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第1話



 強大な軍事力を背景に大陸中の数多の国々を支配しているワルブーゼ帝国。

 帝都の中央に山のように聳え立つ皇城はまさに帝国の力の象徴として近隣諸侯の畏怖の対象となっていました。


 謁見の間には毎日代わる代わる引っ切り無しに帝国に従属している諸侯の使者が皇帝のご機嫌を伺う為に貢物を持って訪れます。


 帝国の西の果てに位置する小国、シュトラー王国の王女である私マリシアもその一人でした。

 私と侍女のフレンは帝国の兵士たちの案内に従いゆっくりと謁見の間に足を進めます。


「マリシア様、上手くいきますでしょうか?」


 フレンが皇帝陛下への献上品の数々を乗せた台車を押しながらそわそわと落ちつかない様子で呟きました。


 彼女が不安になるのも無理はありません。


 ワルブーゼ帝国の皇帝ゴルミリスは気難しい事で有名な人物です。

 使者が謁見中に小さな失態をしただけなのに皇帝陛下の不興を買ったという理由で攻め滅ぼされた国の数は一つや二つではありません。


 帝都の入り口から皇城へ続く大通りの途中には首塚と呼ばれる大きな祠があり、その中には帝国軍によって討たれた多くの名のある将兵の首級や武具が埋められています。

 それは表向きには彼らを供養する為の物だとされていますが、本当の目的は帝国軍に逆らった者の末路を近隣諸侯に知らしめる事です。


 しかし私もシュトラー王国の代表として相当の覚悟を持ってここに来ているのです。

 怖気づいてはいられません。

 私はフレンを落ちつかせるように堂々とした姿勢を崩さないように振舞いながら言いました。


「フレン、あなたが心配する必要はないわ。皇帝陛下との交渉は全て私が行いますからあなたはいつも通りにしていればいいのよ」


「でも……私はどうなっても構いませんがもしマリシア様の身に万一の事があればイエリス兄様に合わせる顔がありません」


「イエリス……」


 その名を聞いて私の胸がチクリと痛みました。


 フレンの兄であるイエリスは品行方正で智勇を兼ね備えた好青年でした。


 騎士見習いとして騎士団長であった父に連れられて王宮にやってきた彼を一目見て恋に落ちてしまった私は、その後毎日のように王宮から抜け出しては訓練場で剣を振っている彼の下に現れて困らせていたものです。


 そして私が十八歳の誕生日を迎えた日、私は国王であるお父様に何度も頼みこんでイエリスを私専属の騎士に任命して頂きました。

 それは私の我儘以外の何物でもありませんでしたが、その日からイエリスは私個人に剣を捧げ、常に傍らに立って私を守ってくれていました。


 あの日が来るまでは──。




 そんな昔の思い出に耽っている間に私たちは謁見の間の扉の前に到着しました。


「皇帝陛下、シュトラー王国のマリシア王女が参られました」


「うむ、通せ」


 兵士が扉を開けると煌びやかな空間が私の目に飛び込んできました。


 部屋の奥にある豪華な装飾が施された玉座に座っている厳つい顔に立派な髭を持つ壮年男性がワルブーゼ帝国の皇帝ゴルミリスです。

 玉座へ続く絨毯の両側には屈強な騎士たちが並び、その強烈な威圧感に戦慄を覚えます。


 私は深呼吸をして心を落ち着かせるとゴルミリス陛下の前に歩み出て跪き首を垂れました。

 そして陛下に対して失礼が無いよう細心の注意を払いながら挨拶の言葉を述べます。


「本日はお目通りをお許し頂き有難うございます。皇帝陛下につきましてはご機嫌麗しゅう……」


 その言葉が言い終わる前に皇帝ゴルミリスは面倒くさそうに手をひらひらさせながら答えました。


「そのような挨拶は不要だ。同じ言葉を今日だけでも十回は聞いたわ」


「は……はい」


「ところでシュトラー王国とはどこにある国だったかな? おい、お主は知っておるか?」


 皇帝ゴルミリスは首を傾けて側近の男に尋ねました。


 皇帝陛下がボケているのではありません。

 支配している国の数があまりにも多すぎて辺境の小国のことなどいちいち把握していないのです。


 側近は一冊の書物をペラペラと捲りながら答えました。


「少々お待ち下さい陛下。ええと確か……あ、ありました。西の果てにある小国ですな。帝暦九十五年、つまり今から五年前に我らが軍勢によって王都が陥落しております。まだ生き残りがいたのですな」


 側近の男は淡々と説明を続けます。


 あの時の事は一日も忘れた日はありません。


 戦争のきっかけはシュトラー王国からの友好の使者が皇帝ゴルミリスの前で小さな粗相をしてしまった事でした。

 皇帝ゴルミリスは我が国の謝罪を一切聞き入れずに一方的な宣戦布告を行いました。


 戦力の差は歴然。

 それはとても戦争とは呼べないような虐殺でした。


 王都の陥落後、辺境の田舎ゆえに征服して統治する価値もないと判断した帝国軍はこの地を捨ておいて引き揚げていきました。


「──なんでも代々シュトラー王家に生まれた女性は女神ネクリアの祝福を受けた聖女として神聖魔法の力を宿しており、それによって国を治めてきたという特異な一族で──」


「ああ、もうよい」


 皇帝ゴルミリスは長々と説明を続ける側近を制止して言いました。


「そのような蘊蓄話はどうでもよい。それでマリシアとやら、敗国の王女が今更になって何用で参ったのだ」




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