031-想像したくない可能性
ロベルトとアリア、メリアが食堂に向かうと、そこにはガツガツと遅めの朝食を食べているヘイル会長がいた。
そして、その傍らには見覚えのない女性を侍らせていた。
長いブロンドの髪は艶があって美しく、袖のない服を着ていて、ロベルトのみならず姉妹もその女性に色っぽさを感じていた。
ロベルトはずかずかと会長の元まで歩いて行った。
心なしか足音はいつもよりうるさく、怒りが漏れ出しているかのようだ。
「親父」
「おう、ロベルトか。まあお前の言いたいことは分かる。飯が終わるまでそこで座って待ってろ」
「周りに散々迷惑かけたヤツの態度か? それが」
「俺は会長だからな」
そう言われたロベルトがヘイル会長の胸ぐらを掴み上げた。
食器が音を鳴らし、会長が座っていた椅子が倒れ、横にいた女性が怯える。
「あんたはいつもそうだ!! 自分の事が第一で、面倒事を周りに押し付ける!! 乗っていた馬車が襲われたその日の晩に女遊びの為に抜け出すだと? ふざけるんじゃねえ!!」
ロベルトが烈火の如く怒鳴り散らす。
ロベルトの後ろに立っていたアリアとメリアでさえ、その迫力に怯んだが、当のヘイル会長は微動だにしていない。
「ロベルト、女の子をビビらすんじゃねえ」
ヘイル会長は表情を変えず、その一言だけ返答した。
ロベルトは歯を食いしばり、悪態をついてヘイル会長の胸ぐらを離した。
しかし依然、ロベルトはヘイル会長を鋭く睨みつけている。
「客の信頼が第一って言ったのはあんただ。あんたが見つからなくて、支部長は客である領主に謝りに行った」
「セルリアンのヤツとの用事は昨日のうちに全部済ませた。俺があの後夜遊びに行く事もな。今頃、バリーのヤツは事情を聞いて、胸を撫で下ろしてセルリアンと世間話をしてるだろうな」
「なっ……!? それならなんで、支部長にすらそれを伝えてねえんだ!!」
「伝えたらお前ら、俺を軟禁しかねねえだろ。お前はもちろん、バリーもザガも好き勝手には遊ばせてくれねえからな」
「好きに遊べる立場かよ!? あんたは会長だろ!!」
「ああ、その通りだ。俺は会長だ。つまり、この商会の最高権力者だ。商会の人間は全員、俺の為に動く。そういうものだろう?」
「っ、……くそっ!! あんたはそういうヤツだよ。だから俺はあんたが……」
ロベルトの言葉はそこで止まった。
後ろに立つ姉妹は、ロベルトの握りしめた拳が震えているのが見えた。
ヘイル会長は椅子に座り直し、何事もなかったかのように食事を再開した。
アリアとメリアは、ヘイル会長に唖然としてしまった。
ヘイル会長は独裁者そのものだ。
それも、自分の支配する共同体より自分の都合を優先する、歴史書に記される暴君のようなタイプだ。
元よりヘイル会長に苦手意識を持っていたアリアは勿論、同行してヘイル会長が支部長やザガに慕われる理由を分かった気になっていたメリアも、あまりの身勝手さに幻滅していた。
ヘイル会長は食事を終えると、宣言通りに何があったかを説明し始めた。
「商会の敷地を抜け出した俺は、夜の歓楽街に繰り出した。何しろダリアの街を出てから一週間、ロクに遊んでねえ。いい加減我慢の限界だ。で、女と飲める店を渡り歩いていたんだが……三件目で、こいつと会ったんだ」
ヘイル会長は横に座る女性を親指で指差す。
一同の視線が向けられると、女性は小さくお辞儀した。
「……パーラと言います。その、私」
「事情は聞いてねえが、なにかワケアリらしくてな。顔も好みだったし連れてきた」
パーラと名乗った女性が、言いづらそうにしながらも事情を話そうとしたところで、ヘイル会長はそれを遮った。
ヘイルがチラリとパーラを見やると、パーラは俯いてそれきり何も言わなかった。
ロベルトは、出会ったばかりのどんな事情を抱えているかも分からない人間を連れ帰ってきた父親を非難しようとしたが、ロベルト自身もまたアリアとメリアの姉妹を商会に匿っている身のため、非難の言葉を発する事が出来なかった。
「パーラはしばらくこの商会で面倒を見る。お前ら、仲良くしてやってくれ」
ヘイル会長は一方的にそう告げ、パーラを連れて宿舎の方に行ってしまった。
◆
「まあ、会長が誘拐されるっていう最悪の展開にはならなかったんだし、良かったんじゃない?」
ヘイル会長が去った後の食堂で、席に座り顔の前で手を組み俯いて考え込んでいるロベルトに、アリアがそう声をかけた。
ロベルトは俯いたまま返答する。
「……仕事というか、商会の心配はしていない。あいつは腐ってもフランブルク商会を興してここまで発展させた会長だ。あのパーラって女を連れ込んだからって、仕事に悪影響は与えてこないだろう」
「じゃあ何をそんなに悩んでるのよ?」
不思議そうに尋ねるアリアの問いに、ロベルトは間を置いてから答えた。
「……また義理の母親が増えるのかと思うと複雑でな」
「あー、そういう……っていうか、えっ!? 流石にそれは気が早すぎない!?」
「あいつは軽い女遊びをやってるうちは女を連れ帰ったりしない。その場で遊んでその場で別れる。連れ帰ってきた女は、全員漏れなくあいつとくっついた」
ロベルトは大きくため息をつくと天を仰いだ。
「しかもあのパーラは、俺と大して歳が変わらない。自分の父親が自分と同年代の女に手を出すところ、想像してみろよ?」
「いやよ気持ち悪い! 想像したくないわ」
「俺の場合それが想像じゃなくて現実なんだよ。……ったく、はぁ〜〜〜……」
またしても大きなため息をついて、ロベルトは再び俯く。
アリアもメリアも、自分たちの父親がヘイルのような事をするとは思えないので、ロベルトの心情を理解する事は出来なかったが、気落ちするロベルトには同情していた。
「ロベルトさん、ここは何か手を動かして気を紛らわしましょう。仕事、しましょう」
メリアのそんな声かけに、ロベルトはゆっくり顔を上げた。
「……それもそうだな。……俺はひとまず、支部長が帰ってくるまで代行を務めなくちゃならない。親父を探しに行ったきりのザガの帰りも待たなくちゃならないしな。だからお前たちには、俺が今日やる予定だった仕事を任せたい」
「荷運びは嫌よ? こんな細腕で、貴方やザガみたいな力仕事が出来ると思う?」
「お前らが魔法で重い荷物運べるの知ってんだぞ。魔法石やらちびっ子たちの家具やら運んでたじゃねえか。まあ安心しろ、力仕事じゃない。客と交渉する仕事でもない」
「じゃあ、どんな仕事なんです?」
「魔法の車の現状確認。魔法大学に行って、ランビケさんの研究が現状どんな感じか、確認してきてくれ。確認内容は全部紙にまとめる。抑えてほしい要点は伝えるが、それ以外にも気付いたことは全部メモしてくれ」
◆
ロベルトの指示を受け、アリアとメリアは魔法大学まで歩いて向かっていた。
「ロベルト、もしかして一人になりたかったのかしら。ランの研究を見るなんて、あたしの休日の過ごし方と変わらないじゃない。まるであたしが絶対食いつく仕事を用意して誘導したみたい」
「そうかもね。でも承ったお仕事はちゃんと果たさなきゃ。姉さんも、今日は遊びじゃなくて仕事の気分でランさんに会ってね」
「分かってるわよ」
そう答えるアリアの表情は、なんだかいつもより気難しいものにメリアには見えた。
ランビケのところに向かう時のアリアはいつも笑顔なので、これはただならない事だ。
「姉さん、もしかしてさっきの話の事で、何か気になってるの?」
メリアにそう尋ねられ、アリアはきょとんとした。
「一族のイベントに出るわけでもないのに、そんなに気難しい顔をしてる姉さんは珍しいよ」
「……あたし、そんなに顔に出てた?」
「うん、とっても」
その答えにアリアは苦笑いした。
「あはは、これじゃメルの事笑えないわね。いつも感情が顔に出ちゃうのは貴方の方なのに。……ちょっと、会長の話で、凄く嫌な事想像しちゃって」
「……お父様が私たちと同年代の子に手を出す?」
「うん。……もっと言うとね、お父様あるいはお母様が、他の相手と関係を持つのを想像しちゃってた。ねぇ、メル……」
アリアは立ち止まり、メリアの方を真っ直ぐ見た。
そのアリアの瞳は、不安に満ち満ちていた。
「あたしとメルって、本当に姉妹なのかしら?」