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プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
フランブルク商会の大事件
38/99

036-人探し

 ヘイル会長が行方をくらませた朝、フランブルク商会の面々のうち、予定していた業務に余裕がある者は全員会長の捜索にあたることになった。

 会長にもしもの事があれば、商会全体を揺るがす大問題になりかねない。

 自分の勤め先を守るために、従業員は朝から自分勝手な中年男を探さねばならなかった。

 ザガもまた、ヘイル会長を探すため、セルリの街に繰り出した。

 

 ヘイル会長が勝手にどこかに行ってしまうのは、それほど珍しいことではない。

 それこそザガとロベルトが幼い頃から、「あのバカはどこへ行った!?」と騒ぐ大人たちの姿をよく見かけた。

 そして会長はほとんどの場合、どこかで女遊びをしてベロンベロンに酒に酔った状態で発見される。

 そんなヘイル会長を、今は支部長を務めているバリーが、酔い覚ましの拳骨と音の振動を肌で感じるほどの怒鳴り声で説教するのが、お決まりの展開だった。

 大人たちの説教の様子を見る度に、幼き日のロベルトとザガは、決してバリーを怒らせてはいけないと肝に銘じたものだった。

 

 昔は今ほどフランブルク商会が大きくなかったため、そこまで大した問題にはならなかったが。

 しかし、ダリアとセルリの二つの都市に拠点を持つほどにまで商会が急成長した現在となっては話が別だ。

 ロベルトやバリー、他の商会の従業員たちのためにも、すぐに会長を見つけなければならない。

 責任感を持ちながら、しかし裏通りの夜の店を洗っていけばすぐに見つかるだろうとたかを括りながら、ザガは朝早くの裏通りへ足を踏み入れた。

 裏通りは、貧民窟があるほど奥まで行かなければ、酒場が立ち並ぶただの歓楽街だ。

 奥に進み、ガドアの兵士が平和を守るエリアから離れ、セルリの街のギャング“ネペンテス”が牛耳るエリアに近づくにつれ、賭博や売春、盗品売買が横行する無法地帯になっていく。

 ヘイル会長が夜遊びをしていたならば、十中八九この辺りにいるはずだ。

 ロベルトは商会の評判を気にしてこの辺りには近づくなと常々言っているが、実際はヘイル会長の真似をしたくないだけだとザガは思っている。

 ロベルトと共に商人の仕事をずっとしてきたが、盗品売買はまだしも賭博や女遊びが商会の評判にあまり関係がないのは、ヘイル会長が証明してしまっている。

 ただ、商会の人間がぞろぞろと複数人でこの辺りを訪れるのは流石に良くない噂が立つため、ザガは他の商会の人間を連れずに裏通りを訪れた。

 と言っても、一人で一軒一軒見て回るなんて非効率なことはせず、マースに頼んでマースとその部下たちに捜索を手伝ってもらうつもりだ。

 いつもはザガが自分の財布から出す依頼料も、今回は商会の経費で落とす。

 元凶がヘイル会長なのだから、仕方がない。

 これにより、ザガは会長を見つけ出し、マースたちは依頼料をたんまり手に入れられる。

 商会としても迅速に会長を見つけられるのはプラスなのだから、みんなハッピーになれる。


 そのはずだった。


 マースがいつもいる廃屋に辿り着く前に、ザガは裏通りの異変に気付いた。

 彷徨いている人間が多すぎる。

 しかも、その彷徨いている人間のほとんどが、どうみてもネペンテスの関係者だった。

 左手の甲に彫られた牙のタトゥーが、ネペンテスの人間である証だ。

 そして、ネペンテスの人間たちは、誰かを探しているようだった。

 これからザガがマースに依頼しようとしていたのと同じように、ネペンテスの人間はそこら中の店や道ゆく人に、何か聞き込みをしていた。

 ザガもまた、ネペンテスの人間に声をかけられた。

 成人しているかどうかくらいの年頃の少年二人組が、ザガの前に立ちはだかった。


「お前、たまに見かけるが裏の住人じゃねえよな。どこのどいつだ、名乗れ」

「俺はザガだ。ただの遊び好きの商人だよ」


 “フランブルク商会”の名前は出さない事にした。

 ロベルトが裏通りと関わり合いになるのを嫌がっているのに、わざわざ商会の名前を出す事はない。


「商人が朝っぱらから裏に遊びに来るかよ。あんまナメた事言ってると血を見るぞ」


 その言葉と共に、二人の少年が懐から取り出したナイフがザガに向けられる。


「嘘なんかついてねーよ。俺は人探しに来たんだ。酒好きで女好きのおっさんでな、この辺りにいると踏んで来たんだが」

「……ちっ、そうかよ」

「お前ら、ネペンテスだろう? 今日はどうしたんだ、朝っぱらからこんなにぞろぞろと」


 ザガのその問いに、少年の片割れは鋭い視線で「詮索するな」と暗に示したが、もう一人が思案の後に返事をした。

 

「……俺らのシマで殺しをしやがったバカがいる。そいつを探している」

「それは物騒だな。だが人死に自体は特に貧民窟のあたりじゃ珍しくねえだろ。それをこんな躍起になって犯人探しとは、さては被害者はネペンテスの人間――」


 そこまで言いかけたところで、ザガの首筋に二本のナイフが触れた。

 ザガは両手を頭の高さまで挙げ、無抵抗を示す。


「ああ、詮索して悪かったよ。お前らと敵対するつもりはねえ」

「知っている情報があれば言え。殺しがあったのは昨晩だ。――お前が探している男も容疑者だ」

「悪いがなーんも知らねえな。そもそも俺が探してるおっさんも、裏にいるかどうか定かじゃねえ。女好きのあの人ならここに来ると思っただけでな」

「もし嘘を言っていると分かったら、無事じゃねえのはお前だけじゃねえのは当然分かってるな?」

「わーってるよ! 俺にお前らを騙す理由なんてねえよ。用が済んだらとっとと解放してくれ」


 二人のネペンテスのうち、一人はゆっくりとナイフを下ろした。

 もう一人はザガをしばらく睨みつけてから、ナイフを下ろし、二人揃って何も言わずに立ち去った。

 近くからネペンテスがいなくなってから、ザガはひとつため息をつき、独り言をぼやいた。


「まさか関わってねえよな? オヤジ……」


     ◆


「フランブルク商会の会長さん〜? あはは、商会の人は大変だねえ」

「笑い事じゃねえんだよなあ。……ネペンテスの連中はバタバタしてやがるし」


 辿り着いた廃屋にいたマースに、ザガは事のあらましを説明した。

 マースはいつもの肘掛け椅子に座り、自分の髪を指に絡ませ手遊びをしている。


「うん。そうなんだよねえ。ザガくん、フランブルク商会の名前を出さなかったのは正解だよ」

「ん、どういうことだ?」


 マースは質問に答えず、ザガの顔を見て微笑んだ。

 ザガは何も言わず、財布からお金を取り出しマースに差し出した。


「まいど〜。……殺されたネペンテスのチンピラはね、どうやら昨日、フランブルク商会の馬車を襲うって周りに言ってたみたいだよ?」

「何だって?」

「聞いた話だけど、襲撃は失敗したらしいね?」

「ああ。ガドアの兵士が、襲撃者を全員捕まえたと言っていたが……」

「ガドア、ガドアかあ……。全員じゃなかったのかもねえ。何人か逃したんじゃない?」


 ザガがレインから聞いた話では、襲撃の際には煙幕が使われたらしい。

 煙幕のせいで敵を全員は見つけられなかったのだろう。

 それよりも、ザガは思い当たった悪い可能性に、嫌な汗をかき始めた。


「……なあ。その、殺されたやつがフランブルク商会を襲ったって話、どれくらい知れ渡ってるんだ?」

「あたし達が最初に聞いたのはほんの一時間前だけど、ネペンテスの人たち結構本気で犯人探ししてるからねえ。もうこの辺の、ネペンテスの息がかかってる人たちには知れ渡ってるんじゃない?」

「……まずいな」

「……はぁ、あたしを巻き込まないで欲しかったなあ」


 その時、二人が話していた屋根のない廃屋に、先ほどザガに絡んだ二人のネペンテスがやってきた。

 ザガは二人の方に振り向き、片手をあげ挨拶する。


「よぉ、また会ったな。お前らもマースに人探しの依頼か?」

「その必要はねえな。……ザガって言ったよな。お前、フランブルク商会の人間らしいなあ? ……ちょっと付いてきてもらおうか」


 ザガは大きくため息をつき、マースの顔を見た。


「……多分、今回は商会の財布から結構な額を支払えるが。こいつらを敵に回すのは嫌だよな?」

「そりゃあ嫌だよお、あたし達はネペンテスが支配するこの裏通りで暮らしてるんだよお? ……あたしと、部下が今は八人」

「随分と大所帯になったんだな。……しょうがねえ」


 ザガは今度はネペンテスの二人の方を振り向く。


「先に言っておくが、フランブルク商会側にお前らと揉め事を起こす気はねえ。昨日馬車を襲った連中がお前らの仲間だったなんて、俺らは知らなかったしな」

「だったらそれを証明しろ。カシラがお前の話を聞きたがっている」

「話、ねえ。どうせそんな穏やかなモンじゃねえだろ。どっちみち、悪いが俺はお前らにはついて行かねえ。一度、商会にこの話を持ち帰って、対応策を練りたいんでな。お前らも組織に属する人間なら分かるだろ? 末端は勝手に判断すべきじゃねえんだよ」

「その言葉、そのまま返してやる。俺らに与えられた命令はフランブルク商会の人間を連れてくることだ。見逃していいなんて言われてねえ」

「だよなあ」


 そう言ってザガは両手をネペンテスの二人の側に向けた。

 ネペンテスの二人はすぐにナイフを取り出し身構える。


「くらえっ!! “俺の”幻覚魔法!!」


 ザガがそう叫んだが、ネペンテスの二人は特に何か変化があったようには感じられなかった。

 しかし警戒は緩めない。

 ザガは依然、両手をネペンテスに向けて突き出したままでいる。

 マースはその様子を後ろから眺めニヤニヤしている。

 ザガがマースにだけ聞こえるような声量で、ボソッとささやく。


「いつもの倍、事が落ち着いたら支払う」

「まいど〜♪」


 その瞬間、ネペンテスの二人の視界から、ザガが消えた。


「なっ!?」


 しかし、ザガは実際は消えてはいない。

 マースの使った幻覚魔法で、二人は一時的にザガの事を視覚で認識できなくなったのだ。

 隙ができた二人の横を、ザガは駆け抜けた。

 ネペンテスの二人は何者かが横を駆け抜けた足音と、走りで生じたわずかな風で、ザガが走り去ったことを悟り、後ろを振り向いた。

 程なくして、数メートル先に走るザガの姿が突然現れた。

 マースの幻覚魔法は、術者からある程度距離が離れると、効果が切れてしまうのだ。


「くっ……俺は奴を追う!! お前は他の奴らに応援を要請しろ!!」


 逃げるザガを捕まえるため、各々走り出したネペンテスの二人を、残されたマースは椅子に座ったまま見つめていた。


「……ザガくん、気を付けてね。この事件を起こしたヤツは、ネペンテスとフランブルク商会をぶつけて何かを狙っているんだから……!」

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