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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
39/99

037-作戦会議

 ネペンテスの目を掻い潜り、フランブルク商会のセルリ支部までなんとか逃げ延びてきたザガは、事のあらましを商会の人間たちに説明した。

 説明の場には会長はもちろん支部長にロベルト、それからアリアとメリアを含めたフランブルク商会のコアメンバー数人が同席していた。


「……以上が、俺がここに戻ってくるまでのあらましです。……会長、絶対にねえとは思いますが、ネペンテスの殺しとの関わりは……」

「勿論ねえよ。だがな……」


 “だがな”の言葉に、会長以外の全員が動揺した。

 全員、この事件に会長は完全に無関係であると思いたかったのだ。


「俺が昨晩、裏通りにいたのは事実だ。殺しがあったことは知らなかった。……ただな」

「パーラと言いましたかな。……彼女は裏通りで拾った、違いありませんな?」


 会長の言葉に、支部長が続きの言葉を加えた。

 会長は首を縦に振り、話を続ける。


「あいつは何かから逃げてたんだ。暗かったから追ってた連中の顔は見えてねえ。パーラが追っ手を撒くのを手伝って、そのまま匿うためにこの商会に連れ込んだ」

「おい、まさか……あの女が殺しをやったんじゃないだろうな」


 ロベルトのその勘繰りを聞いて、ヘイル会長は立ち上がりロベルトを睨みつけた。


「俺の女を疑ってんのか? クソガキ」

「会って一日も経ってねえのに何がお前の女だ。あの女の何を知ってるっていうんだ?」


 威圧するかのような態度の会長に、ロベルトも負けじと強気に食ってかかる。


「あいつは殺しなんてやってねえ。目を見りゃ分かる。出会った時のあいつは怯え切っていた」

「目を見りゃって、そんなの根拠がねえのと一緒じゃねえか。惚れた相手を庇いたくなってるだけじゃねえのか!?」


 ロベルトの語気が強くなるとともに、会長も詰め寄り何か言い返そうとしたが、二人の間にザガが割って入った。


「落ち着いてくださいって、二人とも。パーラが関係しているかどうかなんて、ここで口喧嘩したところで分かりゃしません」

「ザガの言う通りです、会長。今、我々が決めなくてはならないのは、我々に疑いを向けているネペンテスに、どう対応するかです」


 ザガと後に続いた支部長の言葉を聞いて、ロベルトとヘイル会長は互いに睨み合ったものの、黙って席に座り直した。


「ネペンテスはフランブルク商会に目星をつけて疑ってるんでしょう? それならここにカチコミに来るのは時間の問題じゃないかしら。ほんとにあたしの出番があるかもね」


 そう言いながらアリアは左手で自分の杖をクルクル回している。

 アリアとメリアはこの会議を記録し、内部資料を処理する役割を担う事務員として、このフランブルク商会の会議に参加しているが、本人たちは自分のことを戦闘要員だと考えていた。

 そして周りにいる他の者も、アリアとメリアこそがいざという時の切り札と考えていた。

 フランブルク商会の従業員は、荷運びを始めとする普段の業務で身体が鍛えられており、また野盗に対応する事も想定しているため、各々それなりに喧嘩には自信がある。

 男衆の間では定期的に腕相撲大会が開かれ、皆そこで自分の腕力を大いに披露する。

 ちなみに大会は毎回ロベルトが優勝している。

 アリアとメリアは男衆と比べると明らかに華奢で、事実腕力だけなら劣り、腕相撲大会には参加していない。

 しかし、フランブルク商会の者は皆、アリアとメリアがやってきてからの間に、既に二人の魔法使いとしての実力を目の当たりにして認めていた。

 特にアリアは、詠唱もなく杖を一振りするだけで、男衆が苦労するほどの荷物を持ち上げ、殴り合いになりかかった男二人を杖から放った雷で痺れさせ、食堂で暴れる酔っぱらいを氷の錠で拘束してみせた。

 酔っぱらいを相手にした時は飛んできた皿やコップを全て魔法の風で受け止めて無事に着地させていたため、防御力も一級品だと商会の人間たちに噂されている。

 メリアはメリアで、魔法大学でのレインとの決闘を酒に酔ったザガが盛りに盛って宴会で吹聴したため、噂に大量の尾ひれがついて、魔法大学の学生たちを次から次へ百人斬りしたことになっている。

 メリア本人はそんな事していないと否定しているが、一方で上手く誤魔化すのが苦手でかつ負けず嫌いな彼女は、レインと決闘して水の弾丸を炎の壁で防いだ事は事実であると認めているため、結局噂の尾ひれは外れていない。


「ネペンテスと正面からやり合うつもりはない。そもそも俺たちは商人だ。喧嘩は本分じゃねえ」


 アリアが唱えた衝突の可能性を、ロベルトは否定した。


「そうは言っても、あっちの方からきっと来るんじゃないかしら。ギャングがこちらの事情なんて汲んでくれるとは思えないわ」

「ああ、お前の言い分は正しい。何もしなければ、ネペンテスの奴がこの建物に来るのは違いない。昨日のこともあってガドアの兵士が守りを固くしてくれているが、万一ヒョウが来たらひとたまりもないかもな」

「ヒョウ? なんですかそれ?」


 会話に突然現れた謎の単語に、メリアはそんな疑問をつぶやいた。


「ネペンテスの若頭、その名前だよ。ネペンテスのナンバーツーと言ってもいい。屋敷に篭ってるボスの意に従って、ネペンテスの連中を取りまとめてるヤツだ」

「人名なんですね。その人が来たらひとたまりもないっていうのは……」

「実際に見たわけじゃねえけどな。べらぼうに喧嘩が強いって話だ。セルリアンもガドアも裏通りにあまり手を出せないのは、ヒョウ一人の戦闘力を恐れてのことだなんて噂が立つくらいにな」


 人間一人の戦闘力で兵隊が制圧されるなんてありえない、とはアリアもメリアも言えなかった。

 自分たちの父親が、一人で何百何千の兵隊を殲滅できる力を持っていたのだから。

 しかし、そんな人間が何人もいてたまるかという気持ちはあった。


「まあヒョウが実際どんなもんかは関係ない。ネペンテスとの火種は一刻も早く処理して、敵対状態を解く。これが俺の考えだ」

「どうするつもりだ? ロベルト」


 考えを述べたロベルトに支部長が問いかける。

 毅然とした態度で、ロベルトは問いに答えた。

 

「ネペンテスのボスと話をつけます。俺がネペンテスの拠点、ボスの館に行きます」

「若、それは……!!」


 ロベルトの言葉に支部長は目を見開き、ザガは思わず立ち上がり、会長は片眉をしかめ文句をつけた。


「とっとと話をつけるのはいいが……半人前のお前が行って何になる? 下手を打ってその場でミンチにされるだけだぞ」

「俺以外いねえだろ。あんたは今ネペンテスに一番目をつけられている。それにそもそも殺しがなくても何故か馬車が襲われてんだ。のこのこ行かせるわけにはいかない。……支部長だって、このセルリ支部をまとめる替えの効かない人材だ。万が一があってはいけない。だから俺が行く」

「私が行ってはいけない理由が弱いな。私の仕事なんて誰にでもできる。それこそ、今日お前が代理を務めていたようにな。ネペンテスも、支部長という責任者の身柄を差し出されれば、多少は我々への疑いを弱めるだろう」

「身柄の価値って意味なら、俺は会長の長男でこの支部のナンバーツーです。支部長が行っていけない理由が弱くても、俺で十分な理由はあります」

「ロベルト、お前手柄を焦ってるのか? 確かにダリアのボウルドはお前より優秀だし、俺もあいつにダリアを任せてここに来てるからな。仮に今俺が死ねば、次の会長はあいつになるだろう。お前がネペンテスとの話をつけるかどうかに関わらずな!」


 ロベルトの考えとその理由を、会長と支部長があれこれケチをつけて否定しようとする様子に、アリアとメリアは違和感を持った。

 何か無理矢理にでもロベルトの思う通りにはさせたくないかのような、非合理的な意思を感じたのだ。

 会長も支部長も、そしてロベルトも、口論がヒートアップし、最後にはロベルトはテーブルを両手で強く叩いた。


「っ、もういい、俺は行く!! あんたらに足を引っ張られる時間の余裕はないんだ!!」


 そう言ってロベルトは席を立ち、部屋を出て行った。

 支部長は大きくため息をつき、会長は悪態をついてから、ザガの方を向いた。


「……悪いがザガ、あの馬鹿を頼む」

「勿論です。……二人とも、もっと素直に……いや、何でもないです」


 言いかけた言葉を取り消して、ザガは走ってロベルトの後を追って行った。


「お二人とも、どうしてあんなに必死にロベルトさんの考えを否定しようとしたんですか?」

「ちょっ、メル!!」


 ザガの様子から詮索しない方が良いと思っていた質問を、妹が躊躇なく会長と支部長へ投げかけたため、アリアは思わず横に座る妹の肩を掴んだ。


「……いえ、すいません。やっぱり答えなくていいです。……聞かなくても、なんとなく分かるので」


 メリアは自分でも我慢すべきと感じたその問いを口にしてみて、どうして問うのを我慢できなかったのかを理解した。

 会長と支部長の振る舞いに、メリアは同族嫌悪を感じてしまったのだ。

 本当の気持ちをはっきり言葉にできないその振る舞いに。

 二人とも、ロベルトに試練を与えたいとはいえ、敵対状態のギャングの拠点に行くなんていう命懸けの苦難は与えたくないに違いなかった。


     ◆


 急いで出発の準備を進めていたロベルトの元に、先に準備を終えたザガが現れた。

 

「若、俺もついて行きます」

「……親父の指示か?」

「そうです。けど、俺の意思でもあります。……一人で危ないところになんて行かせねぇ」

「……ははっ。お前のそういう包み隠さないところが、俺も親父も支部長も好きなんだろうな。俺ら全員、見習うべきだ」

「やっぱり、若も気付いた上であんな口論を?」

「そりゃあな。ったく、普段は俺を煽るわ成果にケチをつけるわのクセに、こういう時ばかり過保護になりやがる。……少しくらい俺を信じてくれてもいいのによ」

「二人の気持ちが分かってるならどうしてあんな言い方を……」

「何でだろうな。商人なんていう、自分の本音は見せず相手から最大の条件を引き出す、常に腹の探り合いをする仕事をやってるからなのかもな。いや、逆か? こんなんだから、商人なんてやりたいのかもな。ははっ。……むしろ上等か。これからギャングと命懸けの腹の探り合いをしようってんだからよ」


 笑うロベルトの手が震えているのを、ザガは見逃さなかった。

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