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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
43/99

041-本命

「先に言っておくけど、私、ここでは『炎』は使えないからね」

「あー、この建物、木造建築だものね。分かったわ、無詠唱で素早く攻撃できる私が前に出る。あなたは後ろからサポートをお願い」


 メリアとレインは細長い廊下で三人のニセ兵士と対峙していた。

 ニセ兵士たちはどこから手に入れたのか、本物の兵士の鎧を身につけていて、レインの水の弾丸を側頭部に受け吹っ飛ばされたというのに、すぐに立ち上がった。

 部屋の中のヘイル会長、パーラ、子供たちを守るためには、このニセ兵士たちを無力化しなくてはならない。


 ニセ兵士の一人が抜刀し剣を構えると同時に、レインも刃渡り30センチほどの短剣を右手に持ち、左手に持った杖をニセ兵士へと向ける。

 その杖先から再び水の弾丸が放たれた。

 ニセ兵士はその水の弾丸を剣でガードする。

 水の弾丸は砕け飛び散ったが、ガードの反動でニセ兵士は一歩後ずさる。

 その脇から別のニセ兵士が低い姿勢で駆け寄り、剣でレインを突こうとする。


「レイン!!」

「平気よ!!」


 慌てたメリアはレインの名を叫んだが、レインは右手の短剣を使いニセ兵士の突きをいなし、ニセ兵士の横腹に蹴りと水の弾丸を放って壁に衝突させた。

 レインが想像以上に優れた体術を見せたため、メリアは彼女への認識を改め、そして自分がどの魔法を使うべきかを決断した。


「導きの木よ、『雷を』『束ね』――」

 

 メリアが詠唱を開始するのと時を同じくして、壁の方を向く形になったレインに向かって、先ほど剣で弾丸をガードしたニセ兵士が剣を構えて突進する。

 そのままレインを狙って剣が振り下ろされたが、レインはそれを後ろにステップしてひらりとかわした。

 そして目の前にやってきたニセ兵士に水の弾丸を何発も放って壁に吹き飛ばし、二人のニセ兵士は重なるように倒れた。

 残った最後の一人に、レインが視線を向けると、ニセ兵士は手に持った謎の球体を、今にも床に叩きつけようとしていた。

 あの球体は、先ほどレインが水の魔法で床との激突を防いだのと同じものだ。

 あれが床とぶつかったら、煙か閃光か、何かしら視界を遮るものが生じてニセ兵士の逃亡を許してしまうかもしれない。

 そう思ったレインだったが、無詠唱と言えどもう水のクッションで球体を受け止めるのは間に合わなそうだった。

 それでもとにかく、ニセ兵士を逃すまいとレインが水の弾丸を放とうとした瞬間、メリアの詠唱が完了した。


「――『矢となし』『解き放て』!!」


 レインのすぐそばを超高速の雷の矢が通り過ぎる。

 レインが意識を十分に向けられてなかった三人目に、一撃で行動不能になるような超高速の魔法を叩き込む。

 それがメリアの狙いだった。

 放たれた雷の矢はニセ兵士へと命中する。


「 ぎゃああ!!」


 ニセ兵士は電撃にしびれ悲鳴をあげ、球体は床に叩きつけられるのではなくぽろりとその手から落ちた。

 そしてゆっくりと手からこぼれた球体を、レインは咄嗟に水のクッションで床との衝突から守った。


     ◆


 三人のニセ兵士は、立ち上がる間もなく水の魔法と冷気の魔法で氷の拘束具に囚われ、武装解除された。


「じゃあレイン、これからどうするの?」

「ヘイル様の安全が最優先よ。まず、ヘイル様をガドアの本陣まで避難させるわ」

「このニセ兵士たちは? 置いていくの?」

「ええ。本当なら連行しなくちゃいけないんだけど、今はあたししか兵士がいないから、そんな余裕ないわ。ひとまずここに置いていって、道中兵士を見つけたらこの人たちを連行するよう指示する」


 メリアとレインは、部屋の中にいたヘイル会長、パーラ、三人の子供たちを廊下に出るよう促した。

 そして一行は建物を出るため廊下を歩き出す。


「そういえばメリア、アリアさんはいないの?」

「え? 会ってないの?」

「え?」

「姉さんは表門に呼ばれてそっちに行ったよ。……多分、姉さんがいなきゃ解決できないトラブルが起きたから呼ばれたと思うんだけど」

「そうなの!? ……あたしはね、巡回中の兵士の定期連絡が滞ったから、その兵士たちが担当してるエリアを見に行ったの。そしたら、兵士たちが見当たらなくて……。恐らくあのニセモノたちに装備を奪われたと思うんだけど、本人たちは一体どこに――」


 レインが言葉を言い終える前に、異変が起こった。

 メリアとレインの背後で何かが叩きつけられる音が聞こえた。

 二人が後ろを振り向くと、思い詰めた表情のパーラが一瞬見え、彼女の足元から激しく広がる黒い煙が辺り一面を覆った。


「パーラさ……」


 メリアは「パーラさん、一体何を!?」と、言おうとした。

 しかし、その言葉を言う前に、全身から力が抜け、すぐに立てなくなり、その場に崩れ落ちた。

 メリアのすぐ横でも、姿は見えないが人が倒れ、鎧が床とぶつかる音が鳴った。

 レインもメリアと同じように、力が入らなくなって倒れてしまったのだろう。


 身体に力は入らないものの、メリアの思考自体は無事だった。

 ニセ兵士たちが持っていたあの謎の球体を、きっとパーラは床に叩きつけて割ったのだろう。

 しかし、どうしてそんな事をしたのかが分からない。

 だがそこでメリアは思い出した。

 そもそもパーラを商会の人間が信用できないから、話を聞きにきたのだと言う事を。


「フゥーッ、やればできるじゃねえか、パーラ」


 メリアにとって聞き覚えのない男の声が廊下に響く。

 わずかな力を振り絞って、顔を起こしあたりを見回すと、黒い煙は晴れ、廊下の奥から二人の男がこちらに歩いてきていた。

 一人は長髪で細身の男で、何やら筒のような物を持っている。

 メリアはその筒のような物に見覚えがあった。

 ハイスバルツの兵士に標準配備される武器、魔弾銃だ。

 魔弾の魔法が刻まれており、魔力さえ流せれば誰でも無詠唱で魔弾の魔法を撃つ事が出来る。

 ただ、メリアの記憶にある魔弾銃にはなかったはずの部品が取り付けられている。

 もう一人の男は対照的に筋骨隆々のスキンヘッドの男で、左手に黒い箱のような物を持っている。

 箱の装飾には魔法石があしらわれており、こちらも何かの魔法が刻み込まれているようだ。


「……お前ら。この子たちに何をした?」


 視界の外からヘイル会長の声がする。

 メリアとレインはしゃべることさえままならないと言うのに、ヘイル会長のその声からは少しも弱ったような様子は感じられなかった。

 ヘイル会長の問いに、長髪の男が答える。


「何かしたのはそこにいる女狐でしょう? 私たちは黒煙を見て頃合いと思い、ここに現れただけです。ああ、その黒煙の効果を知りたいと言うならお教えしましょう。あれは魔法を頻繁に使う人間ほど効き目が強くなる、一種の神経毒です。命に別状はありませんので、ご安心を。ほっほっほ!」

「うぜえ野郎だな。するってえと、アレか? お前がビットとかいうヒョウの側近か」

「おや、御名答です。どうしてそう思われたのです?」

「俺は人の目を見れば信用できる人間か分かる。お前は底の底、人を騙すのに何の罪悪感も持たねえ人間だ。いかにも自分の組織を裏切りそうなゴミって感じのな」


 ヘイル会長の言葉に、筋骨隆々の男が吹き出して大笑いする。

 

「ぶあっはっはっ!! 信用できる人間が分かるゥ? おめぇそのクセにパーラに騙されてるじゃねえか!! だっはっは!!」

「お前はさしづめパーラの店の店長ってところか。なるほど、鍵を閉め忘れてパーラに密談を目撃されるのも納得のアホ面だな」

「てめぇ!!! ぶっ殺すぞ!? 立場分かってんのか、ああ!?」


 ヘイル会長の煽りに一瞬で顔を真っ赤にした大男を、ビットが腕で制した。


「おいボクス、こいつは生け捕りだ。お前のその箱は何のためにあると思ってる?」

「そんな事分かってんだよ!! 要は殺さなきゃいいんだ、足の骨を砕いてやる!! そうすりゃ逃げる心配もしなくていいだろ!?」

「それで自分で歩けなくなったら面倒だ。それともお前が常にあいつを運ぶと言うのか?」


 ボクスがビットに諌められる様子を見ながら、メリアは必死に頭を働かせ、状況を理解しようとしていた。

 パーラがあの球体を使ったせいで黒煙が生じ、メリアとレインは行動不能になった。

 ビットの説明を信じるならば、おそらくヘイル会長や子供たちは無事なのだろう。

 視界の先、メリアとビット、ボクスの間には、二本の杖が転がっている。

 そのうち一本はメリアのもので、もう一つはレインのものだ。

 倒れた拍子に手放してしまったのだろう。

 これでは無詠唱魔法であっても制御できるか分からない。

 メリアもレインも下手に魔法を使おうとすれば、守るはずのヘイル会長や子供たちのみならず、自分たちにも魔法が暴発するかもしれない。

 敵の戦力はあのビットとボクスに、パーラ。

 対するこちらは、まともに動けるのはヘイル会長と子供たちだけだ。

 つまるところ、絶体絶命だ。

 何とか身体を動かせないか、視界の範囲に何か使える物はないか、メリアは必死に足掻く。


「フゥー……。まあつまり、ここが本命ってわけだよ。表門のヒョウの奴はただの陽動さ」

「えっ……兄さんが!?」


 諌められ落ち着いたボクスの言葉に、パーラが過敏に反応した声が聞こえた。


「おっと、パーラさん。……分かっていますね?」

「っ……!!」


 すぐにビットがパーラに対して圧をかけるような物言いをした。

 その様子は、パーラを対等な味方として扱っているようには見えない。


「なるほどな。つまり、俺の見立ては正しかったわけだ」


 ヘイル会長がぽつりと言葉を漏らす。

 その言葉に、ビットもボクスも怪訝そうな顔をする。


「お前ら、目的は俺の誘拐だろ。これ以上抵抗はしねえ。降参だ。着いてくよ」


 意味深な事を言ったかと思えばすぐに降伏を認めたヘイル会長をビットは少し訝しんでいたが、やがてニヤリと怖気のする笑みを浮かべた。


「流石はフランブルク商会の会長だ。合理的で物分かりが良い。では、一人でこちらへ」


 ビットに促され、ヘイル会長が歩いて近づく足音がメリアの耳に入る。

 ヘイル会長がビットとボクスの目の前に立った瞬間、ボクスの右の拳が思いっきりヘイル会長の顔面を殴りつけた。

 ヘイル会長の大きな身体がその場に倒れ、メリアたちの倒れる床に振動が伝わる。


「俺をコケにしやがって、ボケが!! 用が済んだら殴り殺してやる!! 間抜けな尻軽女に騙された、色キぶはぁっ!!?」


 ボクスがその罵詈雑言を言い終える前に、ヘイル会長は素早く起き上がり、ボクスの顎に向かって強烈なアッパーをお見舞いした。

 ボクスの巨体が少し浮き上がり、大きな音を立てて床に倒れる。


「俺の女を侮辱するな!!」


 そう言い放ったヘイル会長に、ビットが即座に構えた魔弾銃から拳ほどの魔弾が数発放たれ命中し、ヘイル会長はその場に倒れた。

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