第二話『 鬼と蛇 』
『魔獣詩歌断片集』曰く──、
大陸西部の開拓時代、小さな盆地にヨルドという名の村があった。
ある晴天の昼下り、見たこともない大きさの大蛇の魔獣が、突然、村の間近にあらわれた。
低い山のひとつから盆地へ、転げるように飛び出し。気がつけば、ぐるりと村をかこう丸太の壁のすぐそばで蛇身をうねらせていた。
いかつい蛇顎は子馬を呑むほど大きく、つやめく鱗の蛇身は太く長く、馬小屋を楽に巻けるほど 。
だが、巨蛇は、あわてふためく村人たちの見ているところでのたうつばかり。 魔獣ハンターに取り囲まれても気づかぬ風。
悶えぬいて、ほどなく息絶えた。
── ジャイアント・スネークは長生きしたものほど、しぶとく強い。そして、どれほど大きくなっても用心深く、潜伏が巧みなものだ。
それがなぜ、あのように死んだのか。
村人たちはあやしんだが、大蛇のしかばねの腹をひらいて驚いた ── 中は溶けかけた臓物がうかんだ血の池だった。
そして蛇の胃からは、オーガの大きな片腕が出て来た。
蛇の魔獣が食い千切ったのか── 丸呑みにされながらも、大きく逞しい鬼の腕はその指爪を深々、胃の腑の肉壁に食い込ませて引き裂いていた。
苦しんだのも当然。
巨蛇は胃を破られて、多量の血とともに消化液が腹にあふれたため、生きたまま臓物が溶かされていたのだ。
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── オーガの片腕が、食われながら腹の中で暴れて、食った蛇の魔獣を責め殺した!
奇談は人々の興味を集めて、魔獣どもの狂った闘争、人外の恨みと執念のなせる業── と。たちまち尾ひれがついて大陸に広まった。
だが、オーガの腕のその後はよく分からない。
旅の好事家に買われたとも、村人が灰になるまで焼いたともいい。人に化けたオーガが村を襲って、くだんの腕を奪った話さえ伝えられた。
今では、どれが真実かわからない。
なぜなら…… ヨルドの土地は蛇の騒動の翌年、小国の紛争に巻き込まれてしまい、人々は離散。
奇話は根無しとなり…… 百年も経つと、どれが難民が語ったもとの伝承で、どれが噂や意図して脚色された創作話か分からなくなった。
そんな異伝のひとつに、ヨルドと関わりのあった山奥の集落の、ひときわ風変わりな口伝がある。
オーガの腕は最後に、ヨルドの村の建物の中におかれて、忽然と消え失せたという。村の内外の不寝番は、一晩中、なにも変わったことを見聞きしなかった。
ただひとり。
たまたま、夜更けに近くの家で目をさました、幼子がいた。
ぐねぐねとして、鬼の大きな腕は暗がりへ蛇のように逃げ去ったという。




