019-ハッピーバースデイ
リーヴァの街から馬車を乗り継ぎ三日かけ、ようやくロベルトはセルリの街に帰還した。
この三日間――もっと言うと一人旅をした一週間で痛感したのは、普段から話し相手がいたことのありがたみだった。
往路の間は我慢できていたが、復路ではバルツの斥候の事が頭から離れず、とにかく誰かと話題を共有したいのに話せる相手がいないという苦痛を味わった。
ザガがいなくても事務処理には特に問題はなかったが、それでもザガがいる事のありがたみを思い知った。
ロベルトは思い返すと、一週間も身内のフランブルク商会の人間に会わない生活はこれまでで初めてだった。
幼少期から父親に連れられ、ずっとフランブルク商会の人間たちと寝食を共にしてきた。
商会が大きくなり、セルリやダリアの街に支部を持ち腰を据えて活動するようになってからは、商会のメンバーたちは各支部に散らばったが、それでもザガとセルリの支部長――バリーは一緒だった。
言うなれば、ロベルトはこの一週間で生まれて初めて、フランブルク商会の人たちから離れて過ごしたのだ。
そう思うと、ロベルトはアリアとメリアの姉妹が気になった。
彼女たちもまた、自分たちが生まれ育った街を去り、今はこのセルリの街で初めてだらけの時間を過ごしている。
ロベルトは二人の姉妹を世間知らずな子供たちだとばかり思っていたが、自分も大して変わらないのかもしれないように思えた。
何にせよ、今は早く自室に戻り、ベッドで眠り旅の疲れを癒したい。
支部長に報告を済ませ、姉妹たちに斥候の事を簡潔に伝えたら、とにかく眠ろう。
ロベルトは重い瞼をなんとか持ち上げながら、夕暮れの街を歩いた先、フランブルク商会セルリ支部の扉を開けた。
ロベルトが商会の建物に足を踏み入れた瞬間、パン!パン!と乾いた破裂音が鳴るとともに、視界に光の粉が舞った。
「はぁっ!?」
ロベルトは思わず声を上げ、後ずさりする。
しかし、ロベルトはこの現象に見覚えがあった。
これは――そう、魔法使いが祝いの席でよくやる演出だ。
「若、お誕生日おめでとうございます!!」
「おめでとう」
「おめでとー!!」
「おめでとうございます!!」
部屋の中ではザガにアリアとメリア、それに支部長を始めとしたセルリ支部の面々が拍手をしてロベルトを歓迎した。
そしてザガの言葉で思い出したが、この日はロベルトの二十一歳の誕生日であった。
◆
元々、速達の手紙で事前に商談結果を伝えていた為、支部長への報告は簡素なもので済んだ。
報告が済むと同時に、チキンを持って現れたザガが支部長にチキンを押し付け、ロベルトの腕を掴んで部屋の中心に連れていった。
そこにはアリアとメリアの二人もいた。
「ロベルト、どうだった!? あたしが素材に使う魔法石を加工して、メルと練習したのよ、お祝いの魔法!!」
アリアが無邪気に目を輝かせながらロベルトに尋ねる。
横にいるメリアは照れくさそうだがニヤニヤが隠せていない。
「あまりに綺麗で驚いた。やっぱりお前たち、優秀な魔法使いなんだな」
ロベルトが褒めると、二人の姉妹はハイタッチして抱き合って喜んだ。
「若、今回のパーティー、一番頑張ったのはこの二人なんです」
「お前じゃないのか?」
「ええ。俺は二人の話を聞いて、商会のスケジュールを調整したり、上手いメシ屋を教えただけっス」
「ロベルトさん」
ロベルトとザガが話していると、メリアがその中に入ってきた。
「私たち、ずっと感謝を伝えたかったんです。……あの日、偶然ロベルトさんに出会えていなかったら、こうして商会に入れてもらえなかったら……お金もなく、世間も知らず、きっと酷い目に遭ってました。本当に、本当にありがとうございます」
そう言ってメリアは深々とお辞儀をする。
「あたしからもお礼を言わせて。ありがとう、ロベルト」
メリアの横のアリアもまた、ロベルトに頭を下げた。
ストレートに感謝を伝えられ、ロベルトは気恥ずかしくなってしまった。
「や、やめろよお前ら。ただ偶然と俺の打算が重なってこうなっただけなんだからよ、そんな畏まるなって」
「おお、若を照れさせるとはやるねえ、アリア嬢にメリア嬢」
「照れてねーよ! ……はぁ、それによ、寝床を用意するくらい当たり前だろ? だってお前たちは、俺の妹なんだからよ」
その言葉を聞いて、二人の姉妹は揃って虚をつかれたような顔をして、次いで微笑んだ。
「そういえばそうでしたね、ふふっ」
「あははっ、もっとあたしも自覚しなきゃダメね」
「ご、ごしゅじんさま!!」
視界の外から聞き覚えのない幼い声が聞こえ、ロベルトはそちらを振り向いた。
そこには、やはり見覚えのない女の子が、古着ではあるがかしこまった子供服を着て、ジュースの入ったグラス四本を盆に乗せ持ってきていた。
「わ、ありがとう!」
メリアはジュースを受け取り、他の三人もそれに倣ってジュースを受け取る。
メリアが女の子を撫でると、女の子は笑顔でお辞儀をして、その場を去っていった。
女の子が去っていった先には、これまたロベルトにとって見覚えのない男の子が二人いた。
三人とも、身体が小さい。歳の頃は十歳くらいだろうか。
「初めて見る子たちだな。誰かの子供か?」
「ええ、メルの子よ」
「ぐっ、げほっ、げっほ!」
問いかけにアリアが思いもしない答えを返したので、ロベルトは飲みかけたジュースで咽せてしまった。
隣にいるザガはその様子を見てアリアと一緒に大笑いしている。
ロベルトが息を整えると、メリアが気まずそうに目を逸らしながら説明を始めた。
「えっと、そのー。……私が雇いました」
「あの子たちを? お前が?」
「そのですね、あの子たち……元は貧民窟にいまして」
貧民窟という言葉を聞いて、ロベルトは全てを察した。
ザガの方に視線を向けると、わざとらしく目を逸らし、テーブルまで食べ物を取りに行ってしまった。
「……はぁ。お前、そんな事やってると、旅に出るためのカネなんか貯まらないぞ」
「ええ、ですよね……。なので、私の方でも何かお金稼ぎを始めようかと……。具体的なことはまだ何も思いつきませんけど……」
申し訳なさそうに俯くメリアだったが、ロベルトはそんなメリアを強く叱る気にはなれなかった。
「俺も似たようなことしてるからなぁ……」
ロベルトは改めてジュースを口につけ、天井を見つめる。
強い酸味の中に確かな甘みがある、疲れた身体に沁みる果実ジュースだった。
◆
パーティーが落ち着いてから、ロベルトは「家の話がある」と言ってアリアとメリアを部屋に呼んだ。
対外的にはフランブルク家の話をするように見せかけているが、実際はアリアとメリアの実家についての話だと二人は気付いていた。
ロベルトは大欠伸を時折交えながら、二人にリーヴァの街で出会った斥候の話をした。
斥候は家族を人質にされているという話を伏せ、部隊ではなく個人が密かに二人を探しているという部分を中心にしながら。
「妙におとなしいと思ったら、そうやってあたしたちを探してたのね。でも、なんでそんな方法で探してるのかしら。探し物なら、大人数でやった方が効率的でしょ?」
「そりゃ探し物が“お前たち”だからだよ」
「どういうことですか?」
「普通の探し物……お宝とかなら、アリアの言う通り人海戦術で攻めるのが一番早い。でも、探すのが人間だとそうは限らない。捜索隊みたいな規模のでかい集まりは、コソコソ行動できない。大規模な捜索隊が近づいてるって聞いたら、お前らどっかに逃げるだろ? きっとハイスバルツ家は、お前たちに気付かれて逃げられない為に、少数の斥候だけで情報を集めてるんだ」
「なるほど。……たしかにあたし、この街にいて完全に油断してたわ。バルツの街から捜索隊が来るまでは余裕があるって」
「えっ? それじゃあ、もしかして……リーヴァの街のその斥候の人みたいに……」
「ああ。このセルリの街にも、斥候はいるかもしれない」
そのロベルトの言葉を聞いて、アリアは口に手を当て考え事を始め、メリアは分かりやすく青ざめた。
「で、でも、たとえ斥候に見つかっても、並の斥候なら私たちの敵じゃない!」
「いいえ、多分そうじゃないわ」
「えっ?」
戸惑うメリアに、アリアが淡々と考えを述べる。
「きっと斥候は、共感板を持ってるんじゃないかしら?」
共感板というのは、魔法石から作られる道具の一つで、その板を傷つけると紐付けられた他の板に全く同じ傷がつく。
そしてこれは、魔力で繋がっている限りどんなに離れていても効果があると言われている。
その性質を利用して、遠隔地での情報連絡に使用される。
ただし、大変高価かつ付けた傷は治せないので、一般的な連絡手段としては手紙が使われることの方が多い。
「斥候があたしたちを見つけたら、共感板でバルツの街に連絡する。そして、連絡を受けたバルツの街から、あたしたちを捕まえるための本命部隊がやってくる、みたいなところじゃないかしら」
その時、突然ロベルトが座っていた椅子から倒れた。
アリアとメリアは驚き、すぐにロベルトに駆け寄ったが、ロベルトはぐっすり寝息を立てていた。
疲労が限界に達したのだ。
二人の姉妹は思い悩むのは後回しにして、ロベルトをベッドに寝かせ、部屋を後にした。