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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
42/99

040-ニセモノ

 フランブルク商会の敷地の入り口で、依然アリアとヒョウは睨み合っていた。

 ヒョウが正面から堂々と現れたのは、陽動のためであると既にアリアは見破っている。

 つまり、どこかでヒョウの共犯者が別動隊として、何らかの行動を起こしているはずだ。

 だから、アリアとしては一刻も早くその別動隊を抑えてしまいたい。

 しかし、正面にいる黒服の男がそれをさせてくれなかった。

 

 アリアや周りの兵士たちがヒョウに釘付けにされてしまっている理由は二つある。

 第一に、兵士が一人、人質になってしまっていること。

 ヒョウの足元に、破壊された槍と共に、兵士が一人倒れている。

 下手なことをすれば、倒れている兵士に更なる危害が加えられてしまうかもしれない。

 第二に、ヒョウがあまりにも強すぎること。

 今ヒョウの後ろを塞ぐように商会敷地の入り口を囲っている兵士たちの中に、ヒョウに通用するほどの実力を持っているものはいない。

 仮に人質の無事を諦め、行動を起こしたとしても、返り討ちに遭うだけだとその場の誰もが理解していた。

 この場で唯一、ヒョウと戦えるかもしれないアリアにしても、槍の破片を蹴り飛ばしてきたヒョウの攻撃に、余裕を持って対応する事は出来なかった。

 人質が取られている状況で、そんな敵うかどうか判断できない相手に無理な行動は起こせない。


 だからアリアは、悔しさを押し殺しながら、ヒョウの狙い通りにこの場に釘付けにされ時間を稼がれていた。

 せめて、今のこの状況を妹に伝える事が出来れば――しかし、少しでも怪しい動きを見せれば、確実にヒョウも動くだろう。

 何か手段はないのか、視線だけを動かして周囲を見回して、アリアは一つの疑問が浮かんだ。


「――あの子はどこにいるのかしら?」


     ◆


 フランブルク商会の宿舎の一室で行われている、パーラへの取り調べは、パーラがヒョウの妹であるという予想外の情報が出てきたところで、ひと段落を迎えていた。


「……一旦、状況を整理するか。メリアちゃん、俺が今から口頭で振り返るから、いい感じにメモにまとめてくれ」


 ヘイル会長に頼まれ、メリアは紙とペンを用意する。


「時系列順に振り返るぞ。

 まず、昨日の夕方。俺が乗っている馬車が襲撃を受けた。実行犯は、殺された男を含むネペンテスのチンピラども。ガドアの兵士たちに撃退され、殺された男だけが逃げ延びた。

 次に、その晩。パーラが働いている酒場の酒蔵に行くと、殺された男と店の店長、それからヒョウの右腕のビットが話していて、店長とビットは実はネペンテスを裏切っていた。で、そこで例の男は殺された。その時、動じたパーラは隠れて見ていたのがバレてしまい、追われる身になった。だが逃げているうちに、偶然会った俺に保護された。

 翌朝、つまり今日になると、ネペンテスの連中は例の男が殺されたことに気付いて、犯人探しを始め、ウチの商会の者に因縁をつけて――ってところか」

「出来事はそんな感じで……関わっている勢力は大きく分けて三つですね。私たちフランブルク商会、裏通りのギャングであるネペンテス、それからネペンテスを裏切ったビットたち」


 メリアはメモに丸を三つ描き、その中に各勢力の名前を書いた。


「これらの勢力の関係は、ネペンテスはフランブルク商会を疑っていて、裏切り者たちはネペンテスから離反している。だけどネペンテスは、恐らくこの裏切り者たちをまだ認識できていなくて……」

「ウチの商会が疑われてるのは、この裏切り者たちのせいだろうな。殺しの濡れ衣を着せて、ネペンテスとフランブルク商会を敵対させようとしてるんじゃねえか」

「なるほど。でも、どうしてそんな事を……?」

「裏切り者たちの目的が分からねえな。なあパーラ、裏切り者たちがどんな話をしていたか、他に覚えている事はねえか?」


 ヘイル会長に尋ねられ、パーラは眉間に手を当て考え込む。

 

「ええと……すいません、特には……。……あっ、そうだ。ビットは馬車の襲撃を失敗したことについて、予定通りだ、成功するとは思ってないとは言っていたんですけど、店長は成功していれば楽になったものを、と言ってました」

「もしも馬車の襲撃が成功していたら……。俺はそのチンピラ共に誘拐されていたわけだが」

「会長を誘拐する事が、ビットたちの企みの中で何かプラスになるって事ですよね」

「っつーか、俺の誘拐そのものが目的の可能性があるな。そうだとすると、今の状況を引き起こす理由も説明できる。ネペンテスがフランブルク商会と敵対状態になっていれば、フランブルク商会と警護の兵士たちはネペンテスへの対応にリソースを割かなくちゃならねえ。……何もない状態よりも、俺のガードは甘くなる」


 ヘイル会長がそう言ってから、部屋は急にしんとしてしまった。

 部屋が静かになると外の音がよく聞こえるようになり、誰か複数人の大人が部屋に近づいてくる足音を、部屋にいた各人が聞き取った。

 聞こえてきたのは足音だけではない。

 部屋の扉を開けていく音も聞こえてくる。

 扉が開けられていく音は、少しずつ少しずつ近づいてきていた。


「パーラ。それからガキンチョたち、部屋の隅に集まっとけ。あの辺の、扉から死角になるあたりな」


 ヘイル会長の指示を受け、パーラと子供たちは言われた通りに隅に隠れる。


「メリアちゃん、悪ぃが……」

「構いませんよ、いざという時は私が戦います」


 メリアは杖を構え、扉の方へ向ける。

 それは、今この部屋にいる人間で一番戦えるのは自分であると言う自覚と、戦えるものが周りのものを守らねばならないという責任感からだった。

 

「……というか会長も隠れるべきでは?」

「俺のガタイじゃ隠れる場所もねえよ。それにこのガタイは飾りじゃねえ」


 今、扉を開けていっているのは、ビットの一味かもしれない。

 そうだとしたら、これは危機的状況だ。

 なにしろ、メリアたちには逃げ道がない。

 部屋には扉と窓があるが、この部屋は宿舎の四階だ。出入りは扉からしか出来ない。

 扉から敵がやってくるのなら、正面から戦うしかない。

 それでもし負けてしまったら、もうどうしようもない。

 状況を意識すると、自分の手が汗ばむのをメリアは感じた。

 深呼吸をして、心を落ち着かせようとする。


 やがて、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。


「……会長? こちらにいらしたのですね!」


 戸口の向こうの廊下に立っていたのは、鎧を纏った三人ほどの兵士だった。


「なんだ? お前らは」

「見ての通りガドアの兵士です! すいません、おしゃべりしている時間はありません。安全な場所まで避難しますので――」

「メリアちゃん、やれ」

「え? いいんですか? 導きの木よ――」

「ま、ままま、待ってください!!」


 会長の指示を受けたメリアの杖先が光を纏ったのを見て、兵士は慌ててメリアを制止しようとする。

 ヘイル会長は兵士たちを鋭く睨みつけている。


「まともな兵士がズカズカと人の建物に入ってノックもせずにドアを開けるか? お前らニセモノだろう」

「本物ですよ!!? 言ったでしょう、緊急事態なんです! ネペンテスが攻めてきたんですよ!!」


 その言葉にメリアは動じる。

 メリアは姉が部屋を離れた時から、ずっと考えていた。

 この状況で姉が会長のそばを離れなければならない理由――姉でなければ対応できないトラブルが発生したのではないかと。

 そしてそれは、先ほどの会議で話に挙がっていた、ネペンテスの若頭が現れたのではないかと。

 もしその想像が合っていたのなら、姉は今どうなっているのか。無事なのか。

 途端にメリアの脳内に不安が立ち込め、冷静な思考を妨げて始めた。


「会長、姉さんが呼ばれたのは本当にネペンテスが現れたからなんじゃ……あの子たちが避難させられたのも、多分」

「関係ない。こいつらは信用できねえ。たとえ本物でも俺が責任を持つ。やれ、メリアちゃん」

「で、でも……」


 この兵士たちがニセモノではなく、本当に安全なところへ避難させるために現れたのだとしたら?

 そう思ってしまったメリアは呪文を唱えることを躊躇した。

 その時、兵士の一人が懐から黙って謎の球体を取り出した。

 ヘイル会長が目を見開き、声を上げる。


「っ! まずい! メリアちゃん!」


 兵士は球体を持った手を振りかぶり、それを思いっきり床に叩きつけようとした。

 流石にメリアもこの瞬間には兵士たちがニセモノであると確信を持てていた。

 しかし、兵士の行動を妨げる方法はもうなかった。

 詠唱魔法ではもはや間に合わないし、無詠唱魔法の炎は建物を燃やしてしまう危険がある以上ここでは使えない。


 兵士の手から球体が放たれ、床にぶつかろうとする。

 

 だが球体は床にぶつかる前に、突如空中に現れた水に受け止められ、そのまま宙に浮いていた。

 そして次の瞬間、廊下にいる三人の兵士たちの側頭部に水の弾丸が命中し、三人を吹っ飛ばした。


「この魔法って……!」


 メリアの口から言葉が漏れる。

 さっきまで三人の兵士が立っていた戸口に、今度は鎧を纏ったメリアと同じ年頃の少女が現れた。


「ヘイル様、大変お待たせいたしました!! 騎士レイン・ガドア、ただいま参上いたしました!!」

「レイン!!」


 現れたのは、今回ヘイルを警護する兵士を束ねるガドアの末っ子、レインだった。


「レインちゃんか、助かった。やっぱりあいつらはニセモノか」

「はい、その通りです!! 巡回している兵士が何人も行方不明になって、万が一を考えここに来てみたら……やっぱり!!」


 メリアは部屋を駆け出て、レインの横まで行き、ニセ兵士たちが飛ばされた方を向く。

 兜越しに受けた水の弾丸はやはりダメージとしては大した事なかったようで、三人のニセ兵士はもう立ちあがろうとしている。


「ごめんなさい、レイン。私が躊躇したせいで、危うくあいつらの好きにされるところだった。もしあなたが来てくれなかったら……」

「やめてよ、警護はあたしの仕事なのよ。あなたが気にする事じゃない。でも手伝ってくれるというのなら、そうね……あいつらを一緒に拘束しましょ?」


 メリアとレインの二人は、並び立ちニセ兵士たちに向けて杖を構えた。

 

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