表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プロメテウス・シスターズ  作者: umeune
姉妹の家出
16/99

015-底の景色

「えっ、このフクロウのお守り、表通りよりずっと安い……!?」


 メリアとザガ、マースの三人はスリ集団の拠点に向かっていた。

 その道すがら、メリアは裏通りの露店を横目に見ていた。


「それはね〜、盗品を売ってるからだよ〜。スリの元締めは、あーいう盗品売りの店に相場よりずっと安い値段で盗品を買い取ってもらって、お金に換えるんだ〜。盗品売りの店も、格安で仕入れれば表より安く売れるし、お店で買う人も安値で買えるし、あーやって裏の経済は回ってるんだよ〜」

「盗まれる人だけが損を被るんですね……」


 前を歩き二人を案内するマースが、メリアの方を向きながら仕組みを説明した。


「ところでそれ、スリの元締めが直接売りに出すんじゃダメなんですか?」

「お、メリア嬢、いい疑問だな。裏の商売に興味があるのかい? すぐその考えが出てくるのはセンスあるぜ」


 何気ない疑問をつぶやいたメリアを、しんがりを歩くザガがからかう。

 メリアは眉間に皺を寄せザガを睨んだ。


「ははっ、わりいわりい。店が直接スリ役を抱えるのはな、リスクが大きいんだ。店は盗品である事を知らないっつーフリをして、スリの元締めから盗品を買い取る。万一兵士がケチをつけてきても、盗品とは思わなかったってすっとぼけて逃げるためだ。これが店が盗みもやってると、その逃げ道が使えねえ」

「その逃げ道通用しちゃうんですか?」

「表の兵士は証拠もなしに強引な手は使わないからな。盗品買取りの現場を抑えねえ限り逃げられる。証拠なしで店主を拘束して店を潰しでもしたら、兵士が守る表側の秩序の信頼が揺らいじまうしな。兵士に都合の悪い取引をする商人は、ルールを守ってても取り押さえられるんじゃねえかって。そしたらこの街に来る商人が減っちまう。ゆくゆくは経済が衰え、街全体が廃れるってわけさ」

「表のルールを守るせいで、裏の無法地帯化が進んじゃうって事ですか。法の欠陥を感じます」

「今のままだと子供に盗みをやらせる大人はいなくならないだろうしね〜。領主さまだって盗みは無くしたいだろうし、いつかもっと良いルールが出来るといいね〜。っと、そろそろおしゃべりはやめようか」


 マースが足を止め、前方を指差す。

 指し示された先は、木材や石材が雑多に積まれ山となった、廃材置き場があった。


「あそこの真ん中辺りがちょっとした広場になっててね、廃材が壁になってて周りからは見えないんだ〜」


 マースに案内され、一行は廃材の山の上、中央の空きスペースを見下ろせる高台に辿り着いた。

 足場はただの廃材の山のため不安定で、メリアは登るのに苦労したが、マースとザガは手慣れた様子でスイスイと登ってみせた。

 メリアは高台から広場を見下ろしてみた。

 広場にはボロボロの服を着た小さな子供たちが八人ほどおり、その中には表通りでメリアとぶつかった女の子もいた。

 廃材の壁からちょこんと顔を出して覗く形になるため、意識しないと下からこちらに気付くことは出来ないだろう。


「で、メリア嬢。これからどうするにしても、約束して欲しい事と考えて欲しい事がある」

「なんでしょう」


 メリアの横から広場を覗くザガが、視線を広場に向けたままメリアに告げた。


「約束して欲しいのは、とにかく目立たないでくれ。もっと言うと、フランブルク商会に縁ある人間だと気付かれるな。裏の盗品流通をウチが邪魔したと噂になると、とにかく面倒だ」

「……自分の盗まれたものを取り戻すのに、コソコソしなくちゃいけないんですか?」

「盗品が自分の物って証明できればいいんだけど、今回はメリアちゃんが露店で買った品々が盗品でしょ〜? そんなの、誰の物か証明できないからね〜。いくらでも言い掛かりを付けられちゃうよ」

「……厄介なんですね。分かりました。それで、考えて欲しい事って何でしょう? ザガさん」

「あれだよ」


 そう言ってザガは広場を指差した。

 今、広場にいるのは子供だけだ。


「あの子供たち、ですか?」

「ああ。行動の結果、あの子供たちがどうなるか、考えてくれ。生きる為にスリなんかやるハメになってるあいつらの事を」


 行動の結果、あの子供たちにどのような影響が及ぶのか、メリアは考えてみた。

 例えば、盗まれた品物を今取り戻したらどうなるだろう。

 私から荷物を盗った子供たちは、大人に差し出す盗品がなくなり、罰を受けるかもしれない。

 大人が子供から盗品を回収してから品物を取り戻したら。

 大人は盗品を売って得る予定だったお金が手に入らず、もしかしたらその皺寄せや八つ当たりが子供たちに行くかもしれない。

 品物を取り戻すだけでなく、元締めの大人を兵士に突き出したら。

 子供に盗みをやらせるような下衆とはいえ、子供たちが生きていけてるのは元締めからの報酬があるからだろう。

 子供たちは食い扶持を失う。

 ……品物を取り戻さなければ、子供たちは今まできっとそうだったように、食べ物にありつく事ができ、そしてまた食べ物のために盗みを続ける事になる。


「……どの選択を取っても、子供たちが損する気がします」

「根が深いんだよ。この状況は」


 何か良い方法はないかとメリアは辺りを見回す。目に入ったのは、すぐそばにいたマースだ。

 

「その、マースさん。もし私がこれからスリの元締めを捕まえて、兵士さんに身柄を渡したとします。その時、あの子供たちをマースさんのところで雇ってもらうというのは……」

「そうしたいのは山々なんだけどねえ、一度に八人も部下が増えちゃうと、私の経済力じゃ養いきれないかな〜。ザガくんだけじゃなくて、メリアちゃんも仕事をくれて、さらに報酬をたんまりくれるのならなんとかなるかも」

「……私、そこまでお金持ってません」

「ちなみにフランブルク商会のカネに手をつけるのも無理だぜ。貧民窟の子供の救済なんて始めたらキリがねえ」


 メリアはそこで黙り込んでしまった。

 盗まれた物を取り返す、たったそれだけの、十分な正当性のある行為のはずだった。

 少なくとも、ザガに連れられ裏通りに向かうまではそうだった。

 それが、実際に裏通りを訪れ、子供たちの事情を知っていくうちに、子供たちの生活に関わる問題であると分かってしまった。


「……私は、幸運にもロベルトさんに拾われて、一時的な衣食住を保証してもらった上に、仕事までいただけました。……盗まれた私のお金と品物がなくても、私は生きていけますが、あの子供たちに取っては生死に関わる問題です」

「そんじゃあ、泣き寝入りすんのか?」

「はい。……窃盗行為を容認するつもりはないですし、次また盗まれそうになっても、もう盗まれるつもりはありません。でも、私は自分のために、あの子供たちの生活を脅かしたくありません」

「それがメリアちゃんの答えなんだね〜。……あ、元締めが来たよ」


 子供たちが集まる広場に、一人の中年の男がやってきた。

 大人にしては小柄な体格だが、それでも子供たちの中に混じると十分に大きい。

 髪や髭はロクに手入れされていないが、着ている服は別にボロボロではない。

 男は左手に麻布の袋を持っていた。子供たちから何やら物品を預かり、手に持つ袋に乱暴に投げ入れる。

 その物品の中には、失くなったメリアの鞄も含まれていた。

 広場までは微妙に距離があり、男と子供たちが何を話しているのかは聞き取れない。

 メリアは何も言わず、その光景を眺めていた。

 男が子供たちから荷物を集め終わると、次に男は一人の子供の手を掴んだ。

 それは、メリアとぶつかった女の子の手だった。


「……おや? これは……」


 見つめていたマースがそう言葉を漏らす。

 その反応を見て、メリアは広場の様子が少しおかしいのだと察した。

 女の子は男に抵抗し逃げようとするが、あんな小さな子が大人に力で勝てるわけがない。

 すると、そばにいた男の子二人が男に掴みかかり、一人が男に噛み付いて、男の手を離させた。

 男の子二人は女の子の前に出て、身を盾にした。

 男は男の子二人を睨みつけると、次の瞬間、一人の男の子の土手っ腹に膝蹴りを食らわせた。


「なっ……!?」


 メリアは思わず驚愕の声が漏れた。

 蹴られた男の子がうずくまると、男はさらに子供の頭を踏みつけた。

 男は子供の頭を踏みつけたまま怒鳴り散らす。その言葉は高台にいる三人にも聞こえた。


「このゴミが!! 誰のおかげでメシが食えると思ってんだ!!? なんなら代わりにてめぇを売っ払ってもいいんだ!! クソ!! クソ!!!」


 男は何度も何度も子供を踏みつける。周りの子供たちはそれを見て怯えるばかりだった。

 メリアにとって、それは見覚えのある光景だった。

 暴力を振るい、恐怖によって弱者を支配する。

 メリアの生まれ育ったバルツの街では、彼女の生家であるハイスバルツ家が炎の魔法による見せ締めの火刑をよく行っていた。

 犯罪者や反逆者が、身体を少しずつ焼かれていく。

 一思いに燃やさないのは、悲鳴を上げさせて民衆に恐怖を植え付ける為だと彼女の父は言っていた。

 恐怖を植え付ければ同じ罪を犯す者は減る。

 燃やされるのは罪を犯す方が悪い。

 メリアはもちろん、姉のアリアもきっとそう思っていた。

 自分たちの家庭教師が炎の罰を受けるまでは。


「っ、おい、メリア嬢!!」


 メリアは気がつくと、高台から降り、男に向けて杖を向けていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ