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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
モラトリアムの終わり
55/99

053-ファーストフライト

 姉さんを取り囲んだ兵士たちの魔弾銃から、一斉に魔弾が発射される。

 何十発もの発砲音と魔弾の閃光で、私は思わず目を瞑り耳を塞いだ。

 数秒してから目を開ける。

 本当に、ほんのすこしだけ、目の前の光景を確認するのが怖かったが、兵士たちの輪の中心には先ほどと変わらない姿で姉さんが立っていた。

 ただ、姉さんの周りの地面は衝撃波でボコボコになっていた。

 姉さんはディランを睨みつけ怒鳴りつける。


「ディラン!! 今の貴方みたいな他人の事を考えない行いが横行してるから、あたしはこの家がイヤになったのよ!! 一番前で銃を構える兵士の気持ちになりなさいよ!! あたしが魔弾を相殺してなかったら、絶対流れ弾で何人も負傷してたわよ!!」

「……化け物め。貴様が今の攻撃で大人しく倒れていれば、こいつらは負傷しないで済んだんだ。お前たち、結界石を捨てろ!! 次は全力で魔弾を撃て!!」


 ディランの指示を受け、兵士たちが次々と懐から結界石を落とす。

 兵士たちは皆、結界石を使う事で流れ弾に備えていたのだ。


「何よ、覚悟の上とか言っておきながら予防線張ってたんじゃない。道理で弾が軽いと思ったわ」

「アルティア、杖を捨てろ。今降伏すれば、貴様の罰もそう重くはならん。降伏しなければ、今度はこいつらの全力の弾幕がお前に襲いかかる」

「あたしにそんな脅しが通じると思って? たった今全弾相殺してみせたじゃない」

「結界石と銃に魔力を分散させながら撃たせた弾をな。あの密度の弾幕を先ほどよりも強力な弾で撃たれれば、貴様とてただでは済まないだろう」

「……試してみてもいいわよ、と言いたいところだけど。なるほど、あたしが相殺し損ねると、その強力な弾が兵士たちに当たるわね。……兵士のみんなには別に恨みはないのよ、あたしは。街を乱暴に支配するハイスバルツ家に従ってるだけだし、一緒に遠征に行ったりした仲だしね。だからこっそり家出して、家の人間以外に責任が行かないようにしたかったのに。貴方が連れ出してきたせいで、こんな危険な目に遭わされて、しかもあたしを取り逃がした責任まで……」

「貴様が大人しく捕まれば済む話だ。杖を捨て、跪け。アルティア」


 この脅しなら姉さんを止められるかもしれない、ディランに話をして正解だった、と私は思った。

 次期当主という立場上、姉さんは兵士たちの前に立ったり、共に行動する事も多かった。

 恨みはないという姉さんの言葉は事実に違いない。

 だが、姉さんの表情を見て、私は考えを改めた。

 姉さんのあの顔は、何が何でもワガママを通したい時の顔だ。

 きっと、姉さんは降伏せず、そしてディランは兵士たちに魔弾銃を撃たせる。

 姉さんなら多分、全力の魔弾の弾幕だろうが凌ぎ切ってしまう。

 一方、兵士たちは魔弾の流れ弾が当たり、何人かが負傷する。

 そんな状況になってしまえば、ディランと兵士たちは一気に形勢が悪くなる。

 全力の攻撃は通じず、動ける人数は減り、頭であるディランは姉さんに敵わない。

 やがて姉さんは包囲網を突破し、家出を成し遂げてしまう。


 ――姉さんの家出を阻止する事は、もはや不可能だ。


 私はその結論に達した。

 そうなれば、最悪の一個手前の選択肢を選ぶしかない。

 窓から中をのぞいていた私は、腕を突き出し、兵士たちに号令をかけようと右手を上げたディランに杖を向けた。


「導きの木よ!! 『雷を』『束ね』『矢となし』『解き放て』!!」


 私の杖から雷光の矢が放たれ、一直線にディランに飛んでいく。

 普段のディランだったら、正面から私に詠唱魔法を撃たれたところで躱すなり防ぐなりしていただろう。

 しかし今回は不意打ちだ。

 意識の外から突然私の詠唱が聞こえたディランは、こちらを振り向いて目を見開いてから、雷矢に撃たれその場に倒れた。


「メル!? 貴方……!!」


 私は窓から厩舎の中に飛び込み、兵士たちの兜を踏み台にして飛び乗って行って、やがて姉さんの横に辿り着いた。


「姉さん、私も行くよ。……このままじゃ姉さん、兵士さんたちの覚悟に甘えて、弾幕を撃たせてから全員のすつもりだったでしょ」

「さすが分かってるじゃない。でもいいの? あんなに反対してたのに」

「……やっぱり、姉さんと離れ離れになんてなりたくないんだ」


 私がそう言うと、姉さんは顔をほんのり赤らめて、私のことを抱きしめた。


「ちょ、姉さん!!」


 四方八方を他人に囲まれた状態で姉に抱きしめられると言うのは、流石に気恥ずかしい。

 それに、周りの兵士たちは姉さんを捕まえようとしているというのに、これではあまりに隙だらけ過ぎる。


「大丈夫よ、単体で警戒が必要なディランは貴方のおかげで痺れてるし、司令塔を失った集団っていうのは脆いのよ」


 兵士たちをよく見てみると、確かに視線はこちらに向け魔弾銃を持ってはいるものの、皆判断に迷いおろおろしている。

 一人では敵わないから集団になっているのに、肝心の指示を出す人間を失い皆戸惑っているのだ。


「とはいえ兵士の皆をぶっ飛ばしちゃうのはあたしも気が引けるわ。兵士をかき分けて外に出ても援軍がいるかもだし。だからメル、あたしが今から言う通りにして」


 姉さんは私を抱きしめたまま、これからの作戦を耳打ちした。

 その作戦のめちゃくちゃぶりに、私は姉さんが冗談を言っているのではないかと疑った。


「姉さん、それ本気?」

「もちろん! 試した事はないけれど、出来る確信はあるわ」

「……姉さんがそう言うなら」


 私を離した姉さんは、杖で弧を描いた。

 その動作に周りの兵士たちは統率が崩れているなりに警戒する。

 しかし、こんな作戦、警戒したところで防ぐ事はできないだろう。

 私は姉さんの指示通り、天井に向けて魔弾を放つ。


「導きの木よ。『力を』『束ね』……『解き放て』!!」


 出来るだけ大きく、力強い魔弾を天井へ向けて。

 私の魔弾は騒音と共に天井を破壊し、厩舎の屋根には星座をいくつも観測できるくらいの大穴が空いた。

 この騒音で、家出騒ぎを知らなかった者も異常に気付いただろう。

 もう後戻りなんて出来ない。


「姉さん、これでどう?」

「カンペキよ! さあ飛ぶわよ、掴まって!!」


 姉さんのその掛け声と共に、地面が揺れる。

 体勢を崩しそうになった私は、膝をつきながら姉さんの手を握った。

 突然の振動に、周りの兵士たちも体勢を崩す。

 次の瞬間、私と姉さんが立っていた石の地面が割れて浮き上がり、それは大岩の舟となり私たちを空へと運んだ。

 姉さんが物体浮遊の魔法で地面の岩を浮かせたのだ。

 人間二人が乗れるほどの大岩を、力強く地面から引き抜き、ただ浮かせるのではなく私と姉さんを乗せて空へと逃げる乗り物とする。

 緻密な制御が必要なこの魔法を全て無詠唱でやってのけてしまうのだから、やはり姉さんは規格外だ。

 私たちの狙いに気付いた兵士たちが魔弾銃で大岩を狙うが、恐ろしいスピードで上昇していく大岩には魔弾は命中しない。


「わ、わああぁぁぁあああ!!!?」


 急速に地面が遠ざかっていく恐怖に私は思わず悲鳴を上げてしまった。

 姉さんは片手を繋いだまま、杖を持った方の手で私の頭を撫でてくれた。


「大丈夫よ、メル。絶対に貴方を危険に晒したりなんてしないわ」


 姉さんに撫でられながら、ふと視線を向けた地上では、ハイスバルツ家の何人かが今にも大岩に向けて魔法を放とうとしていた。

 私は咄嗟に地面に向けて閃光の魔法を放った。


「導きの木よ、『光を』『集め』『解き放て』!!」


 大岩の下を魔法の閃光が照らす。

 その閃光が功を奏して術者の目をつぶしたのか、大岩に向かって放ったであろう炎の魔法は明後日の方向に飛んでいった。


「あら、ナイスじゃない!」

「あ……でも姉さん、あれ」


 私は炎の魔法が飛んでいった方向を指差した。

 そこでは炎の魔法により、建物に火の手が上がっていた。


「大変……さっきからドンパチやってるから寝てる人はいないと思うけど、ちょっと心配ね」

「念の為、もうちょっと音鳴らそっか」


 私は追加で音響の魔法を何発か下に向かって放った。

 きっとこれで皆異常に気付けるだろう。


「ん、ありがと。実はあたし今、この岩の制御で結構手一杯で……」

「分かってるよ。姉さんはそれに集中して。……万一落ちたら一巻の終わりだし」


 最初は急上昇に悲鳴を上げてしまったが、姉さんに宥められたおかげでだいぶ心は落ち着いた。

 改めてさっきまでいた厩舎の方を見る。

 すでに暗いので、見えるのは灯りが付いている付近だけだが、人が豆粒に見えるほど地上は遠ざかっていた。


「姉さん、これからどうするの?」

「ん、とりあえず遠くに行かなくちゃね。一応、馬が使えず空を飛ぶことになったら、南を目指すって決めてたの」

「こうなるのを想定していたの!?」

「まあ、万が一くらいの気持ちだったんだけどね。空を飛ぶのなんて初めてだし……」

「南っていうと、山を下って大森林が広がる方だよね」

「そう。普通なら絶対に馬も人も通らないルートよ。道が整備されてるのは街の北東だけだもの。でも空を行くなら関係ないわ。このままダリアの港町まで行きたいわね」

「そんな遠くまで!? 姉さん、ダリアって馬の定期便で一ヶ月とかかかる場所だよ!? 空を通って短い経路で行けるからって、何時間飛ぶことになるのか分からないよ……!」

「……まあ実際、あたしの体力もそこまで持たないでしょうね。でも、お金も食べ物もディランのヤツに奪われちゃったのよ。ダリアでないにしても、人がいる場所までは辿り着けないと……」

「辿り着けないと……」


 その先を姉さんは言わなかった。

 私も、その先の言葉は別に聞きたくなかった。

 私と姉さんを乗せた大岩は、ぼんやりと光を纏ったまま、夜の空を進んでいった。


     ◆


「姉さん、あそこ、小屋みたいなものがある……!」


 見渡す一面に広がる森林の中に、木が伐採され小屋が建てられたスペースを見つける。

 私はそこを指差し、姉さんは返事はしないが大岩の舟をその小屋の方へと進めた。

 もう何時間こうして空を飛んでいるだろうか。

 東の空からは陽が上り始め、姉さんの体力は限界に達しつつあった。

 なんとか休めるところはないか、私は必死に周りを探していたが、大森林は私が想像していた以上に広大だった。

 そんな折、やっとの思いでようやくあの小屋を見つけることが出来たのだ。


「……メル、あたしのポケットの中のもの、一つあげるわ」

「え、ポケット?」

「ええ。……ほら、早く取りなさい」


 姉さんが今にも眠りそうな声でそう言うので、私は姉さんの服のポケットに手を突っ込んだ。

 そこには石がいくつか入っていた。

 取り出すと、それは結界石である事が分かった。

 それも最高級品だ。


「姉さん、これって――」

「ごめんメル、ちょっと丁寧に着地するのは無理そう――。それを使って」


 大岩は、あまりスピードが落ちないまま、それどころか加速しながら、小屋の近くの空き地にぐんぐんと近づいていく。


「あたしはあたしでなんとかするから――」

「っ! 姉さん!!」


 私は咄嗟に姉さんに抱きつき、その直後に大岩は地面に墜落した。

 墜落の衝撃で、私と姉さんは一緒に放り出された。

 結界石に魔力を流し起動する。

 投げ出された私と姉さんの身体は近くの木々に勢いよく叩きつけられた。

 何本もの木にぶつかった後、私と姉さんは地面に転がる形に落ち着いた。

 衝突の衝撃は全て結界石が肩代わりしてくれた。

 ただ、最高級品と言えど流石に無理が祟ったようで、結界石はボロボロと崩れてしまった。

 勢いが止まってから私は瞑っていた目を開き、抱きしめていた姉さんの様子を確認する。


「姉さん、大丈夫?」


 私の問いに姉さんからの返事はなかった。

 代わりに、すぅすぅと寝息が聞こえた。

 一晩中魔法を使い続けた疲労と、精密な制御で空を飛び続ける緊張感から解放されて、睡魔に負けてしまったのだろう。

 ひとまず無事そうで、私はほっとため息をついた。


     ◆


 小屋は大岩の落下で飛び散った小石やら何やらで外壁が穴だらけになっていた。

 ただ扉の鍵は生きていたので、仕方なく鍵を壊して扉を開けた。

 小屋の中にはいくつもの木箱があった。

 おそらく何かの倉庫なのだろう。

 木箱をいくつか開けると、中に毛布が入っていたのでそれを何枚か広げ、その上に姉さんを寝かせた。


 目の前で眠る姉に、改めてそっと毛布をかける。

 疲れから倒れ込むように眠ってしまった姉の寝顔は、まるで天使のように無垢で愛らしかった。

 その頬をそっと撫でても、姉さんは寝息を立てたまま起きる気配はない。

 無理もない。夜通し魔法を使い続けたのだ。身体も心も疲れ果てているはずだ。


 安全が確保できて、ようやく私も心が落ち着いてきた。

 私も毛布に身を預け、目を瞑り、今に至るまでの事を思い出す。

 皆を欺き、戦って、建物を壊し、生まれ育った故郷を飛び出した。

 ……大変な事をしてしまった。もう後には引けない。このまま帰れば厳罰確定だろう。


 だけど、この選択に後悔はない。

 こうしなければ私は深く後悔していた。その確信がある。


 目を薄っすら開け、横で眠る姉の顔を見る。

 生まれた時からそばにいて、ずっと輝き私を照らし続けてきた姉さん。

 自分を強く持ち、罰を恐れず“家”の過ちにノーを叩きつける姉さん。

 類い稀な魔法の才能を持ち、訓練を積んだ兵隊たちが相手でも無双の強さを誇る姉さん。


 姉さんは、私の欲しいものをたくさん持っている。

 そんな姉さんは、私にとって眩しい太陽そのものだ。


 でも、だからこそ。

 あの日の姉さんの涙を――ジェーン先生と会えなくなったあの日のことを、私は忘れられない。

 どうにか姉さんの苦痛を取り除きたい。

 私の願いは、姉さんを――。

 

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