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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
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058-プロメテウスの試練

 ロベルトと最悪の予想を話した日の晩、アリアが果物を持ってメリアの部屋を訪ねた。

 部屋ではメリアの部下の子供たち三人が交代で寝込んでいるメリアの看病をしていたのだが、メリアはちょうど目を覚ましていた。


「メル。起きていて大丈夫なの?」

「姉さん。……んー、正直だいぶだるいんだけど、寝過ぎてもう寝れないというか。あと、食欲はそんなにないんだけど、お腹が空き過ぎてつらくて」

「だと思って、果物を持ってきたの。皮を剥いてあげるから、食べれる分だけでいいから食べなさい。あと貴方達もずっとメルを看てくれてて疲れてるでしょう? たくさんあるから一緒に食べたらどう?」


 アリアが子供たちにそう尋ねると、三人とも目を輝かせてアリアの提案に全力で頷いた。

 ベッドの横の椅子に腰掛け、アリアがナイフで果物の皮を剥いていると、メリアが話しかけてきた。


「姉さんって、どんな夢を見たかって覚えてる?」

「え? ええ、まあ覚えてたり覚えてなかったりね」

「そうだよね。……私、さっきまで凄く大事な夢を見てた気がする。だけど全然思い出せないの」

「あー、その気持ち分かるわ。そういう時凄くもどかしいわよね。すぐに寝直すと続きが見れたりするけれど、一度起きちゃうともう思い出せないのよね」

「……でもなんか、この感覚はちょっと違う気がする。いつもとは違う」

「風邪引いた時には変な夢を見るものよ。そういうのじゃなくて?」

「うーん、そういうの、なのかなあ……?」

「はい、剥けたわよ。口開けて」

「ちょ、自分で食べ、あむ……おいしい」


 自力で果物を口に運ぼうとしたメリアだったが、アリアに有無を言わさず口まで運ばれて、甘んじてそれを齧ることにした。

 果物の甘さを噛み締めているうちに、夢が思い出せないもどかしさはどこかに消え去ってしまった。


     ◆


「……この夢に戻ると、記憶も戻ってくるんだね」


 メルティアは再び、夢の中の姉の部屋で自身の『プロメテウス』と相対していた。

 起きている時は『プロメテウス』との事は何も思い出せなかったが、夢を見始めた途端全てを思い出した。


「記憶は無くなったわけではありません。ただ蓋がされているだけですから」


 その声音から察するに、おそらく『プロメテウス』は微笑みに近い表情を浮かべてると思われるのだが、相変わらずメルティアはベッドに腰掛ける『プロメテウス』の姿をはっきり捉えられない。


「さて、話の続きをしましょうか。我々プロメテウスが貴方たちに課す試練は、十五年間共にあり続けた個々人が決めます」

「人によって試練が違うの?」

「ええ。要は我々が宿主を真に認められるかどうかなので、試練は宿主の数だけあります。……よっと」


 そこまで言って、突然『プロメテウス』は立ち上がり、メルティアの元に駆け寄って顔を近づけた。

 ぼやけた姿のまま近づいてくる様子は不気味な事この上なかった。


「……と言っても私、貴方のことは気に入ってるんですよ。メルティア」

「そ、そうなの?」

「ええ。貴方の強欲なところが特に」

「強欲……私が?」

「ええ、ええ。貴方はもっと自分が強欲である事を自覚するべきです。旅の為のお金を集めなきゃいけないけど、見捨てたくないから裏通りの子供たちを雇い入れたり。アルティアと離れたくないがために、家出を邪魔したり逆に家出を助けたり。貴方はアルティアによく似て自分勝手ですよ」

「そ、そんなことは……!」


 メルティアは感情的には反論したかったが、客観的に自分を振り返ってみれば確かに今まで自分勝手に動いてきた事に気付いてしまった。

 今まではわりと本気で、「姉は自分勝手だけど私は違う」と考えていた。

 メルティアはそんな自分が急にとても恥ずかしく思えてきた。


「恥じる事はありませんよ、メルティア。先ほど言ったように、私は貴方のその強欲さが好きなのですから」

「でも、一般的に自分勝手なのは良いことではないし、さらにそれに無自覚だったのは恥ずかしい……。っていうか、強欲さが好きってどういうこと? ふつう、好きになるなら強欲さよりも謙虚さじゃないの?」

「ええ、貴方の言うように、他者のために自分の利を諦める謙虚さは、確かに美徳ではあるのでしょう。ですがそれは、強欲さが悪というわけではありません。欲の深さ、それはすなわち意志の強さでもあります。そして強い意志を持つ者こそが、偉業を成し遂げられるのですよ。メルティア、貴方のその欲深さが、強い意志となりそこに大きな力も合わされば、貴方が心の奥底で夢想しながらも絵空事と諦めた偉業でさえ、成し遂げられるはずですよ」

「絵空事と諦めた偉業……?」


 そう言われても、メルティアは『プロメテウス』の言うその絵空事が何なのか、ピンと来なかった。


「この前レインに言ってたじゃないですか。貴方が当主となり、ハイスバルツを変えるのでしょう?」

「あっ……」


 確かにこの前、匣の中に閉じ込められレインと二人で話していた時に、うっかり打ち明けてしまった。

 杖を失ってしまったショックで、心のタガが外れてしまっていたのだ。


「でも、私、それを……絵空事だなんて、諦めたりは」

「私は貴方の心が分かるんですよ? ……確かに貴方は、そうなればいいのに、という願望は持っています。でもそれは、起こるはずもない幸運が転がりこむのを待つかのような願望です。貴方はまだ、その願望を自力で叶えられるだなんて思っていない」

「っ……」


 図星だった。

 メルティアは心の表面では夢を掲げているつもりでも、心の奥底ではその夢が叶うとは思っていない。

 メルティアはアルティアに勝つ為、日々努力を積んでいるつもりだ。

 アルティアに隠している秘策だってある。

 だが、そもそもアルティアと勝負をするという状況が起こる気配がない。

 しかも、メルティアが望むアルティアとの勝負の場は、その勝敗を見届けメルティアがアルティアより優れると認めるハイスバルツの人間がいなければならない。

 今のままでは、そんな状況になる事はないだろう。

 そして仮に、メルティアがアルティアに勝利し、ハイスバルツの当主として認められたとしても、自分の望むようにハイスバルツを変えていくというのはとても難しい話だ。

 何せ一族最強の力を持つ父であっても、一族の人間たちの関係やバランスを保つために、方々に忖度を重ねており、何もかも好き勝手にするというわけにはいっていない。

 旧態依然で保守的な一族に変革をもたらすなんて、どれほどの苦難が待ち受けているのか想像もつかない。

 

 メルティアの耳元まで口を近づけて、『プロメテウス』が囁く。


「つまり、貴方にはもっと強欲に、強い意志を持って欲しいんです」

「意志……でも、私の力じゃ」

「その為の力は、私が貸してあげます。力がつけば自信も付いてくるでしょう。ただ、その前に私の試練を乗り越えねばなりません」

「……結局、貴方の試練って何なの?」


 メルティアの間近に迫っていた『プロメテウス』が突然消え去り、メルティアの後ろの少し離れた場所に再び現れた。


「それは、『あたし』に勝ってみせることよ」


 メルティアが振り向くと、今度ははっきりと『プロメテウス』の姿を視認できた。

 その姿はとても見慣れた――自身の姉、アルティアの姿だった。

 しかしその表情を見て、メルティアは眉間に皺を寄せた。


「……姉さんはそんなカオはしない」

「あら、ごめんなさい。姿を真似ただけで、私は私のままなんです」


 アルティアが絶対にメルティアに向けないような、余裕たっぷりで見下すようなにやけ面に、メルティアは自分の頭に血が昇っていくのを感じた。


「……ねえ、私今すごく頭に来てる」

「ええ、伝わってますよ」

「貴方を倒すって試練で、どうしてわざわざ姉さんの姿を真似るの?」

「……貴方の夢は遠大です。物事を大きな一つと捉えず、分解して小さな一つ一つとして捉え、一歩ずつ進むべきなのです。そしてこれは貴方の夢への第一歩です。この姿の私を倒せないようじゃ、アルティアに勝てるわけがありません。それは貴方も承知してるでしょう?」

「分かってる。でもさぁ……姉さんの姿を勝手に真似るなら、姉さんを尊重した振る舞いをしなさい!!」


 メルティアは素早く杖を取り出し、『プロメテウス』に向けて蒼炎の無詠唱魔法を放つ。


「姉さんはそんな、私をコケにするような態度は取らない!!!」


 杖から放たれた蒼炎の火球が一直線に『プロメテウス』に向かっていく。

 だが、『プロメテウス』が左手をかざすと、蒼炎の火球はみるみる小さくなり、目標に到達する前に消えてしまった。


「それは私の力なんですよ? どう操るかは、全て私の意のままです」

「くっ……!」


 メルティアは歯を食いしばった。

 メルティアの使える無詠唱魔法は蒼炎の魔法だけだ。

 その蒼炎の魔法が封じられてしまっては、発動まで時間が必要な詠唱魔法で攻めるしかない。


「さあ、賽は投げられました。試練が終わるまで、この夢は終わりませんよ。貴方が私を倒すのか、それとも諦めるのか、どちらが先でしょうね?」


 アルティアの姿をした『プロメテウス』は、左手から蒼炎の火球を生じさせ、ゆっくりと一歩ずつ、メルティアとの距離を詰めていった。

 

 

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