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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
61/99

059-誘惑と裏切りと

 朝方の貧民窟。

 何でも屋を営む少女、マースはいつも通りの時間に、いつも通りの仕事場所に向かっていた。

 ザガが多めに報酬を弾んでくれたとはいえ、彼女は部下の子供たちに継続的に給与を払うため、お金を稼ぎ続けなければならない。

 稼げる可能性があるのなら、いつもの廃墟で椅子に座り、仕事が来るのを待つのだ。

 だが、その日のいつもの場所は、いつもとは違っていた。

 見慣れない男が二人、そこで待っていた。

 一人は二十代くらいの背の高い若い男で、もう一人は白髪混じりの細身の男だ。

 二人とも、あからさまに上質な布が使われた服を着ており、見ただけで貴族か何かであると分かる。

 しかし、マースはこの街の貴族の顔はあらかた知っているのに、この男たちは見覚えがない。

 つまり、よその街から来た貴族が、どういうわけか、知る人ぞ知る貧民窟のマースの何でも屋を訪れていたのだ。

 マースは不審に思いつつも、何か情報を得るため、ひとまず話しかけてみることにした。


「おはようございます〜。あのお、お客さんですか〜?」


 マースの声かけに返事をしたのは白髪混じりの男の方だった。


「君がマースかな? この街で何でも屋をやっているという」

「はい、あたしがマースですよ〜」

「ああ良かった。アポイントは取れず依頼が出来るかは先着順と聞いていたから、こうして朝一番に待たせてもらったよ」

「やっぱりお客様でしたか〜。こんな場所までわざわざどうもぉ。今日はどちらからいらしたんです〜?」

「君は客のプライバシーを詮索するのか? コンプライアンスはどうなっている?」

「ぷ、ぷらい……? こんぷら……?」


 マースは白髪混じりの使う言葉がところどころ理解出来なかったが、とりあえずこの男が無駄話に興じるタイプではないという事は分かった。

 情報を引き出すなら早く本題に入るべきであるとマースは判断した。


「とにかく失礼しました〜。それで、今日はどんな御用でしょお?」

「うん。君はアルティア・ハイスバルツをご存知かな?」

「アル……?」


 すっとぼけて見せたが、マースはこの名前を知っている。

 何ヶ月か前、バルツの街から早馬の駅伝で大急ぎで街から街へと届けられた伝書があった。

 そこに書かれていた、行方不明の貴族の娘の名前がアルティア・ハイスバルツだ。

 ハイスバルツといえば、ザガからの依頼でここしばらく街に潜む斥候を探してくれと頼まれていた一族だ。

 そして本人に確かめたわけではないが、フランブルク商会のアリアの本当の名前が、恐らくそのアルティアだ。

 この男たちはアルティアを探しに来たハイスバルツの人間なのだろうか?

 マースが表情に出さず思案していると、白髪混じりは質問を変えた。


「ふむ。では、アリア・フランブルクなら知っているだろう?」


 その聞き方は確信めいたものを感じさせた。

 目の前のこの男たちは、よそ者であるにも関わらず、このマースの店を知っていた。

 一体どこまで知っているのだろう?

 下手に嘘をついて知らないフリをするのは危険なように思えた。


「フランブルク……って事は、フランブルク商会の方なんですか? そのアリアさん」

「会った事はないのかな? 紅みがかった黒髪の少女なのだが」

「ああ〜……。見たことくらいはありますよお」


 実際、マースはアリアとの関係はあまり深くない。

 たまにザガの依頼の報告をしにフランブルク商会を訪れた時、軽くおしゃべりする程度の間柄だ。


「それで、そのアリアさんがどうかしたんですか〜?」

「うん。彼女を拉致してほしいんだ」


 白髪混じりはまるで普通の事を言っているかのように、自然体でそんな物騒な依頼を述べた。

 そもそも貧民窟のマースの店を訪れる貴族という時点でまともではないが、より一層マースは警戒を強めた。

 無論、それが悟られないように気をつけながら。


「あのお、お客さん、一つ注意点がありまして」

「何かな?」

「あたしがやってるのは、確かに何でも屋なんですけど〜、厳密には“街のルールを破らない範囲で何でもやる屋”なんですよ〜。何の罪もない民間人を拉致ったりしたら、兵士さんにしょっぴかれちゃいますよ〜」

「ああ、それなら心配ない。彼女は罪人だからね」

「そうなんですかあ? それならあたしよりも兵士さんを頼るべきだと思いますよ〜。兵士さんたちはお金を取らないし、あたしよりも大規模に動けますし〜」

「ダイナミックに動くわけにはいかないんだ。そんな事したら、勘付かれて逃げられるかもしれないからね。君は確か幻覚の魔法が使えると聞く。君なら彼女に悟られることなく、拉致する事が出来ると踏んで我々は君を訪ねたのさ」

「なるほど〜。ちなみに当店、事前に報酬額を提示しておいてもらうことになってるんですけどお……」


 これは嘘だ。

 報酬は、いつも仕事が終わった後にかかった手間に応じて請求を出している。


「そうだな。依頼を受けてくれるなら前金としてこれを受け取ってくれて構わないよ」


 そう言って白髪混じりは懐から巾着袋を取り出し、机の上に置いた。

 巾着袋はジャラリと音を鳴らし、開いた口からは金貨が溢れた。

 マースはそれを見て息を呑んだ。

 もしこの袋に詰められたものが全て金貨なら、部下の子供たち全員が部屋を持っても余るほど大きな家を借りられる金額だ。


「袋をひっくり返して中身を確かめてくれても構わないよ? 無事にターゲットを拉致してくれれば報酬としてさらにもう一袋渡せるし、君の仕事のクオリティ次第では更なるインセンティブも渡そう」

「お、おおおお〜……」


 この時、マースは確信した。

 これは絶対に危険な話だと。

 目の前に吊るされたエサがあまりにも上等すぎるが故に、マースの警戒心は最高潮に達していた。

 

 しかし、この男の提示する多額の報酬は、この上なく魅力的だった。

 マースがこの何でも屋で依頼を受け金銭を稼ぐのは、自分だけのためではない。

 帰る家を失った裏通りの孤児たちを、せめて自分の手が回る範囲くらいでは助けたいからだ。

 裏通りを抜け出して、表通りに家を持ち、ボロ切れ同然の服ではなく正しい装いをすれば、マースの部下の八人の子供たちも、こんな裏通りのいかがわしい何でも屋ではなく表通りのまともな場所で働けるかもしれない。

 この裏通りのどん底の貧民窟にまで来てしまった住民が、表通りに行けるチャンスなんてものはそうそうないのだ。

 ――子供たちの為なら、フランブルク商会からアリアを拉致するくらい……。


 いいや、フランブルク商会を敵に回すのは割に合わない。

 前金だけでも魅力的とはいえ、フランブルク商会――厳密にはザガは常連で上客だ。

 この街で暮らし続けるというのに、彼や商会と関係が悪化するという状況は好ましくない。

 飛ぶ鳥を落とす勢いで今も拡大を続けているフランブルク商会だ、良い関係を続けていればさらに仕事は舞い込んでくる。

 一時の報酬よりも長期的な関係性の方が大事だとマースは考えた。

 が。


「お話、詳しくお聞かせ願います〜? ほんとにルールを破らないなら、是非ともお受けしたいです〜」


 フランブルク商会との関係性が大事と結論づけた上で、マースはこの男たちからの依頼を受諾する事にした。

 自分が依頼をこなせば、ある程度状況をコントロール出来る。

 例えば形だけでも拉致を成功させた後、拉致の場所や閉じ込め方を把握するといった具合に立ち回れば、男たちから報酬を受け取った上で、さらにフランブルク商会との関係性も保てるはずだと判断したのだ。


「意外だな。仕込みは不要だったか」


 マースが依頼を受ける姿勢を示した瞬間、それまで黙っていたもう一人の若い男が口を開いた。


「仕込み? 何のことです〜?」


 マースが尋ねると、若い男は冷たい視線を彼女に返した。


「……まあ説明してやった方がお前も一層仕事に励むだろう。我々は現在、お前の部下の子供八人全員の所在を把握している」

「……え?」


 マースの部下が全部で何人いるのか、それは本人たちとザガ以外は知らないはずの情報だった。

 ザガでさえ、部下の何人かとは会った事がない。

 若い男は懐から小さな棒が入った小瓶を取り出し、説明を続けた。


「そして私と私の部下はこの連絡用の魔法石を持っている。この魔法石の棒を折ると、部下が持っている魔法石も連動して折れる。それが部下への合図となる」

「……合図って、一体なんの合図でしょう〜?」


 若い男はマースの問いには答えなかった。

 その時、マースは自分がこの男たちの依頼を断っていたり、今後裏切ればどうなるかを想像した。


「まあいいや。それでは詳しくお話をお聞かせくださ〜い」


 マースは恐怖の感情を隠し、完璧な笑顔で取り繕った。


 

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