044-秘密の通路
「つまりね、その……誰にも言えない秘密を、私のあの杖だけは魔法を通して受け取ってくれていたから……私、あの子を……じゃない、あの杖を大切な相棒みたいなものだと思っていたの」
「なるほどねー。あ、もしかして、この前魔法大学で買ってた白紙の魔導書って、その秘密のため?」
「……うん。私が姉さんに勝つには、使える武器をもっと増やさないと」
メリアとレインは、匣の中で出来ることもないまま、二人で会話を続けていた。
二人とも、すっかりここには二人きりのつもりになっていたが、実際にはもう一人、この場には人間がいた。
「……っ、痛ぇ……」
突如つぶやかれた呻き声に、メリアとレインは驚き二人揃って身体をビクッと震わせた。
倒れていたヘイルが意識を取り戻したのだ。
「いっ……ててて……。お、レインちゃんにメリアちゃん。どこだ? ここ」
◆
「クソッ、ふざけやがって!!」
「おいボクス、あまり騒ぐんじゃない」
フランブルク商会会長の身柄を確保したビットとボクスの二人は、商会の建物から逃げてすぐに馬車を使ってセルリの街を脱出しようとしていた。
しかし、街の関所で大渋滞が発生していたために、馬車で迅速に街を出るという当初のプランは崩れていた。
このまま馬車が関所を通るのを待っていたら、日付が変わってしまうだろう。
「今朝まで大した審査もしてなかった関所が急に荷物検査を厳格にしただと!? どうなってやがる!!」
「……おそらく、ヒョウが商会に現れた時点でガドアの兵士が伝令を飛ばしたのだろう。会長が奪われるおそれがある、とな。それで関所の検査が厳しくなったのかもしれない。単なる手荷物検査ではお前の匣は見破られないだろうが……足止めされるだけでも面倒だ」
「おいどうすんだビット!! お前がパーラを見逃したせいで、今頃俺とお前が裏切り者だって事はバレてるんだぞ!?」
「騒ぐなと言っているだろう。……パーラに直接手を出すのは危険だとお前も分かっているだろう? 仮に攫うにしても、匣がこれ以上重くなってはいよいよお前でさえ匣を持てなくなる。……関所を使えないケースは想定済みだ。私はこのためにネペンテスなんかに身を置いていたのだからな。……貧民窟へ行くぞ。裏の通路を使う」
そう言ってビットは馬車から降り、後に続いて飛び降りたボクスはまるで岩が落ちたかのような音を立てて着地した。
◆
「おい、ヒョウ。ビットとボクスの事を教えろ。奴らの正体に目星をつけねば、どこに逃げるかも予想できん」
フランブルク商会の建物では、ヘイル会長たちを奪還するための臨時の作戦会議が行われていた。
フランブルク商会の代表者として支部長とアリア、ガドア兵の臨時隊長、そしてヒョウが机を囲んでいる。
ヒョウは一応、“捕虜”として情報提供するという体でこの会議に参加している。
ガドアとネペンテスは交わってはならない、という不文律を守るための建前だが、それをアリアはなんてくだらないんだと呆れていた。
「二人とも、この街に訪れたのは二年ほど前だ。ボクスの事は正直よく知らねェ、酒場の店主に過ぎなかったからな。ビットは頭が良くて手を汚す事を厭わねェ。ここに来る前はどこにいたか、聞いた事はあるが誤魔化されたな。まあ明らかに手慣れてたから、別の街でもギャングみてーなことやってたんだろうよ」
「つまり、よその街のギャングがネペンテスに潜り込んでいた、というわけか」
支部長のその推論に、ヒョウは何か言いたげな表情をしていたが、何も言い返さなかった。
逆に支部長はさらにヒョウへ質問する。
「確か魔法の銃なんてものを持っているんだったか?」
「ああ。あいつは独自のルートでよく分からねェ道具をよく仕入れていた。中でも銃はあいつが愛用している道具の一つだな」
「よく分からない、って、上司のあなたがそれでいいの?」
「ネペンテスとしてのルールを守ってれば深い詮索はしない。裏は他に行き場のねェヤツらの吹き溜まりだからな。聞かれたくねェ事情を持ってる連中で溢れてんだよ」
「そこにつけ込まれて、会長の誘拐準備に利用されたわけだ」
支部長の嫌味な一言を受け、ヒョウが支部長を鋭く睨む。
支部長も負けじと睨み返し、二人の間に視線の火花が散った。
「よその街のギャング……って事は、会長をよその街に連れ帰るのが目的かしら? ……ねえ、この街から逃げられたらまずいんじゃない? せめてダリアの方に行くとかリーヴァの方に行くとか、何か手掛かりがないと見失っちゃうわ……!」
「それについては一先ず焦る必要はありません、アリア様」
焦るアリアを諌めたのは、ガドアの臨時隊長だった。
「どういうこと?」
「レイン隊長は異変を感じて単独行動に移る前に、各関所の警戒を強めるよう伝令を飛ばしていました。現在、各関所では厳重なチェックを行っているため大渋滞が発生していると報告が入っています。つまり、現在この街から出るには長い順番待ちをした上で、関所の厳しい検査を潜り抜けなければなりません。彼奴らがすぐにこの街を出る事は叶いません」
「そっか、それなら一安心ね」
「いいや」
安堵から漏れたアリアの一言を、ヒョウがすぐさま否定する。
「……どういうことよ」
「あいつがわざわざネペンテスに入り込んだ理由が今分かった。……悪いがここでは言えねェけどな」
そう言ってヒョウは臨時隊長に視線を向ける。
「……兵士の前で話す気はない、というわけか。……やむを得んか」
臨時隊長は席を立ち、部屋の外へ歩き出した。
「えっ、臨時隊長さん!?」
「バリー様、アリア様、我々ガドアの兵士は関所の守りを固めます。彼奴らが無理矢理な手段で関所を突破しようと試みる可能性もあります」
「そ、それはそうだけど」
「我々の名誉に懸けて、絶対に関所は死守してみせます。……指揮のため、私はこれで失礼します」
臨時隊長は支部長とアリアにお辞儀をして、部屋を立ち去った。
その様子を見送ってから、アリアはヒョウを睨みつける。
「……せっかく協力を飲んでくれたガドアの兵士に、あんな気の使わせ方をさせるなんて。ネペンテスのメンツも大したものね」
「うるせェぞ。ガキがネペンテスを語るな」
「はいはい、分かったわよ。……で、兵士さんには言えない話って何?」
「ネペンテスには、絶対に兵士に見つかりたくねェ荷物や人間を運ぶための、秘密の地下通路がある。そこを管理するのはネペンテスの人間だけだ。ガドアやセルリアンらの表の力はそこには及ばねェ。つまり、今すぐにこの街から出れる、唯一の道がそれって事だ」
「そんな通路が……。まさか、ビットはその通路を使うためにネペンテスに?」
「恐らくな」
「……それ、どこにあるの」
「貧民窟だ。ネペンテスの人間が見張っている建物の中から通じてるが……見張りにビットの息がかかっている可能性もある」
「まずいじゃないの、早く行かなきゃ……!」
すぐさまアリアは席を立ち、ヒョウが道案内してくれる事を期待したが、ヒョウは席から立ち上がろうとしない。
ヒョウは眉間に皺を寄せ、何かを考え込んでいた。
「ちょっと、何してるのよ! 早くしないと逃げられちゃうわ!」
「……なあ。嬢ちゃんは、身近な人間に裏切られた事はあるか?」
「何よ、ビットに裏切られたのがショックなの?」
「フランブルク商会の会長を攫うため、それが目的だったと考えれば、出会ってから今までのあいつの分からなかった部分の辻褄が合っていく。パーラも証言してたしな、それはもう間違いねェんだろう。だがよ……俺ぁ、どうしても俺とあいつの関係が嘘偽りだったとは思えねェんだ。……あいつにとって俺は、ネペンテスは、利用するためだけのものだったのか……?」
アリアは本当なら話なんて聞かずに無理矢理にでも道案内させるくらいのつもりでいたが、ヒョウの話に思わず聞き入ってしまった。
共感できてしまう部分があったのだ。
「……あなた、さっき自分で言っていたでしょ。話を聞くためにビットを捕まえるって。ここで座っていても仕方ないわ。あなたがビットの考えていた事を確かめたいのなら、ビットを捕まえて聞き出すしかないでしょ」
「……そうだな。行くか、嬢ちゃん。ネペンテスの隠し通路へ」
ヒョウもまた席から立ち上がり、部屋から出ていく。
アリアは支部長に一言挨拶をし、支部長が頷くのを確認してから、ヒョウの後について行った。
「……あたしもあるわよ」
「あぁ?」
「さっきの質問の答え。身近な人に裏切られたことあるかって聞いたでしょ。……あたしはいまだにその裏切られた理由を知らないけど、その子への信頼と愛情は揺るがない。何か理由があっての事に違いないし、いつか必ず話してくれるって信じてるから」
「……大した信頼だな」
「“きょうだい”って、そういうものじゃない?」
「ハハッ、そりゃ俺としては納得せざるを得ねえな」