第四話『 比翼の塚 』
『魔獣詩歌断片集』曰く──、
大陸西部にあったオーデルの邑は、古くから牧畜が盛んであった。おもに育てたのは労役につく駄馬や役牛やロバ。
後に軍馬の生産でも名を上げた。
しかし、しばしば家畜泥棒や魔獣に狙われ、牧場主やその家族が死傷したり、よその土地へ去ることがあった。
ある時、そうして棄てられた牧場のひとつへ、遠い土地から若夫婦が移り住んできた。ふたりは仲睦まじく、きつい仕事も互いに助け合い励まし合って、いつも楽しげであった。
まわりの牧場主たちも、愚直な働き者の夫婦を放っておかず、何くれとなく気にかけた。
数年が過ぎたある日、約束した村の共同作業に、若夫婦はあらわれなかった。
友人が心配して家を訪ねると、そこかしこがひどく壊されて畜舎の牛馬が無残に殺されていた。若夫婦もまた、生傷だらけの亡骸になり、ふたりそろって家から離れた場所で見つかった。
近くには屍のオークが三匹倒れていた。
── これはオーデルを襲った魔獣災害。
新参の夫婦は、運悪く最初に襲われた。
逃げ道をふさがれたのか、家畜をおいてゆくことを躊躇したのか。あるいは無謀に撃退を試みたのか ……… いずれにせよふたりはオークと戦い、どうやったのか相討ちになって逝ったのだ。
村人たちは勇敢なふたりの死を悼んだが、詳しく調べるといくつも謎が出てきた。倒されたオークたちはすでに腐敗していた。自然になかなか生まれない、魔獣のアンデッドだった。
どこからやって来たのか?
また、冷静にみると若夫婦は強すぎた。
オークに不意打ちされながら三匹も倒し切るなど、魔獣ハンターの手練れでも難しい。しぶといオークゾンビともなれば、なおさら。
若夫婦の素性もわからなくなった。
出身地に不幸を知らせたところ、ふたりのことをだれも知らなかった。移住に際して用意された書類は偽物だった。
かれらは何者だったのか。
どうしてオーデルへ移住したのか。
魔獣ゾンビは、ふたりを狙ってやって来たのか。
真相は謎である。
…… 今日、オーデルの古い共同墓地を訪ねると、夫婦を弔った墓がある。
ふたりいっしょに埋葬されて、村で名乗った通りの夫婦の名が墓碑に刻まれた。
たとえ、なにかを偽っていたとして。
あの夫婦がよき牧場主で、よき村の仲間であったこと。 非常のときパートナーとともに全力で戦い、最後まで互いに庇いあったこと。
尊ぶべき真実は明らかで、何の瑕疵もない。
村の墓地への埋葬を許可するとき、当時のオーデルの村長はためらわなかったという。
大陸西部の古い時代、小さな村で起きた事件とその後の逸話である。