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5.公爵令嬢3

 

『ちょっとアンタ、考えてもみなさいよ。ルーファスは両親をいっぺんに亡くしたのよ?』


 魔導書に指摘されたとき、リディアは思わず涙ぐんだ。父と母を失うなど、想像するだけでとてもとても悲しくて、居ても立っても居られなくなるできごとだ。

 しかし、寂しいだろうから慰めろと言われても、どうすれば良いのか分からない。


『ううん、そうねえ。ああ、ホラ、犬とか猫とかに接することで心のケアを図るっていうじゃない! そんなカンジよ!』

 そこで魔導書がいくつか挙げたなかで、アニマルセラピーというのが気になった。

 動物との触れ合いの中で自身も癒されるというのだ。

 そういうこともあるのかと思っていたとき、使用人から敷地内で飼う犬が子供を生んだと聞いた。まさしくぴったりのタイミングに、リディアはルーファスの手を握って見に行った。


「ルーファスは動物がお好き?」

「え、ええ」

 まだ緊張するのか、ルーファスはリディアが近寄ったり、今のように手が触れるなどの接触があると、硬い雰囲気になる。それでも、初対面のころと比べれば、打ち解けていると思う。


 庭の掃除用具などを収納する小屋の片隅に木箱が置かれ、そこに母犬と子犬がいた。

 横たわる母犬の腹にうずもれるようにして小さな子犬たちが眠っている。起きると乳をもらい、またすぐに眠るのだという。


「母犬はちゃんと食事をしていますか?」

 可愛いとばかり犬たちを眺めていたリディアは、ルーファスの言葉にはっと顔を上げる。

「もちろんですよ」

「良かった」

「本当ね」

 使用人の返答に思わずといったふうに笑ったルーファスに、リディアも頷く。そして、ルーファスが興味深そうに犬たちを、距離を置いて観察しているのに、アニマルセラピーの素晴らしさを実感していた。

 公爵令嬢がこんな場所へと難色を示した侍女も、子犬の愛らしさに表情が緩んでいる。


 もぞもぞと起きる子供たちに、ふとルーファスが小首を傾げた。

「あれ?」

「どうかしましたの?」

「なんだか、違う子犬が混じっているような」

「え?」


 使用人が調べたところ、どうも、違う種類の子供が混じっているという。

「犬ではないかもしれません」

 だが、まるきり犬のように見える。


 そして、使用人どうしで目を見あわせている雰囲気から不穏を感じ取った。まさか、どこかへやってしまうのだろうか。それが、公爵家から出されるのではないかという自分と重なって、思わずリディアは言っていた。

「わたくしが育てますわ!」

「リ、リディアさまが?」

 ルーファスがぽかんと口を開けてリディアを見た。




 リディアは育てるとは言ったものの、具体的にどうすれば良いのか分からない。貴族が動物を飼うというのは、使用人がその世話をするということだ。しかし、ほかの子犬とは違う一風変わった子供は、どうも生まれつき身体が弱いようだった。

 叔父も昔は身体が弱く、母が薬を作っていたという話が大好きなリディアは自らが世話をしたいと申し出た。

「精いっぱいおやり」

 父はそんなふうに言って許可をくれた。


 さて、娘に甘い父親の言葉であったとしても、公爵の認可である。使用人たちは従った。

 リディアは使用人にあれこれ聞きながらせっせと世話をした。しかし、もちろん、蝶よ花よと暮らしていた令嬢である。抱きかかえる手つきすらおぼつかない。そこで、ルーファスがなにかと手伝った。

「ルーファス、上手ね」

「そ、そんなことは、」

 そんなほのぼのとした光景に、初めは面倒なことになったと内心思っていた使用人たちも、積極的に手伝うようになった。


 そうこうするうち、ふたりは仲良くなり、常にふたり一組となって行動した。当然のことながら、使用人たちはリディアと同じような待遇でルーファスに仕えた。親戚縁者たちも公爵令嬢とともに行動する唐突に現れた少年を、邪険に扱うことはできなくなった。


『アタシは犬や猫に傷ついた心を慰めてもらうと良いと言ったのであって、子犬を拾って世話しろと言ったんじゃないんだけれど。まあ、結果的に上手くいったから良いわね』

 魔導書はそんなふうに文字を綴ったけれど、問題が発生した。


 その子犬は違う種の犬が紛れているどころか、角が生えてきたのである。それはいくつかある聖獣の証のひとつだった。

 聖獣はその名の通り、神々の領域の生き物だ。国を揺るがしかねない大問題だ。


 しかし、リディアはもうそのころには子犬を自分の弟のように思っていたので泣いて懇願した。

 そして、父は溺愛する娘の涙に弱かった。フェアクロフ公爵はなんとかしてしまったのである。すばらしい政治的手腕がいかんなく発揮されたのだ。


『だからさあ、そうやっていいだけ甘やかすからさあ』

 魔導書は呆れたものの、リディアは子犬もどきが生れたとき、弱弱しい姿を覚えている。さらには、ふつうの犬とは違うといって、よそよそしく、今にも他所へやられてしまうのではないかという雰囲気だった。

 だから、自身が世話を買って出て、ルーファスに手伝ってもらって世話をしたのだ。

 ようやっと元気に走り回れるようになり、少しずつ、身体つきもしっかりしだした。だから、本来持っていた角もはっきりとしだしたのだ。


 リディアは思い余って、頼りになる大好きな叔父にも手紙を送って相談した。

 さて、エントウィッスル王国で、有能なフェアクロフ公爵と辣腕をふるう宰相補佐がタッグを組めば大抵のことは解決する。


 公爵の敷地内の出来事であったため、緘口令かんこうれいを敷き、王室に報告をして、公爵家内から出さない、出すときは報告するということで決着がついた。王室に対して秘密を抱える愚を犯さず、それでいて希望を通したのだ。

「良かった! あなたはもううちの子ですものね、ガジ」

 なんでもガジガジと齧るので「ガジ」と名付けられた犬にほおずりしながらリディアは喜んだ。


 それを見て呆れつつも好意的に受け入れる使用人に、ルーファスはこのままではいけないと思った。

 リディアがガジとともに在るために、自分が力を尽くすには、今のままでいてはいけないということだけは分かる。


 しかしながら、自分にはなにをどう取り組めば良いのか分からない。知識と経験が不足していることを痛感する。とりあえずはガジのしつけを提唱し、リディアもそれを歓迎した。

 場面に即した振る舞い方や考え方を知るために至急、学ぶ必要がある。ルーファスは公爵に願い出たところ、公爵は受け入れ、家庭教師がつけられることとなった。


「わ、わたくしも!」

「リディア、君は女性だ。学院で学ぶことで事足りると思うが」

 父は考えるふうを見せたが、母の後押しを得て、リディアはルーファスといっしょに家庭教師について学ぶことになった。


 それとはべつに、ガジにも指導役がついた。

 長じるにつれて、ほかのドーベルマンとそっくりの姿となったガジは額から十センチほどの角を持つことで一線を画した。ガジはリディアに懐き、ルーファスの言いつけをよくよく聞く。

 視察に来た神殿の者たちも、その様子に「素晴らしい」「まったく問題はなさそうです」と言って帰って行った。


 ルーファスは知識を身に着けると同時に、身体を鍛えることもした。これはリディアもさすがに自分もするとは言えなかった。勉強とガジの世話とで精いっぱいというのもある。


 ともあれ、ガジを問題視されないためにも、自身が立派な令嬢であらねばならないという「守るべきもの」を持ったリディアは、我がままを言う余地はなかった。


『え、ちょっとちょっと、聖獣がスタート前に出てくるの? しかも、懐いちゃったの? アラアラ、いいのかしら?』




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