016-死角からの強襲
「導きの木よ、『雷を』『束ね』『解き放て』!!」
メリアが呪文を唱えると、構えた杖先から雷光が放たれた。その光は一瞬にして、杖の向いた先にいたスリの元締めの男に命中した。
「ウギョッ!!!?」
男は短く悲鳴を上げた後、直立した姿勢のまま後ろに倒れた。
周りにいたスリの子供たちは、魔法使いが突然現れ元締めを倒すという急展開に呆然としている。
「……やっちまったなあ、メリア嬢」
高台からメリアを追って降りてきたザガが、痺れて気を失った男を見ながらつぶやいた。
「子供たちのために盗みを見逃すんじゃなかったのか? これでもう元締めとは無関係でいられなくなっちまったが」
「……あの光景を見ていたら、子供が理不尽に罰されるのを見ていたら、その……居ても立っても居られなくなってしまいました。衝動的で、その……私、どうしよう……!!」
メリアは元締めの男を無力化した後の事を何も考えていなかった。
元は見逃すつもりだったのに、子供が罰される様子が悪い思い出と重なってしまい、考える前に身体が動いてしまった。
ザガからは面倒事を避けるためにとにかく目立つなと言われていたのに。
こうなった以上、とにかく男は兵士に突き出すしかない。
放っておいたらメリアを、ひいてはフランブルク商会を恨んで何を仕掛けてくるか分からない。
さらに、ここにいる八人の子供たちの事も考えなければならない。
スリの元締めの男を兵士に突き出すということは、この子供たちに食べ物を与えていた存在を奪うという事だ。
だが、その子供たちを何とかするアテがないから、メリアは盗みを見逃すはずだったのだ。
どうしようとメリアが立ち尽くしていると、一人の子供がメリアに話しかけた。
「あなたは、さっきわたしがぶつかったおねえさん……?」
それは、表通りでメリアにぶつかった女の子だった。
「どうしてここに……? もしかして、わたしたちがぬす、っんん……」
女の子が話し終える前に、近くにいた男の子が女の子の口を塞いだ。女の子が墓穴を掘って自白しかけていたのを察したのだろう。
その行動でメリアは自分が子供たちにどう思われてるのか理解した。
被害に遭った魔法使いが盗みの報復に来た。
このスリ集団のメンバーたちを潰しにきた。
そう思われている。
見回すと、近くにいる子供たちは男が暴力を振るった時と同じくらい怯えているか、もしくは警戒心を露わにしていた。
しかし、逃げたり石を投げようとしたり、そういう素振りは見せていない。
様子を伺っている。
焦る必要はないと分かったメリアは、ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
そして、頭の中で目的を整理した。
ひとつ。盗まれた荷物を取り返す。
ふたつ。子供たちを路頭に迷わせない。
目的はこの二つで、そしてそれを達成する過程で出来るだけ目立たない、フランブルク商会に迷惑をかけない事が条件だ。
ただ、条件の方はもう手遅れに思えたので、メリアは発想を逆転させた。
「ザガさん、私決めました」
「おう、何をだ?」
「この子たちを私の部下にします」
「おう、そうかい……ちょっと待て、どういうことだ!?」
「この子たちをフランブルク商会に雇い入れるんです。私と姉さんのように、商会の宿舎で衣食住を確保します」
「いやいやメリア嬢、簡単に言うけどな、現状ウチの商会は十分に人手は足りているからな? 雇い入れるったって、やらせる仕事がねえ」
「仕事がないなら作ります。……それはこれから考えますけど」
「勢い任せが過ぎんだろう。第一、仕事があったって、何の権限で……」
「私、“会長の娘”ですよ?」
「えっ、そうだったの!?」
メリアの“会長の娘”発言にマースは驚愕し、ザガはどうしたものかと天を仰いで頭を掻いた。
「はああぁ……。まあ分かったよ。後で自分で支部長に話してくれよ。仕事については、実は俺の方でアテがある」
「えっ!? それって一体……」
「若が考えてる計画に関係する仕事だ。話は若が帰ってきてからだ」
「あ、これかな〜?」
脈絡のないマースの言葉にメリアとザガが振り向くと、彼女は元締めの男が持っていた麻布の袋を物色していた。
彼女は袋の奥から、メリアの鞄を取り出した。
「あ、私の鞄!!」
「はい、どうぞ〜。ちゃーんと中身も無事か確認……、あれ、ザガくん、この袋の持ち主は? そこで寝てなかったっけ」
三人は辺りを見回すが、さっきまで倒れていたはずの元締めの男が姿を消していた。
周りには、未だに三人を警戒している子供たちしかいない。
「ねえ、そこのキミ〜。さっきのオジサンがどこ行ったか見てない?」
マースの問いかけに、子供たちは首を横に振るばかりだった。
その時、子供たちのうち一人が「あ」という言葉と共にさっきまで三人がいた高台を指差す。
子供の指に釣られ、視線を上に向けたメリアだが、高台に何か変わったものは見つからない。
目を凝らしてよく見ようとした瞬間、ドン、と近くの子供がぶつかってきた。不意の出来事だったため、メリアはまたしても尻餅をついた。
「いっ、たた……」
ぶつかってきた子供を見ると、その子は一本の杖を持っていた。
それはつい先ほどまでずっとメリアが持っていた杖だ。
「今だ、やれ!!」
背後から荒っぽい男性の声が聞こえて来たと思うと、今度は突然大人の腕にメリアは羽交い締めにされてしまった。
「かふっ……」
「杖のない魔法使いなんて怖かねえぜ!! さっきはツレが世話になったらしいなあ!?」
首に負担がかかり、思わず息が止まる。
ここに来てようやくメリアは状況を理解した。
子供たちは、まだ大人の支配下にいた。
一人が注意を引き、その隙にメリアの杖を奪う。
無力化したメリアを、大人が力ずくで制圧する。
やっている事は、今日鞄を奪われた時とほとんど同じだ。
その習熟っぷりを見るに、きっと大人が子供に教え込んで、何度も何度もやらせてきたのだろう。
周りを見回し状況を確認しようとしたが、羽交い締めにされていては満足に首を動かす事もできない。
(ザガさんとマースさんは……!?)
一緒にいた二人も、声が聞こえない事から察するに抑え込まれているのだろうか。
動ける範囲で暴れてみるが、メリアを抑え込んでいる男は屈強な体格で、少しも抜け出せそうにない。
そうやってもがいているメリアの前に、先程のスリの元締めが後ろから歩いて現れた。
「さっきはよくもやってくれたなあ……? 嬢ちゃん、裏は初めてか? アンタは良かれと思ってやったのかもしれねえが、裏には裏のルールがあるんだ。今からたっぷりと、その身体に教えてやるよ……!!」
そう言って元締めの男は懐からナイフを取り出した。
身動きは取れず、魔法も使えない。
目の前に迫っている危機に、メリアは悲鳴こそ上げないものの、心が恐怖に塗りつぶされかけていた。
だがその時、メリアの後ろから声が聞こえた。
「ザガくん、これは追加料金でいいよね〜?」
「ああ、もちろん。“会長の娘”サマがたっぷり色をつけて払ってくれるぜ」
ザガとマースの声に反応し、ナイフを持った男が左右を見て、目を見開いた。
「……おい、お前たち、なんでそんなガラクタを締め上げてるんだ?」
元締めが連れてきた三人の仲間は、男に電撃を浴びせた魔法使いに加え、共にいた商人の男と貧民窟の女を抑え込んだはずだった。
しかし、商人の男と貧民窟の女――ザガとマースはその場からいなくなっていた。
元締めの仲間は、ザガとマースではなく何故か木の廃材を覆いかぶさるように抑え込んでいた。
「おい魔法使い!! てめえ何しやがった!!」
元締めの男がメリアの首元にナイフを突きつける。
メリアも状況が理解できなかったが、自分の姉ならこの状況で絶対に平静さを失わないと思い、必死に自分もそうあろうとした。
「メリアちゃん、結構肝が座ってるね〜。ちょっと見直しちゃったよ〜」
マースの緩い口調が聞こえたかと思うと、元締めの男は突然バランスを崩して後ろに倒れた。
男が持っていたナイフは宙をクルクルと舞う。
そのナイフを、いつの間にか男に馬乗りになっていたマースがキャッチし、今度は男の首元に突きつける。
「えっ!? マースさん、一体これは……?」
「詳しくは企業秘密だよ〜。でも、あたしが裏通りでやっていけてるのはコレがあるから、とだけ教えてあげるよ」
マースがメリアの問いに答えると同時に、メリアを羽交い締めにしていた男が後ろから殴られてその場に倒れた。
解放されたメリアが後ろを向くと、そこにはザガが立っていた。
「っはぁ〜〜〜。若への報告が今から憂鬱だぜ」
メリアが周囲を見回すと、周囲にいた元締めの男の仲間たちは皆気を失って倒れていた。
この光景を見てメリアは、マースが用心棒の仕事も受け付けているという話と、ザガが用心棒の仕事は頼んだことがないという話を思い出し、そして深く納得した。
二人とも、すごく強いんだ。