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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
57/99

055-姉妹捕獲計画

 セルリの街は、ダリアの港町と内陸の各地を繋ぐ中継地点であり、そして魔法大学の本拠地でもある。

 そのため、街の住民以外にも多くの商人や魔法使いが訪れる。

 そういった旅人たちのために、セルリの街にはいくつもの宿が存在する。

 宿には上から下まで様々なランクのものが存在しており、格安で泊まれるものの屋根と寝床以外に何もない簡素なものから、手入れされた広い部屋に上等な食事までついてくる高級なものまで、幅広くある。

 それらのセルリの宿屋の中でも最高級の宿、そこがポリネーが拠点とする宿だった。


「と、いうわけで、私はここに普段はいますので。もし御用があって私が留守でしたら、宿の方に伝言を頼んでください」


 ポリネーに案内されてここまで付いてきたランビケであったが、想像以上に高価な宿を前にして、ランビケは言葉を失っていた。


「ランビケさん? どうかされました?」

「はっ! ……あ、いえ、その、めちゃくちゃ凄い宿を使ってるんだなと驚いてしまって……!」

「ふふっ、重要な仕事を任された人間の特権です。こうやって美味しい想いをさせてくれるから、私は不満が多少あってもこの立場を受け入れています。……ではランビケさん、本日はありがとうございました。明日のランチ、楽しみにしていますね?」

「ええ、もちろん! あたしが知る中で一番の魚料理のお店を紹介しますよ! また明日、こちらに伺いますね!」


 ランビケはお辞儀して、その宿を後にした。

 ランビケを見送ったポリネーは、宿の階段を上り、自分が泊まる部屋の一つ隣の部屋のドアをトン、トトトンと独特なリズムで四度ノックする。

 ノックに呼応して、部屋の中から男の声が聞こえてくる。


「ルームサービスかな?」

「ろうそくを三つ、お持ちしました」


 ポリネーの返事を受け、中にいた男が扉を開けた。

 ポリネーが室内に入ると、そこには扉を開けた男とテーブルの奥の椅子に座る男の合計二人がいた。

 椅子に座った方の男がポリネーを睨みつける。


「……勝手な真似をしてくれたな、ポリネー」

「ふふ、事後承諾になってごめんなさいね、ディラン。だって貴方、絶対許可してくれないでしょう? でもこれも作戦のためなのよ」

「作戦を成功させるためにも身勝手な行動をするなと言っているんだ。……全く、軍部以外の人間は手が焼ける」


 椅子に座っているのはバルツの軍隊の兵士長、ディラン・ハイスバルツだ。

 額に手を当て怒りを抑えようとするディランを、ポリネーは目を細めたまま見つめ、向かいの席についた。

 扉を開けた男が別の椅子に腰掛け、ポリネーに問いかける。


「ポリネー。アジェンダにない君のアクション、一体どういう効果を期待してのものなのか、我々にコンセンサスを取るべきではないかな?」

「トーチおじ様、その前に飲み物をいただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、もちろん」


 ポリネーがおじ様と呼んだ男の名はトーチ・ハイスバルツ。

 バルツの街で刑罰執行官を務めている。

 トーチはテーブル上のティーポットからカップに茶を注ぎ、ポリネーにカップを差し出す。

 ポリネーはカップを手に取り、注がれた茶の匂いを嗅ぐ。


「おじ様、これ麻痺毒盛られてません?」

「まさか。僕が罰を与えるのは罪人だけさ。君はまだ罪人ではないよ」

「まだ、ですか」

「君の説明次第ということさ」

「……おじ様、実はディランと同じくらい怒ってますね?」


 ポリネーはカップの茶に口をつけず、ため息をつきながらテーブルにカップを置いた。

 二人の鋭い視線を受け止めながら、微笑みを崩さずポリネーは説明を始めた。


「置き手紙にも書きましたが、魔法大学に行ってきました。作戦の下調べと仕込みのためですね」

「ポリネー、貴様それで姉妹と鉢合わせていたらどうするつもりだ?」

「鉢合わせない確信がありましたから。理由はお二人だって分かっているでしょう?」

「それで君は、リスクを無視してアクションを起こしたと」

「ノーリスクですよ、おじ様。まあディランだったら、在学中の頃の顔見知りとかがいたかもしれませんが、私はこの街初めてですから」

「貴様、魔法大学が見たかっただけだろう?」

「だけじゃありませんよ? ちゃんと目的は果たしてきたんですから。ランビケ・フレーとお友達になりました。この宿の戸口まで一緒でしたよ?」

「そのまま帰したのか?」

「ええ」

「ポリネー、今回の作戦目的を言えるかな?」

「アルティアの捕獲。およびメルティアの捕獲、ですよね?」

「そしてそのための方法は?」

「ランビケやフランブルクと言った現在彼女たちに近しい人物たちを拉致、人質に取り、バルツの街までの同行を促す。ですよね?」

「それが分かっていて貴様はランビケを帰したのか?」

「ええ、もちろん。だって私がランビケを拉致した途端、作戦が本格的に始まってしまいますよね? お二人も私が勝手に作戦を開始したら怒るでしょう?」

「うん、その通りだ。でも、それなら何故、ランビケをこの宿まで案内したんだい? 今回の作戦はシークレットだ。事前に情報がオープンになってしまえば、姉妹たちに逃げられかねないからね。無用なリスクは避けるべきだ」

「あら、おじ様は私の行動が無用だとお考えなのですか? 私の考えはこうです。無理矢理彼女を攫うような事をすれば、彼女の近しい人間に気取られ、すぐに姉妹に異変を勘づかれてしまいます。ですが、ランビケ自ら私たちの元に来るように仕向ければ、姉妹たちに気付かれぬまま、人質の身柄を確保できる、というわけです」


 ポリネーのその説明を聞くと、トーチはポリネーの前に置かれたカップを手元に下げた。


「ご満足いただけました?」

「うん。もしも失敗していたら、特製のお茶を楽しんでもらうところだったけどね」

「ポリネー。ランビケがここに来るよう仕向けたと言ったな。時間の約束はあるのか?」

「明日のお昼です。私を魚料理のお店に案内してくれるらしいですよ。お二人もどうです?」

「僕は結構。魚は匂いが苦手でね」


 ポリネーとトーチの会話を聞いてから、ディランはため息をついた。

 

「……つまり、作戦決行は明日の昼というわけか。結局、貴様のせいで作戦開始のタイミングが決まってしまったな」

「でもちょうどいいでしょう? あまり時間をかけても、メルティアの熱が治っちゃうもの」

「そもそもの話になるけど、メルティアは本当に熱を出してるのかな? だってあのアルティアの妹だよ?」

「おじ上、メルティアは間違いなく、ハイスバルツの人間です。斥候に確認も取らせました。あいつは今、拠点にしているフランブルク商会で寝込んでいるし、アルティアもメルティアのそばを離れない」


 ディランのその言葉を聞いたトーチは、ニヤつきながら言葉を返した。

 

「なんだか含みのある言い方だね、ディラン。まるでアルティアの方はハイスバルツの人間じゃないって言ってるみたいだ」


 ディランはそのトーチの言葉に、表情を変えぬよう努めつつも、拳を強く握りしめた。

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