なるほど、そういう話ですか」
ハイスバルツ家が周りからどう思われているか。
それはハイスバルツの人間として何年も過ごしていれば嫌でもわかる事だった。
特に七年ほど前まではバルツの街での反抗勢力の活動が激しく、ポリネー自身もそんな反抗勢力に面と向かって罵詈雑言を吐き捨てられた事がある。
ポリネーはその時のことを思い出した。
「恐怖と暴力で民衆を支配する、最悪の統治者。みたいな感じの噂でしょうか?」
「あ、えっと、その……」
ランビケは言葉を詰まらせる。
きっとランビケも反抗勢力と同じようなイメージを持っていて、愚痴のような話を望んでいるのだとポリネーは推測したのだが、同調の返事が返ってこなかったため、ランビケの質問の意図が分からなくなった。
「今私が言ったのは、数年前バルツの街の情勢が悪かった頃、ハイスバルツ家に向けられていた言葉の一つです。私個人としては……上司がハイスバルツの人間ですから、下手な事は言えませんよ」
「……その言い方だと、グラファイトさんはハイスバルツを手放しで賞賛するって訳ではなさそうですね」
「ノーコメントです。あの、この質問の意図は何でしょう?」
「意図、ですか。……あたし、ある事情があって、元々ハイスバルツ家への心証は最悪だったんです。ハイスバルツの人間全てを憎く思うほどに。でも、最近心境の変化があって……。ハイスバルツの事をもっとよく知って、もう一度評価をしなおそうって思ったんです」
「そういうことでしたか。でしたら、今から始まる決闘はランビケさんの判断の一助になるはずですよ。ディランは、今の後継者さえいなければ当主を継いでいたであろう、優れた人物ですから」
ポリネーは斥候からの事前報告で、ある事実を知っていた。
ランビケ・フレーは、かつてハイスバルツ家で家庭教師を務めたジェーン・トレアの姪である事を。
だからこそ、彼女はアルティアを従わせるための人質として選ばれたのだ。
再び自身の過ちで、今度は恩師の肉親が傷付く事になっても良いのかと、アルティアを脅すために。