エッセイ No.2 「大仏様と私」
先日の旅行で、東大寺に行ってきました。
大仏様にお会いするのは、実に中学の修学旅行以来。
当時、その大きさと風格に感動したことを覚えています。
そしてまたあの感動が味わえる!
と私はワクワクしていました。
ところが
期待値が大きすぎたのか?!
大人になって私の経験値が上がったせいなのか?!
期待していたほどの感動はありませんでした。
大仏様の実際の大きさは同じ。
変わったのは見る側の私です。
本音を言うと、少しガッカリしてしまったのです。
やはり二度目の感動は、初めてよりも小さくなってしまう、、、
それは当たり前のことなのですが。
その夜
浅い眠りの中、、、
私は黒い大きなマットレスのようなものの上に座っていました。
立ち上がって辺りを見ると
そこはなんと
大仏様の手のひらの上!
見上げると大仏様の優しいお顔がありました。
全て見抜いている、そんな眼差しです。
お言葉はありませんでした。
大仏様が私の夢に?
思い当たるのは、、、当然あのこと。
昼間、大仏様の大きさに物足りなさを感じ、この程度だったかしら?
と思ってしまったこと。
その時の私には、確かに思い上がりがありました。
そしてまた、これまでのスピリチュアルの学びを、全く実践できていないことにも気がつきました。
目で見えることだけで判断するのは間違いなのです。
それが全てではないのです。
心の目で見ることが大切なのは、十分わかっているつもりでした。
自分のフィルターを通さずに、
無になって大仏様と対話する姿勢。
そういう状態の時がスピリチュアルに繋がる、、、
わかっていたのに、その時の私はそれをすっかり忘れていたのです。
結局、なんだかんだ偉そうに言っても、私は大仏様の手の上で転がされていることを悟ったのでした。
(大仏様は宇宙を表すらしいので、手のひらにいる私も宇宙の一部なんだな、とも感じました)
一緒に行った二人のお友達はスピ好き。
翌朝、私は二人に聞いてみました。
「昨日、沢山の仏像を見たけど、夢でどなたか現れた?
私は大仏様が現れたよ。
大仏様の手のひらの上にいたの」
「そうかあ、すごいね、
大仏様が出てきたんだ」
すごいね、
なんてお友達に言われて、
私はその後、何も言えなくなってしまいました。
叱られた子供のように、なんかバツが悪い、
大仏様は私を諭すために現れた、
とは言えなくなってしまいました。
私はついお友達の前で格好をつけてしまったのです。
う〜まだまだ私は十分に小さい(汗)
ですよね〜。




