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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
40/99

038-ヒョウ

 フランブルク商会コアメンバーの作戦会議の後、アリアとメリアはヘイル会長に連れられ、パーラのいる宿舎の部屋を訪れた。

 パーラが裏通りの殺人事件に本当に関わってないのか、聞き取りを行うためだ。

 元々はヘイル会長が自分一人で十分だと主張していたのだが、支部長をはじめとする他の商会メンバーが聞き取りの同行を申し出た。

 嫌がる会長と情報を自分で確かめたい他メンバーとで意見が割れたが、パーラと同性かつ年齢の近いアリアとメリアなら付き添わせてもいいという妥協案で会長が折れた。

 ヘイル会長が部屋の扉をノックし、声を掛ける。


「パーラ、俺だ。ヘイルだ。少し話が聞きたい。中に入れてくれないか?」


 数秒の間の後、部屋の中から「どうぞ」と声が聞こえる。

 ヘイル会長が扉を開けて中に入り、アリアとメリアがそれに続いた。

 部屋の中では、長いブロンドの髪を指に絡ませながら、パーラがベッドの上に腰掛けていた。

 アリアとメリアが付いてきた事は予想外だったようで、パーラは二人を見て驚いたような顔をした。


「えっと、あなたたちは……」

「あたしはアリア・フランブルク。妹と一緒にこの商会の事務仕事をやってるの」

「妹のメリア・フランブルクです」

「フランブルク……? ということは……」

「……俺の娘、らしいぞ?」

「ちょっと! らしい、だなんて無責任なこと言わないで!」


 アリアは右手でグーを作ってヘイルの背中を小突いた。

 はたから見れば娘を認知しない父親への反抗のようだが、これは家族設定が揺らぐような事を言うな、という意味だった。

 一方的に家族設定を押し付けているのはこちらなのに、“無責任”という言葉で会長を非難する姉が可笑しくて、メリアは思わず口元が緩んだ。


「パーラ、この部屋はどうだ? 無駄に高い階だから、出歩くのが面倒だろうが」

「とても素敵な部屋です。急に来たのに、よく掃除されていて」

「メリアちゃんの部下のちびっ子が掃除したんだ。見かけたら褒めてやってくれ」

「あの子たちですか? そういえば、あの子たちに似た子を以前裏通りで見かけた気がするんです」

「ああ、それきっとあの子たち本人です。私が裏通りから連れてきたんです」

「まあ、そうだったの。あの子たち良い顔してたわ。きっとメリアさんに良くしてもらってるんでしょうね」


 そう言ってパーラはメリアに微笑む。

 褒められたメリアは自分の顔が照れから少し熱くなるのを感じた。


「でな、パーラ。その裏通りで昨夜、事件があったらしい。それも殺しだ」

「っ、殺人、事件……」


 “事件”という単語を聞き、あからさまにパーラの表情が固くなった。


「……お前は昨夜、何者かに追われていた。俺から事情を詮索するつもりはなかったんだが、どうもそうはいかないようでな」

「何か、あったんですか?」

「ウチの商会が疑われている。若いのがネペンテスの奴らに追いかけ回された」

「そんな!!」


 声を上げてからパーラは自分の口元を手で覆った。


「……まあ今すぐすべてを言う必要はねえ。ただ、ウチの商会の人間全員がもう巻き込まれている。で、このタイミングで俺が匿ったお前は、商会の他の連中から事件との関与が疑われてる」

「違います、私は……その……」


 パーラは否定の言葉を述べたものの、声と手を震わせてそこから何も言えなくなってしまった。

 そのパーラの手をヘイル会長の大きな手ががっしりと握った。

 

「パーラ、言っておくが俺はお前の味方だ。俺はこのフランブルク商会を発展させた大商人だ。その俺の眼と直感が、お前は悪人なんかじゃねえと告げている。……だから恐れるな。少しずつで良い。何があったか教えてくれ」


 会長の言葉を聞き、少しずつ少しずつ、パーラの震えは止まっていった。


「……私は、知ってはいけない事を知ってしまったんです。これを話せば、あなたたちにも危険が及ぶかもしれません」

「それは大丈夫だ。知ってない現状でさえ、乗ってる馬車が襲われたんだ。大して変わりゃしねえよ。お前たちも大丈夫だよな? 俺の娘ならどっちみち危ねえ立場だろ」

「少しは娘への心配とかないのかしら?」

「バリーとザガから聞いてるぞ。アリアちゃんとメリアちゃんが商会の最強戦力だって。いざ襲われたら返り討ちにしてくれ」

「ザガさんも相当強くないですか? ……パーラさん、どうぞ話してください。私も姉さんも、あなたの疑いを晴らしたいんです」


 勝手に話を進めてしまうヘイル会長にアリアはため息をついたが、アリアもメリアも特に危険を恐れてはいなかった。

 娘ということになっている二人への雑な扱いについても、普段のヘイル会長のロベルトの扱いを考えれば、こんなものなのかもしれないと納得できた。

 三人の毅然とした表情を見て、パーラは意を決して事情を話し始めた。


「私は……普段は、裏通りの歓楽街にある“キナバル”という酒場で働いています。お昼は料理を、夜にはお酒を中心に出すお店で、朝以外はほとんど営業しているんです。だから、昼番と夜番に分かれていて。昨夜の私は夜番でした」

「……え? 普通のお店なの?」

「え? 普通の……って、どういうことです?」

「その、あたしてっきり……い、いえ、なんでもないわ。話を続けて」


 アリアはパーラの袖のない服からのぞく素肌に視線を滑らせ、顔を赤くした。

 メリアも口にはしなかっただけで、姉と同じ事を内心思っていた。

 パーラの色っぽい格好と雰囲気から、会長の言っていた“女と飲める店”の従業員だと勝手に思い込んでいたのだ。

 促されたパーラは話を続ける。


「……ご存知の通り、裏通りは商業区の中でも治安が悪く、ガドアの兵士もあまり近づきません。だから裏通りのお店は、兵士の代わりにネペンテスにみかじめ料を渡して後ろ盾になってもらうことで、乱暴者からお店を守ってもらいます。キナバルも、ネペンテスに頼っているお店の一つです。なので、ネペンテスの方には逆らうことができません。……その、ネペンテスの末端の方々もそれは分かっていて、よくお店に来てはツケで飲んでいきます」

「理不尽な話だ。ネペンテスと取引しなくちゃ、野良の乱暴者はもちろんネペンテスの連中まで敵に回る可能性がある。店側に選択肢はねえ。まあ、よくある話でもあるがな。街によっちゃギャングじゃなくて正式な兵士がそれをやってる事もある」


 パーラとヘイルの話を聞いて、アリアとメリアは故郷のバルツの街を思い出した。

 バルツの街の治安を守るのはハイスバルツ家が指揮する軍隊だが、もしかしたらその軍隊でも同じように、街のお店に横暴を働いていたのではないだろうか。

 ふたりは立場もあって街の庶民がよく行くようなお店には行ったことがなく、そのようなお店に行く人たちとの交流もなかった。

 バルツの街を離れた今となっては確かめようもない。


「昨夜もお店にネペンテスの方達が来ていて、たくさんお酒を飲んでいました。そのせいで、お店のカウンターに用意してあるお酒が足りなくなっちゃって。だから私、お店の地下にある酒蔵に、お酒を補充しに行ったんです。酒蔵は普段は泥棒が入らないように鍵をかけてあるんですけど、それが昨夜は……何故か鍵が開いていて。鍵はお店のバックヤードに隠してあって、お店の関係者以外は具体的な場所を知りません。もしも鍵が壊されていたら泥棒を疑いましたけど、普通に開けられたようでしたし。誰か私の他にお店の人が酒蔵に用があって開けたんだと思って、私も中に入りました」


 パーラの話にアリアとメリアは息を呑んだ。

 開いていないはずの鍵が開いていた。

 話の流れからして、そこでパーラが何かを見てしまったのは明らかだ。

 だが、パーラの話はそこで一時中断された。

 外の廊下からドタドタと足音が鳴り、次いでバタンと勢いよく部屋の扉が開かれた。


「ごごごご、ご主人様!!」


 部屋にやってきたのは、メリアの部下の子供たち三人組、カナリア、クロー、ピジョだった。

 三人とも走って階段を上り部屋までやってきたのだろう、息を切らしている。


「ど、どうしたの? あなたたち」

「その、急いでアリアさんに表門まで来て欲しいって支部長が!」

「え、あたし? ……何かあったの?」

「わからないです。兵士さんが事務所にやってきて支部長に何かを伝えて、それで支部長がわたしたちに指示を……。あと、わたしたちはそのままこの部屋に居ろって言われました」

「よく分からないけど、只事じゃなさそうね。了解、表門に行けばいいのよね? で、子供たちはこの部屋に残れ、と……。メル、どう思う?」

「パーラさんの話を聞くっていう今最優先の仕事を支部長自ら中断させるなんて、何かがあったに違いないよ。でも、どうしてこの子たちにこの部屋に残れなんて……」

「理由は後からバリーに聞けばいいだろ。アリアちゃん、とりあえず表門に向かってやってくれ」


 アリアとメリアは支部長からの指示の意図の全容を掴めず釈然としなかった。

 しかし、ヘイル会長に促され、納得はしていないもののアリアは表門に小走りで向かった。

 部屋にはヘイル会長とパーラ、メリア、そして三人の子供たちが残された。


「その……私の話の続き、どうしましょう? この子たちには聞かせない方が……」


 話をぶつ切りにされてしまったパーラが戸惑いながらヘイル会長に尋ねる。


「……いや、話してくれ。というか、多分お前は口封じのために追われていたんじゃないか。口封じしきれないくらいその情報を知っている人間が増えれば、連中はもう打つ手がねえよ」

「ちょ、この子たちを巻き込むんですか!?」


 メリアは子供たちを守るように、ヘイル会長と子供たちの間に割り込んだ。

 

「メリアちゃん、こいつらはもう、巻き込まれてるんだよ。バリーがわざわざこいつらをここに残らせた理由はいくつか考えられるが……こいつらは、ここに避難させられたんじゃねえか?」


     ◆


「ったくもー、危ねえじゃねえすか、兵士さん。手ぶらの民間人に槍なんか向けねえでくださいよ。おかげで反射的に防衛行動をとっちまいましたよ」

「ぐっ……何が、民間人だ……!」


 フランブルク商会の敷地の表門に辿り着いたアリアが目にしたのは、うつ伏せの兵士の首を踏みつけている黒い服の男と、近くに転がる折れた兵士の槍、そしてそれを取り囲みながら近づけずにいる兵士たちだった。


「アリア、来てくれたか」


 目前の光景に唖然としていたアリアに声をかけたのは、アリアを呼び出した張本人の支部長だった。


「支部長、これは一体……」

「大体想像はついているのだろう? あの黒服がネペンテスの若頭、ヒョウだ。……これからヤツと“話し合い”をする。手伝ってくれ」

 

 

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