第九話 硝酸カリウム・硝石の作り方
硝酸カリウム・硝石の作り方
火薬の原料として有名です。危険物です。
知識として知るのはいいと思いますが作るのはやめてください。
①人や家畜の尿、有機物などを土に混ぜ、雨に当たらないように山にして屋根を付け、亜硝酸菌、硝酸菌といった微生物による分解を促進させる。ヨモギの葉や蚕の糞、尿、動物の死骸なども。
1~2年後にその土を掘り出して水に溶かし上澄み液を得る。
その水には各種硝酸塩が含まれている。硝酸カルシウムか硝酸アンモニウムか硝酸カリウムなど。
そこに炭酸カリウムを入れて、すべてを硝酸カリウムにする。
ただ、その時々の仕上がりの違いでどれぐらいの炭酸カリウムを加えればいいのかがわからない。
なので土の上澄み液をサンプルとして少し取り、どれだけの量のカリウムを加えればいいのかを何回か燃焼テストしてベストな分量を知る必要がある。
濾過して得た液体を溶解度の違いで硝酸カリウムを析出させ乾燥し粉末にする。
硝酸カリウムは温度の違いで溶解度が大きく変化するので有名で、飽和状態から冷却することにより結晶を得られる。
日本の江戸時代の白川郷では硝石を床下で作り、年間1500㎏を加賀藩に年貢として納めていたという。
白川郷での作り方は
雨のあたらない床下、それも暖かい囲炉裏の周辺の床下に、直径3.6m深さ1mほどの縦穴を掘り、そこから更に1mほどのすり鉢状の穴を掘る。そこに蚕の糞と土を混ぜたものを厚さ30㎝ほど入れ、その上にヨモギやたばこの葉を敷く。それを交互に重ねて穴を埋めていき、穴からあふれて山になるようにする。最後に人の尿をかける。この作業は初夏6月に行い、8月になると分解されてくるので体積が減ってるので掘り混ぜて新たな材料を追加していく。翌年からはそれを春夏秋の3回掘り混ぜて材料を追加していく。4年か5年に渡って繰り返し、最後に土を掘り出す。
絹の生産(養蚕)があるゆえの材料ですね。
ヨモギの葉やタバコの葉はカリウム源として入れたのでしょう。
このやり方だと硝酸塩の三分の一が人尿による供給だと言います。残りが蚕の糞と植物由来でしょうね。
ただ、最近の話では実は白川郷では尿は使ってないんじゃないか、との説もあります。
硝酸菌は通気性のいい環境を好むので尿などの湿気は使わなかったのではないかと。
まあしかし、煮詰めて乾燥した尿素を入れればOKなはずですが、その辺ははっきりしません。
俺ならマメ科の植物を中心に入れます。大豆を取った残りの茎や葉、春の蓮華の花など。
マメ科の植物には窒素固定菌が着いてるので収穫量が上がるはずです。
少しカルシウムがあったほうがいいとも聞きますが、硝酸菌がアルカリ性を好むのでしょうか。
囲炉裏の近くだと暖かいので菌の働きを促進させたと思われます。
こういった意図的に作ったものでなく、自然と床下にできた土から取ったものにはカリウムが少なく、硝酸カルシウムが中心だったというので、木灰の上澄み液を多く入れていたといいます。他の藩では木灰が貴重だと藩外への持ち出しを禁止していたところもあったとか。
②古民家の床下を掘り、その土から同じように作る。
雨に濡れず長年経た民家の軒下・または便所の周りなどには硝酸塩を含む土が残っている。
雨に濡れる場所では流れてしまい残ってない。
③硝酸水溶液に水酸化カリウムを入れ中和すると硝酸カリウムができる。
日本が硝石の作り方を知る前は、外人が出島に来て、女性10人と火薬1樽が交換されていたと言います。女性は中国に奴隷として売って金にしてから母国に帰る、そんな感じだったらしい。科学技術が無いゆえに搾取されてたんですね。鉄砲を売りつけ火薬で搾り取るのはちょっと家庭用カラープリンターとインクみたいな関係ですね。五箇山では16世紀から硝石を作っていたと言いますが、きっと暴利をむさぼってる外人をさらってきてきて拷問して吐かせたんだと俺は勝手に思ってます。異世界物で特殊な事を知ってる現代人がちやほやされてるのを見ると、そうはならんやろ っていつも思います。地下牢ですべての知識を吐かされるまでムチでしばかれるに決まってます。俺が王ならそうします。ええ。