[いた]チョコレート・[デレ]コーション!
僕の名前は日之出橋と言います。
……はぁ、おめでたい名前ですか。確かにめでたい名前ではあるのですけれど、僕自身はめでたい性格なわけでもなく、実に狭量な心の持ち主でして。
目下の悩みどころは幼馴染によるいたずらでしょうか。
小学生のときはいたずらと言っても道の角に隠れて脅かすとか、僕の背中の中にカエルを入れるとか、まだ子供らしいかわいいものでした。
中学生ともなると成長期まっただ中で子供っぽいいたずらなんてやめてくれるんだとばっかり思ってましたが、ヨーコ、あ、僕の幼馴染です。正式名称は横田ココっていうんですけど。そのヨーコは全然変わらなかったんです。いたずらのレベルも精神的にも。唯一変わったのはその胸の大きさだけで、小学校のときはブ ラなんて必要なかったはずなのに、今じゃBか、下手をしたらCなんてことも! ……あ、話がずれました。
とにかく、高校生になってまでもヨーコのいたずらは続くわけです。
中学生の時のいたずらでも精いっぱい我慢していたわけですが、
「じゃーん!」
高校生にまでなっていたずらなんて本当迷惑な幼馴染です。というかもはや僕の天敵です。
「じゃーん! じゃーん! じゃーん!」
とにかく最近ではもうキリがないのでヨーコのいたずらは無視することにしています。もう高校生にもなった、
「じゃーん! じゃーん! じゃーん!
じゃーん! じゃーん! じゃーんっ!
じゃーん! じゃーん! じゃじゃじゃーん!
じゃーん! じゃーん! じゃーんってば!!」
「ええーい。鬱陶しいですねっ!」
あ、無視を貫こうと思ったのにあまりの鬱陶しさに反応してしまいました。こうやって相手をするからヨーコなんてもんはつけ上がるのです。
「もう。ひどいよ。無視するなんて」
なんだか泣きそうな顔をしているけど僕は知っています。僕だけは知っているのです。こいつはおバカに見えて演技派なのであります。その辺の女優よりも自分の容姿の使い方を知っていてスタイルもいいから分かっていてもひっかかるほどのレベルの高さを誇っているのです。
「お互い生まれたままの姿を見合った仲なんだから仲良くしようよ」
「確かにそういう記憶はあります。あるけれど割れ目がまだ一筋だった頃の話ですよね?」
「ちょっ。一筋なんて……エッチ」
そう言って手で顔を隠します。普通の人ならこれは赤くなった自分の顔を隠すための行動です。しかしこれぐらいの演技なら僕は見破れるのです。ほら、指の間から僕の反応をうかがいながら見てるじゃないですか。
「で、何か用ですか?」
僕が冷静に返答をするとヨーコは小さく、本当に小さく舌打ちをして顔の前から手をのけます。そしてカバンの中から小さな包みを取り出しました。一辺が十センチメートルの立方体です。キティちゃんがワンポイントに使われたピンクの包み紙でラッピングされ、赤と緑のリボンで綺麗に封がされています。
「じゃーん。これね。プレゼント!」
と言いながら僕の目の前にその包みを差し出しました。しかし今日はプレゼントをもらうような特別な日ではないはずです。僕の誕生日は八月の暑い日ですし、 クリスマスもとっくの昔に過ぎ去り良い思い出となっております。いや、訂正します。嫌な思い出でした。いたずらされましたから。
「これはろくなものじゃないですね?」
僕は理由もなくプレゼントをもらえるようなイケメンではありませんし、ニキビ顔をカバーできるほどスポーツ万能ではありません。かといって頭がよいわけではないですから幼馴染とは言えかわいい女の子、いやすべての女の子からプレゼントをもらえる理由などないのです。
「今日はー、何の日でしょう?」
「春節です」
「おいおい。どこの国の人だよ。今日はー、バレンタインですよ。女の子の一大イベントの日です」
ヨーコはプレゼントを僕の顔に近付けながらそう力説しています。
「そうでしたか」
僕は両手でヨーコのプレゼントを押し返します。
「要りません。義理チョコでしたらお父さんに上げてください。僕はお返しするのも面倒ですし要らないです」
冷たく、ヨーコの無駄に燃え上がったいたずら心を冷却させるために本当に冷たく言い放ちます。
「うぅ」
ヨーコは僕の顔を見てその言葉の本気度を悟ると言葉にならないうめき声をもらしました。口元がわなわなとゆれて今にも泣きだしそうなほど目が潤んでいます。
「このチョコは義理なんかじゃないよ。私、私はっ」
そこまで言うと口をつぐみます。ヨーコは泣きそうなのを必死に我慢しているのか声が漏れないように口をぎゅっと閉じています。視線は自分の前に持っているプレゼントに落とし、じっと何かに耐えているようです。
なんか本当に泣いているように見えるのですが、ここで僕の頭の中にフラッシュバックしてきたのはクリスマスの日のことでした。ヨーコからプレゼントされた マフラーを巻いて外出したら猫が、そうあの黒とか茶とかキジトラとかそういう色々な模様をした悪魔の使い、いや悪魔の予備軍が僕によってきたのです! 自 慢じゃないけど猫嫌いなんです。猫が近付いただけでじんましんとか出ちゃうんです。一匹でも気絶しそうなのにその時は……あぁ、思い出すのもいやです。
あとで聞いたらマフラーにまたたびの粉を振りかけていたとか。おそろしい謀略でした。
その時もプレゼントを断ったのに今みたいに泣き落としで受け取る羽目になったんです。僕は勉強はできないと言えども自分の身の危険に関してはずば抜けた学習能力を発揮します。このプレゼントは危険すぎます。
「私はヒノくんのこと、すすす、すす、すっ。うっはーだめー。もう分かってるくせに!」
泣いていたはずのヨーコは顔を赤くして近所のおばちゃんみたいに平手で僕の肩をばしばし叩きます。僕は運動なんてほとんどしないので筋肉もほとんどなくヨーコの細腕でも結構痛いです。というか後で痣になることは間違いのない打撃力です。
「分かりませんよ。それに痛いから叩くのはやめてください」
もう遊んでいる暇はありません。僕は今から本屋さんに行ってライトノベルを買ってこなければならぬのです。凛子が僕を待っているのです。
「とにかくプレゼントは要りません。幼馴染だからってなれなれしくしないでください」
僕はヨーコの横をすり抜けるとスタスタと歩いて行きます。横を通り過ぎたあと「あ」という躊躇いの声が聞こえました。きっと僕を呼びとめるべきか迷っているのでしょう。僕は聞かなかったことにしてそのまま本屋へ向かって歩いて行きます。
「……待って」
聞こえない。聞こえないんです。
「待ってよ!」
あぁ、木枯しのせいで聞こえないですね。
僕は飽く迄無視の姿勢を貫きます。そうです。最初から無視しておけば良かったのです。中途半端に相手をするからつけあが――バタバタバタ――るんで、
――ガシ!
僕は後ろから抱きとめられました。僕の胸の前に回されたのはヨーコの細い腕。
「待って。今日はいたずらじゃないの。本当にチョコレートを持ってきたの。ほら」
手には透明な包みに入ったチョコレート。箱から出したのでしょう。
「手作りなんだよ。昨日頑張って作ったんだ」
ヨーコの声は震えていました。演技だと思います。演技のはずです。
「私ね。今までヒノくんにいたずらばっかしてきた。でもそれは、それは」
そこでヨーコの声が途絶えます。なんだか小さくなってしまったボリュームに僕はじっとしてヨーコの声を聞き洩らさないように待ちます。
「ヒノくんのことが好きだから」
ヨーコは小さく、でもはっきり僕に聞こえるように力を込めて言いました。その言葉はなんだか僕の胸に響いてきてドキドキするというよりも胸がいっぱいになるようでした。あぁヨーコも僕のことを好きでいてくれたんだ。
小さな頃にいたずらする理由を聞いたことを思い出します。ヨーコは「好きだからだよ」と確かにそう言っていました。まさか高校生にもなって同じ理由でいたずらされているとは思いませんでしたが小さな頃に信じたことが裏切られてなくて良かったと、本当に思いました。
「だからね。私のことを受け入れてくれるんなら食べてほしいんだ。このチョコに込められた私の思いを」
僕はハッとしました。今までヨーコのいたずらの意味を取り違えていたことに気がついたからです。幼い頃の話なんかとっくに無効だと勝手に思い込んでいてヨーコが僕にいたずらするのは僕にいたずらすると楽しくてヨーコのストレス解消になるからなんだと思っていました。
自分で自分の殻に閉じこもって本当のヨーコの気持ちに気がついて上げれなかっただけなんですね。
ゆっくりとヨーコの手をほどくと僕は振り向きました。
涙で顔をぐちゃぐちゃにしたヨーコがそこにはいました。美人なのに鼻水まで出ています。
僕はポケットの中からハンカチを取り出しヨーコの涙と鼻水を拭いてあげました。
「……ありがと」
ヨーコは「てへへ」と照れ笑いしながらつぶやきました。
僕はハンカチをポケットにしまうと改めてヨーコの方へ向き正対します。
「もらいます。そのチョコレート」
ヨーコの手を包むようにチョコレートを受け取りました。ヨーコは真っ赤な目をしていましたが本当にうれしそうに笑ってくれました。いたずらなんかして喜んでいる時よりもずっと輝いた笑顔です。
「私の愛情って激しいから鬱陶しいかもしれないけれど、ヒノくんしか受け入れてくれる人いないんだよ。だからこれからもよろしくね。私ヒノくんの自慢の彼女になれるように頑張るから!」
もう照れもなしに直球で好意を表現してくるヨーコに僕の方が照れてしまい、照れ隠しに受け取った袋からチョコレートをひとつ取り出して食べました。
噛んだ瞬間、サクッというパフの感触が伝わってきます。きっとカールみたいなお菓子をチョコでコーティングしたのでしょう。歯ごたえもよく味もおいしい気 がします。というのはヨーコから告白を受けたことで僕の脳は完全にマヒを起こしており、大変なことになっていて味も分かるような分からないような状況に なっていました。照れ隠しに袋の中に残っていたチョコを全部口の中に放り込みます。
「あっ!」
とヨーコが呟きますが僕の勢いは止まりません。口いっぱいに放り込んだお菓子を噛み砕きます。
ヨーコが必死で何かを言ってきているようですが、シャクシャクする音が大きすぎて何を言っているのか中々聞き取れません。僕はこれは早く噛みくだいて飲み込まなければと必死になります。
しかし口いっぱいに放り込んだため中々噛み砕けず口の中で何回も噛みしめます。もうヨーコの愛情を確かめるように、それは何回も。
「そんなに食べちゃ……ネロが」
「ん?」
やっと聞こえるようになってきました。僕はヨーコの言葉に耳を傾けます。
「あのね、ハバネロが入ってるの。東ハトの」
ハバネロ?
「最凶の暴君ハバネロっていうお菓子があってね」
口の奥がヒリヒリしてきました。
「それにチョコをコーティングしたらおいしいなかぁって」
口の中ではあちらこちらで放火事件が発生しはじめました。小火だった火事は消防隊の到着を待つより先にあちらこちらで猛威を振います。
あまりの痛さに脳に電撃が走ります。冬だと言うのに首筋にぶわっと汗が出ます。甘いチョコも口の中にあるはずなのですが、いっこうに辛さの中和剤になりません。むしろ一瞬甘さを感じた後ハバネロの辛さが来るので何倍も辛く感じます。
段々と吐き出したくなってきました。
「吐いていいよ。ごめんね」
なんて元凶のヨーコがやさしい言葉をかけてきますが僕は口を手で押さえて必死で噛みます。痛さに涙目になりながら、時にはあまりの痛さに少し休憩しながら 辛さに耐えて噛みしめます。もうこうなれば意地です。これを吐き出したらヨーコの愛を吐き出すような気がして、いや決してそんなことはないんだと思うのですが、さっきのヨーコの表情を思い出すと、このチョコに込められたヨーコの思いを感じると、今までの僕のヘタレぶりを反省すると食べなきゃいけないような 気がして僕を突き動かしました。
「ちょ、ちょっと。無理しないでいいから」
ヨーコは僕の手を引き剥がそうとしますが僕はぐっと抵抗しました。いくらへなちょこの僕でも女の子との力比べなら勝てます。必死で押さえながら噛みくだいて飲み込みました。
「た、食べちゃったの?」
心配そうに尋ねてくるヨーコに僕はゆっくり頷くと喉の奥を通っていく激しい刺激に耐えきれず、そのまま意識を失ってしまいました。
その後、僕がどうやって家に帰ったかなんてわかりません。でも僕が目を覚ますと自宅のベッドで寝かされていて、横に座ったヨーコが枕元にうつぶせて眠りこけていました。
ヨーコの目頭に涙の跡を見つけるとなんだかヨーコが愛おしくなり頭を撫でてやりました。
僕はどんないたずらも受けてみせますから。だからずっと僕といてください。
そう心で呟いてヨーコの頬にキスをしました。
今は亡き「東ハトのハバネロ」に捧げます。
最近、スーパーにいったらふりかけで売ってました。
「ハバネロ~~~!」と涙を流しながら購入し、おなかの中に納めました。