第5話
シュトラー王国跡に帰ってきた私はまず蘇生の力で五年前のあの日に亡くなった人たちを順番に蘇らせ王国の再興に取りかかりました。
帝都での出来事は瞬く間に近隣諸侯の耳にも伝わり、シュトラー王国はおぞましいネクロマンサーの支配する死者の国として大層恐れられ、一目置かれるようになったそうです。
それは王国の平和の為には決して悪い事ではなかったのですが、国王であるお父様には頭痛の種になっているようです。
私もそろそろ王女の義務として近隣の有力諸侯との政略的な結婚をしなければならない歳ですが、ネクロマンサーや悪魔の化身として恐れられた私を娶ろうと名乗り出てくれる者が誰ひとりとして現れないのです。
お父様は毎日私の結婚相手探しに奔走していますが、今日も隣国の王家からお断りの返事を頂いたらしくがっくりと肩を落としていました。
王宮のテラスで私は紅茶を飲みながら護衛の為に傍らに立っているイエリスに愚痴を零します。
「お父様のあの顔見ました? 今回もダメだったみたいね」
「マリシア様の魅力が分からないとは見る目がない人達ばかりで嘆かわしい限りですね」
「本当にそう思う? だったらいっその事イエリスが私を貰ってくれても良いのよ?」
「本気でそう仰っているのでしたら不肖イエリス慎んでお受けいたします」
「え? 良いの? 本当に?」
「はい」
冗談で言ったつもりだったのに真顔でそう言われてしまっては今更冗談でしただなんて言えません。
私は顔を紅潮させあたふたとしながら言いました。
「で……でも本当に私で良いの? 私あなた達に酷い事をしましたよ」
「酷い事? 何の事でしょう?」
「そんなの決まっているじゃないですか……」
私が蘇生の力を使いこなせるようになってから一番最初に行ったのは帝国軍に殺されたイエリスや兵士たちを生き返らせた事でした。
そして予てから考えていた帝国への復讐計画を伝えた後、その計画を実行する為に──彼らの死体を粉々にして土の中に隠す為に──彼らにもう一度命を断つ事を強要したのです。
彼らは王女である私の命令に逆らえるはずもなく、誰一人として口答えする事もなくにまるで自ら進んで邪神への生贄となったという暗黒教団の狂信者のように黙々と自害をしていきました。
目的を達成する為とはいえ今思えば我ながら狂気の沙汰としか言いようがありません。
私は俯きながら小声で呟くように言いました。
「だって私は帝国に復讐する為にあなた達に自害を強要するような女よ」
「何を言われるのですか。我々は既に帝国軍によって一度は死んだ身です。マリシア様に蘇らせて頂いたこの命、マリシア様の為に捧げるのは当然ではありませんか」
生真面目なイエリスは咄嗟にお世辞やおべっかを使う程器用な人間ではありません。
本心からそう言っている事を理解した私は顔を上げてイエリスの方を見ると一点の曇りもない目で私を見つめている彼の姿が見えました。
しかしこれはあくまで家臣として主に忠実であろうとしているだけに他なりません。
私は再び俯きながら言いました。
「王室への忠誠心や恩義でそう言っているのなら止めて。そんなものであなたを縛りたくありません」
その言葉にイエリスは意外そうに目を丸くしながら言いました。
「私がそのような失礼な事を考えていると思われるのは心外です。私はマリシア様の事を昔からひとりの女性としてお慕い申しております」
「嘘。だって昔私が王宮を抜け出してあなたの訓練の邪魔をした時ものすごく迷惑そうな顔してたじゃない」
「それはそうでしょう。私が剣の腕を磨いていたのはあなたをお守りする為なのですから」
「本当にそうなの? 私と結婚しても後悔しない?」
「はい。これからは騎士としてではなく良き夫としてこの剣を捧げる事を女神ネクリア様に誓います」
「イエリス……!」
人目も憚らずにテラスで抱き合う私たちにその様子を見ていた周囲の人たちから祝福の拍手が巻き起こりました。
完