030-大騒ぎ
「メリア嬢、それ、マジか?」
「あ、はい。私もびっくりしました」
メリアがセルリアン邸から帰ってきた日の晩、夕食の後にメリアはアリア、ロベルト、ザガらに今日の出来事を話していた。
馬車が襲撃された話をすると、アリアは「あら」と小さく驚き、ロベルトは深くため息をついた。
そして襲撃犯があのスリの元締めたちだと話すと、ザガが大きく反応を示したのだ。
「……言うタイミングがなかったのもあってレインや会長には黙ってたんですけど、襲撃された理由って、ヘイル会長がいたからじゃなくて、私がいたからなんじゃ……。私があいつらと因縁を作っちゃったから……」
「それはおかしな話だぜ、メリア嬢。仕返しに来るにしても、どうしてこのフランブルク商会の建物じゃなく騎士に護衛されている馬車を選んだんだ?」
「それは、確かに」
「そもそも、仮にメリアが目的なら、その馬車にメリアが乗っている事を知っていた事になる。お前が親父に同行すると決まったのは今日なのにな」
ロベルトの指摘もその通りだ。
今日メリアが直接出会った人間以外に、あの馬車にメリアが乗っていた事を知る手段はないはずだ。
「仕返しの対象がメルじゃなくてフランブルク商会全体だとしても、あの馬車を狙うのはおかしいわ。だってメルと会長が乗った馬車、あれって商会のじゃなくてセルリアン家だかガドア家だかが用意した護送用の馬車でしょ? それを襲ってきただなんて、もう完全に会長狙いでしょ」
「そっか。でもそれじゃあ、どうしてあの人たちは会長を狙ったんだろう……?」
四人の間にしばしの沈黙が訪れた。
やがて、ザガが口を開く。
「これは俺の推測に過ぎないんだけどよ――“ネペンテス”が裏にいるんじゃねえかな」
“ネペンテス”という単語を聞き、ロベルトは露骨に嫌そうな顔をしたが、アリアとメリアはその単語の意味が分からなかった。
「何よ、ネペンテスって」
アリアのその疑問にはロベルトが答えた。
「……セルリの街の裏通りを牛耳るギャングだよ。裏通りで動くカネのほとんどは、どこかでネペンテスが絡んでいる」
「会長は今朝、街に来るまでに襲ってきたのはディオネアっていうダリアの街のギャングだって言ってましたけど、今回もそれの可能性はないんですか?」
「ダリアのギャングがセルリの街のチンピラをすぐ使えるとは思えない。ネペンテスがその元・スリの元締めたちに命令して馬車を襲わせたと考える方が自然だな。……すると今度は、どうしてネペンテスがウチの商会に目をつけた、って話になるな」
そこまで説明すると、ロベルトは再びため息をついて俯いた。
「一周回って、やっぱり私のせいなのでは……?」
メリアの行動があの元締めたちのスリ集団を崩壊させたのだから、そのスリ集団の収益に関わっていたネペンテスが、フランブルク商会に報復を考えたのではないか。
メリアはあの場で、フランブルク商会だとか会長の娘だとかそういう言葉を口走ってしまった覚えがある。
だから、メリアへの報復の矛先が会長に向かってしまっても不思議ではない。
「……でもやっぱり、あの馬車を襲うのはよく分からないわ。周りに見えてる範囲ですら護衛が四人いたのに、それをたった四人で襲うなんて、よほど自信があったのかただのバカなのか、いずれにせよ無謀よ」
「……ただのバカなら、いいんだけどな」
ザガがぽつりと意味深につぶやいたが、その意味をメリアが尋ねる前にザガは街で見かけた美人の話を始めてしまった。
こうなるとザガが満足するまで話し続ける事を、三人はすでによく知っていた。
◆
「あんっのクソ親父!!!」
翌朝、アリアとメリアが商会の食堂を訪れると、ロベルトの怒鳴り声が聞こえてきた。
半分寝ながらやってきたアリアもその怒鳴り声でぱっちりと目が覚めた。
周りをよく見ると、なんだか今日は妙にバタバタしている。
「私はとりいそぎ領主の元に報告してくる。その間、この支部の事は任せたぞ」
いつもより身なりを整えた様子の支部長が、ロベルトにそう告げ駆け足で出て行った。
ロベルトは頭を掻き、大きくため息をついてから食堂に残されたフランブルク商会の従業員たちに指示を出している。
ただならぬ状況であることしか把握しきれないアリアとメリアは、ひとまずロベルトの元に向かった。
「おはようロベルト。何があったの?」
「アリア。メリアも一緒か。……無いとは思うが、お前たちの部屋に親父はいないよな?」
「いるわけないじゃない。ね、メル?」
「うん。……あの、ロベルトさん。もしかして……?」
ヘイル会長が姉妹たちの部屋にいるんじゃないかというおかしな質問。
ロベルトがそんな質問を姉妹に投げかける事から、推測される状況はただ一つだ。
「あのクソ親父、夜の間に抜け出してどこかに行きやがった……!!」
◆
ロベルトが一通り指示を出し終えた後、アリアとメリアはロベルトと共に事務所に移って改めて説明を聞いた。
「馬車が襲撃されて昨日の今日なんですから、誘拐されたって可能性は……」
「従業員の一人が塀を越えて抜け出そうとする親父を見ていた。親父はそいつにカネを握らせて黙らせていた」
「えぇ……」
「どうやってそれを突き止めたの?」
「明らかに挙動不審だったからな。詰めたらすぐ吐いた」
「……ヘイル会長は、どうしてそんなコソコソ隠れるように出て行ったんでしょう?」
「俺が頼んでガドア家に敷地の入り口に見張りをつけてもらったんだ。親父を守るためっていう建前でな」
「建前? 本音は違うの?」
「半分は実際親父を守るためだが、もう半分はあいつが勝手に出歩かないようにだよ。領主との予定が入ってるってのに、夜遊びでトラブルを起こされるわけにはいかないからな……。なのにあのクソ親父め、ふざけやがって。おかげで支部長含めみんなで尻拭いだ。領主が旧知の仲だからって、客を舐めてやがる」
ロベルトはそこで大きなため息をつき、天を仰いだ。
普段からため息の多いロベルトではあるが、そのため息は過去一番の呆れがこもっていた。
「会長がどこに行ったか、手がかりはあるんですか?」
「ない。が、どうせあいつの事だ。女遊びしに行ったに決まってる。だからある程度見当をつけて、朝一番からザガに探させている」
「それでザガがいなかったのね。もしかしたらザガも一緒に遊んでるのかと思ったわ」
「あいつも女好きだが仕事には真面目だからな。仮に親父の遊びについて行ってれば、適当な頃合いで親父を連れ帰ってきてくれただろうな」
その時、事務所の扉が開かれ、ベルの音が鳴り響いた。
一同が音のした方に振り向くと、そこにはメリアが部下にした貧民窟の女の子、カナリアが、息を切らした様子で立っていた。
それを見てメリアは席を立ち、すぐにカナリアのもとに駆け寄った。
「大丈夫? そんなに息を切らしてどうしたの?」
「は、はぁはぁ……ご、ご主人様……それと、ロベルトさん……、会長がお戻りに、なられました!!」
「何ぃ!?」
ロベルトが思わず声を上げて立ち上がる。
「本当? 今会長はどこに?」
「食堂です……。それを伝えてこいって、言われまして、走ってきました!」
得意げな顔で自分の仕事を成し遂げたカナリアの頭を、メリアは優しく撫でた。
アリアが水瓶からコップに水を注ぎ、カナリアに渡す。
カナリアは注がれた水を、ごくごくと一息で飲み干した。
カナリアは「ふぅーっ」と息を吐き、アリアに礼を言う。
「あ、ありがとうございます、アリアさん……!」
「……メルがご主人様であたしがさん付けなの、なんだか慣れないのよねえ」