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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
41/99

039-兄

 暴力によって民を支配するハイスバルツ家の次期当主として育てられたアリアは、幼い頃から戦闘の訓練を受けてきた。

 その訓練は実戦経験を重視するもので、アリアは十歳の頃から無数のバルツの兵士たちと模擬戦闘を行った。

 次期当主、それも少女のアリアが相手となると遠慮がちになる兵士も多かったが、アリアの存在を好ましく思わない親族の息がかかった兵士もおり、そのような兵士は隙あらば本気でアリアに重傷を負わせようとしてきた。

 体術と魔法が組み合わさった戦闘スタイルを使いこなすアリアに敵う兵士は、結局一人としていなかったのだが。

 そのような経験から、アリアは相手の雰囲気から彼我の戦闘力の差と敵意の有無を見極める能力が磨かれていた。

 相手の様子をよく観察すれば、どれくらいの強さで、いつ攻撃してくるのかを察知できる。


 今、アリアの前方には、兵士の首を踏みつけ自由を奪っている黒服の男がいる。

 その極めて高い戦闘力により、ガドアの兵士たちも手が出せないと言われるネペンテスの若頭、ヒョウだ。

 近くに転がる折れた槍の残骸を見るに、どうやら兵士がヒョウを止めようとして返り討ちにあったらしい。

 訓練されたはずの、槍を持つ兵士を、素手で返り討ちにしてしまう男。

 アリアは目の前の光景を見て、兵士すら下手に手を出せないと言う話を信じるしかなかった。

 だが、アリアは一つだけ違和感を覚えていた。


「……我がフランブルク商会に、ネペンテスの若頭が何か御用かな」


 支部長が一歩前に踏み出し、ヒョウに声をかける。

 ヒョウは声のした方を向き、支部長とアリアを視界にとらえる。


「おや、俺のことご存知なんすね。あんたがフランブルク商会の会長すか?」

「いいや、私はこの支部の支部長だ。会長は別にいる」

「そうすか。俺、今日はおたくの会長さんに会いに来たんすよ。ただそれだけだっつのに、この兵士さんはよォ〜。門に近づいただけで人に槍を向けやがってよォ〜」


 ヒョウは兵士を踏みつける足をぐりぐりと強く押し付け、兵士は呻き声を上げる。


「あいにく会長は今留守にしていてな。悪いが出直してくれ」

「おいおいおい支部長さんよォ〜、嘘はいけねーよ。街で噂になってんだぜ? フランブルク商会の会長が行方不明になったけど見つかったって。そこらにいる兵士さん方も、立ち話してたもんなァ〜。もう護衛対象を行方不明にはさせない、ここから出るところは見逃すな、ってよォ〜」


 嘘を見破られた支部長は大きくため息をつき、改めてヒョウを見据える。


「用件は何だ。会長と会って何がしたいんだ?」

「ちょっくら、知ってる事を洗いざらい話してもらおうかと。多分あんたらも知ってるでしょ? ……昨晩、ウチの人間が殺された。首をへし折られてな。殺したやつをとっ捕まえて、ケジメをつけさせなきゃ、ネペンテスの名前に傷がついちまうんだよ」

「会長がその犯人だと?」

「まあ最後まで聞けよ、支部長さん。殺されたやつは昨日、仲間を連れてあんたのとこの会長が乗った馬車を襲ったみてえでな。まあリターンのデカさに目が眩んで、分不相応なコトをやろうとしたんだろうが。それで結局仲間は捕まりあいつ一人だけ逃げ延びたみてーでよ。ああ、兵士さん。俺は別に、捕まえられた連中を解放しろだなんて言わねえよ? 奴らも捕まるリスクを承知でコトを起こしたはずだからな。だがよォ……殺されるってのは、いくら何でも罪と罰が釣り合わねぇんじゃねえかァ〜?」

「我々が、殺しなど、ぐふっ!」


 ヒョウに踏みつけられている兵士が反論しようとしたが、途中でヒョウが踏みつける力を強めたため、言葉が遮られた。


「俺はさ、真実を知りてぇんすよ。どうしてあいつは殺された? 誰があいつを殺した? ……それを知ろうとしたら、直前にあいつと因縁が生まれたフランブルク商会の会長と兵士さん達に会いに来るのは、自然な流れっすよねェ〜?」

「長々としゃべってたけど、貴方……本当にそう思ってるの?」


 不意に話に割り込んできたのは、支部長の横に立っていたアリアだ。

 ヒョウの鋭い視線がアリアに向けられる。


「嬢ちゃん誰だ? ガキに用はねえから邪魔しねぇでくれるかな」

「あたしはアリア・フランブルク! 会長の娘よ! もう十六だからガキじゃないわ!」

「ハッ、そういうリアクションがガキなんだよ」

「くっ! ……まあいいわ、こんな話を続けたら貴方の思う壺だもの」

「思う壺? どういうことだ、アリア」


 アリアの言葉に支部長が疑問を投げかける。


「支部長。あいつ、全っ然敵意が感じられないわ。カチコミに来たって感じじゃない」

「そりゃそうだろ、だって俺は会長さんと話しに来たんだからよォ〜」

「それならどうしてここでうだうだと問答に応じてるの? いつまでもその兵士さんを踏みつけて周りの兵士が動けないよう脅してるのはなぜ? 貴方からは、それ以上武力を行使して無理矢理にでも会長に会おうっていう気が感じられない。まさか兵士さんを足蹴にしておいて、今更平和主義者だなんて言うつもりはないわよね?」

「いやいや、俺ぁ理不尽に暴力を振るうつもりはねえよ? 兵士さん相手は正当防衛。俺はただ、会長さんに会って話が聞ければいいんだ。そのためなら、いくらでもここで待ってもいいんだぜ?」

「……もういいわ、あたしの結論を教えてあげる。貴方、時間稼ぎの陽動でしょ?」


 ヒョウはその言葉に目を丸くし、次いで口角を上げて足元の兵士から足を離した。

 そしてアリアに向かって一歩踏み出す。


「やるねぇ嬢ちゃん。でもそれに気付いたからって、俺を無視する事は出来ねえよな?」


 アリアは素早く杖を構えヒョウの方に向ける。

 それまでゼロだったヒョウの敵意が、突如周囲に向かって放たれ始めた。


「支部長! もしかしたら、もう建物の中にネペンテスの――」

「おっと、動くな!!」


 ヒョウはその場で足元の槍の破片を蹴飛ばした。

 その破片は支部長の顔のすぐそばまで飛んでいき、しかし風の壁によって軌道が逸らされ建物の壁に突き刺さった。

 アリアが無詠唱魔法による風の壁で自身と支部長を守ったのだ。


「……ここの人間を全員釘付けにするための脅しだったんだが……嬢ちゃん、何者だ?」

「言ったでしょ? あたしは会長の娘、フランブルクの人間よ」

「驚いたな、こんな凄腕の魔法使いがいたとは。こいつは楽しめそうだ……!」


 アリアは少しの予兆も見逃すまいとヒョウを凝視した。

 そこには、先ほどの言葉の続きを言うほどの余裕もなかった。

 風の壁によって僅かに破片の軌道はずれたが、そもそもヒョウは最初からあの破片を支部長に直撃させる気はなかった。

 アリアが無詠唱魔法を使ったタイミングはギリギリで、もしもヒョウが支部長に当てるつもりで破片を飛ばしていたら、風の壁の完成が間に合わず攻撃を防ぎきれていなかったかもしれない。

 強いこと自体は想像できていたが、ヒョウの攻撃はあまりにも速すぎる。

 アリアがこれほどまでに緊張感を持って戦闘に臨むのは、バルツの街にいた頃以来だった。


     ◆


 宿舎の一室では、パーラの話が再開されていた。

 ヘイル会長、メリアとともに、三人の子供たちも静かに話を聞いている。


「酒蔵の中では、何人かの男性が話していました。酒蔵で話し合いなんて、普通じゃありません。流石に私も異変に気付きました。でも、どうすればいいか分かりませんでした。このまま話を盗み聞きしてしまうのはきっとまずいことになる。だけど、こっそり出て行こうとして物音を立てたらどうなってしまうのだろう? 私は酒が仕舞われた棚の物陰に隠れたまま、判断に迷っていました。そうこうしているうちに……あの話を聞いてしまったんです」

「それが、お前が追われている理由か。何を聞いたんだ?」


 パーラの震える手を握りながら、優しい声色でヘイル会長が尋ねる。

 パーラは会長の顔を見つめてから、俯いて続きを話した。


「ネペンテスの中に、裏切り者がいたんです……! 私は、ネペンテスの裏切り者たちの話を聞いてしまって……しかも、その裏切り者は、私のお店の店長と……あのビットだったんです」

「ビット?」

「ビットは、ネペンテスの若頭、ヒョウの右腕です……! 私、まさかあの人が裏切り者だとは思わなくて、驚いて……でも、ここで音を出したら始末されるんじゃないかって……!」

「……隠れようと頑張ったんだな。どうして見つかったんだ?」

「……酒蔵には、他にも人がいました。その中の一人は、多分……ヘイルさん、あなたを襲った人です」

「あ? そうなのか?」

「彼は店長とビットに、昨日何があったかを報告していました。指示通りチンピラを連れて馬車を襲ったが、想定以上にガードが固くて返り討ちに遭い、自分しか逃げきれなかった、と。それを聞いて、店長とビットはやっぱりなとか、予定通りとか、そんな事を言った後……酒蔵の中にゴキっという音が、響いて……!! な、何かが倒れる音が、して……!!」

「パーラ、無理はしなくていい」


 言葉がつまり声の震えが大きくなってきたパーラを、ヘイルが穏やかな声で諌める。

 パーラの顔は青ざめ、しかしダラダラと汗をかいていた。

 ヘイルとメリアと共に話を聞いていた子供三人も何が起こったのかを想像したのか、顔を青くしている。

 しばらく呼吸を整えてから、パーラは続きを話した。


「……私、音で何が起こったか想像しちゃって、怖くなっちゃって、震えて棚から酒瓶を落としてしまったんです。落ちた酒瓶は割れ、店長とビットに音を聞かれました。私はすぐさまそこから逃げ出しましたが、後ろ姿でも店長は私と気付いたのでしょう。それで……」

「追われるようになってしまったわけだな」


 ヘイルの言葉をパーラは黙って首肯する。


「なあ、ところでどうしてそいつらが裏切り者だと思ったんだ?」

「彼らは、ヒョウを欺くと言ってました。ヒョウはネペンテスの実質的なトップなのに、それを欺こうとするなんて……。可能なら、すぐにでも会って裏切り者がいるって伝えたいんです。でも、私の店の店長すら裏切り者だったのだから、もうネペンテスの誰が裏切り者でもおかしくありません。どうにかヒョウに会おうとしたのですが……追手から逃げるのに精一杯で、それは叶いませんでした」

「ん、ヒョウってのは普段ならそんな簡単に会えるもんなのか? 聞いてる限りじゃ、お前の店には下っ端しか来ねえようだし、ネペンテスの若頭なんて、そんなホイホイ会ってくれねえだろ」

「会えますよ。だって、ヒョウは私の兄ですから」


 パーラがサラッと言ってのけたその言葉に、その場にいたパーラ以外の全員が固まった。

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