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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
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046-さようなら

「おい、ザガ!! しっかりしろ!!」


 雷の矢に倒れたザガに、ロベルトが必死で声をかけるが、返事は返ってこない。


「ハッハッハッ!! やはり意図した通りに事が運ぶのは気持ちの良いものですね。次はあなたの番ですよ、若造」


 ビットの高笑いが地下倉庫の中に響く。

 自分の中に渦巻く激情が悲しみなのか怒りなのか、理解できないながらもロベルトはザガの脈を確かめ、少なくとも生きてはいることを確認した。

 しかし、矢傷を早く手当てしなければ、容体が悪化してしまう可能性は高い。

 そうなれば、ロベルトが今考える事は一つだった。

 ザガを医者に診せるために、一刻も早くこの状況を終わらせる事だ。


「……意図した通り? ちげぇだろ、バァカ。本当は俺を狙ったんだろ? なのにザガに防がれた。お前は結果オーライを計算通りとかほざいてるだけの、パチモン頭脳派だよ」

「……親子共々、口の減らない方々ですね。生け捕りにしたいのは会長の方だけなのです。あなたにはとっとと、二度とその口を聞けなくなってもらいましょうか」

「やれるもんなら、やってみやがれ!!!」


 ビットが銃口をロベルトに向け、一方のロベルトはビットとボクスに向けて走り出す。

 目の前でザガが倒れ、さらにはザガの治療のための時間にも迫られ、ロベルトはもはや冷静な判断力を失っていた。

 そこには策も何もなく、一刻も早くビットとボクスを殴り倒す事しか考えていなかった。


 迫り来るロベルトに向け、ビットが銃の引き金を引こうとした瞬間、倉庫内にまた別の大きな物音が響いた。

 その物音はダンッ、ダンッと何度も続き、階段のある方向から今ロベルトやビットたちがいる広場の方向へ、凄い速さで近づいてくる。

 そしてビットとロベルトの間に大きな木箱を一つ吹っ飛ばしながら、物音を立てていた犯人が広場へと現れた。

 ビットにボクス、そして頭に血が昇っていたロベルトまでもが、その犯人へと視線を向ける。


「……来てしまったのですね、ヒョウ」

「よぉ、ビット。……おめぇ、今の状況を説明してもらおうか」


 現れたのは、ネペンテス最強の男、ヒョウだった。

 その表情は、怒りでも悲しみでもない、真顔だった。


「状況を説明すれば、あなたと敵対せずに済むのでしょうか?」

「さあな。俺がどう動くかは、お前次第だ。……おっと、ボクス。お前、勝手にどこか行こうとするんじゃねえぞ。まずはビットが俺に状況を説明する。それだけが優先事項だ。いいな?」


 ヒョウに睨まれ、巨体のボクスが萎縮する。

 裏通りで二年を過ごしたボクスは、表の人間よりもヒョウの恐ろしさを目にしてきていた。


「おい、あんたがヒョウなんだな!? 味方なのか!?」


 突如現れたヒョウにロベルトが問いかける。

 ヒョウはビットを睨みつけたまま、ロベルトの質問に答えた。

 

「お前がフランブルク商会会長の息子か? それなら味方ではねえな。俺はネペンテス、お前はフランブルク商会だ。……そこで倒れてる奴を運び出したいのなら好きにしな。お前の代わりに会長たちを奪還してやる約束はしねえけどな」

「……会長“たち”だと?」

「なんだ知らねえのか? そこにいるボクスが小さな匣を持っているだろう。あれは魔法の道具でな、あの中にお前の親父と、妹と、あとガドアの娘が捕えられてる」

「なんだって!?」

「ああ、今ボクスに手を出すのはナシだ。それじゃあビットから落ち着いて話が聞けねえからな。俺の言うことに従えねえなら、俺はまずお前を動けなくしてやる」

「っ……!」


 ロベルトは歯を食いしばりながらボクスを睨みつけた。

 ボクスは冷や汗をかきながら、ロベルトに見せつけるように持っている匣を掲げた。


「というわけだ。話せ、ビット」


 改めてヒョウの視線がビットに向く。

 ビットはロベルトに向けていた銃を下ろし、口を開いた。


「はじめに言っておきます、ヒョウ。私は、あなたの事は本当に気に入っているんです」

「それが聞けて安心したぜ。それなら、全部話してくれるんだろう?」

「それであなたが邪魔をしないでくれるのなら。……私とボクスは、ディオネアの人間です」


 ディオネア。

 ダリアの街のギャング。

 それはロベルトにとって最近よく聞く名前だった。

 何せ、父親のヘイルがこの街に来る道中で襲ってきたのがそのディオネアだったのだから。


「ダリアの街に本部を置くフランブルク商会は、ディオネアにとって目の上のコブのようなものでした。かつてディオネアの息がかかった商人が利権を独占していた、ダリアの街の医療品市場に参入し多くのシェアを奪い取り。さらには領主と結託してディオネアの密輸ルートを破壊しました。故に、ディオネアはフランブルク商会を敵視しています。そしてフランブルク商会の利権を丸ごと乗っ取るために、会長の身柄を欲しているのです」

「会長を誘拐するために。それだけのために、二年もこの街に住んで準備を進めていたなんて、大した忠誠心じゃねぇか。ネペンテスに寝返るってんなら、この話は聞かなかった事にしてもいいぜ?」

「そんなこと、あなたは思ってもいないでしょう。ネペンテスの末端を手にかけた私に、あなたがケジメをつけさせないはずがない」

「よく分かってんじゃねぇか」

「……二年もあなたのそばにいたんです。当然です。……ただ、私にはもう一つの動機があります。この動機がある以上、私は必ずフランブルク商会を潰さねばならない」

「動機だと?」

「……先ほど、フランブルク商会がディオネアの密輸ルートを破壊した、と言いましたね。その破壊された密輸ルートを管理していたのは、私の育て親にあたる人物なのです。密輸ルートが破壊されたことにより、ディオネアは財源も物資もメンツも失った。育て親は、その責任を取らされました。大勢のディオネアの人間たちの前で、罰の見せしめとして殺されたのです。……私にとって、その育て親はこの世の誰よりも大切な人物でした。……フランブルク商会が余計なことをしなければ、存在さえしなければ、こんな事には……!!」

「つまり復讐ってわけか」


 あたかも自分の行動には正当性があると言いたげに少しずつ語気が強くなるビットに、ロベルトは怒りを感じた。

 ダリアの街の密輸ルート潰しは、事実フランブルク商会によって行われた。

 しかし、密輸されていた物品は、粗悪な医療品だ。

 かつてのダリアの街では、ディオネアによる粗悪な医療品が上質なものと混在して出回っていたせいで、混乱の元となっていた。

 そこで密輸ルートを潰し、さらに上質な医療品の流通量を増やしたのがフランブルク商会だった。

 仮にそれでビットの育て親が責任を取らされたとしても、自業自得の上、手を下したのはディオネアなのだから恨みの矛先が間違っている。

 しかし、ロベルトは余計な口は挟まない事にした。

 この状況でビットの語りを邪魔してヒョウが敵対する可能性は、なんとしても避けねばならなかった。

 ロベルトはそう考えていたというのに。


「そんなの、逆恨みじゃない!」


 木箱の山の上から、少女の声が響いた。

 一同がそちらを振り向くと、そこには紅みがかった黒髪の少女がいた。


「アリア!!」


 ロベルトが少女の名前を呼ぶ。

 アリアは山の上から飛び降り、しかし物が落下する速度より明らかにゆっくりと、地面に着地した。


「ちょっとヒョウ、勝手に先に行って勝手に話を進めないでよ!!」

「うるせぇな。おかげでビットとボクスが逃げずにここにいるんだから感謝しやがれ」


 ロベルトはアリアとヒョウのやり取りを見て、どうやら二人は協力関係にあることを察した。

 そして絶望的に感じていた状況に、一気に光が差してきたような想いになった。


「ビット! ……お前がどうしてネペンテスを裏切り……いや、そもそもネペンテスに属してすらいなかったんだろうが、ネペンテスの部下を殺し、フランブルク商会に疑いをなすりつけ、俺を商会に向かわせたのか、その理由は分かった。だから、その上で言ってやる。……部下殺しのケジメ、つけさせてやる」

「……やっぱり、こうなるのですね。ヒョウ、パーラから聞いているはずです。私はあなたの身体に細工をしました。私はいつでも、あなたの身体に毒を流せるのです」

「そいつはブラフだろう? 本当にそんな細工ができているのなら、お前が俺に従ってここに留まり、ペラペラと事情を話す必要はねぇ。とっとと俺もフランブルク商会のガキもぶっ殺して、逃げちまえば良かったんだ。それがお前のやり方だろう」

「相手があなたでなければ、そうしたでしょうね。……言ったでしょう。私は、本当にあなたを気に入っているんです。出来ればこの手段は使いたくない」

「やれるもんなら、やってみやがれ」


 そう言ってヒョウはビットを睨みつけた。

 ビットは怖けず、しかしため息をついて、懐から緑色の石を取り出した。


「……さようなら、ヒョウ」


 緑色の石は一瞬輝き、そして砕け散る。

 それから数秒で、ヒョウは突然その場に膝をついた。

 そばにいたアリアがヒョウに駆け寄る。


「ヒョウ!?」

「かはっ……、これは……」

「今、あなたの血流に乗って、全身に毒が広がっています。苦しいでしょうが、長くは続かずあの世に行けるはずです」


 ヒョウの顔色はみるみるうちに青白くなっていき、顔中に脂汗をかいている。

 弱っていくヒョウを、アリアはただ見ている事しかできなかった。

 だがヒョウは、今入れられる力の限りで地面を殴り、顔を上げた。


「……俺をっ、舐めるなよ」


 一言吐き捨てると、口で激しく呼吸しながらも、ヒョウは再び自分の足で立ち上がった。


「っ……!! 流石ですね。それでこそ、潜伏の身でありながら私が憧れを抱いてしまったヒョウだ……!」


 ビットは口元に笑みを浮かべつつも、立ち上がるヒョウを見て思わず後ずさりした。


 

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