第十九話『 かくれる塔の影 』
『 かくれる塔の影 』
『魔獣詩歌断片集』 曰く──、
大陸西方に伝わる奇譚の中には、古代魔術文明の遺跡が関わる話がある。
大陸西方の開拓時代、すでに中央諸国の古代遺跡(遺跡迷宮)はほとんと調べ尽くされていたが、西の未開地では、入植者が探してもいなかった未調査の遺跡に出くわして、思わぬ災難に巻き込まれることがあった。
ある時、中央諸国から、新たな開拓団が大陸西方へやって来た。
団長はまだ若かったが思慮深く。いよいよ予定した入植地が目前というとき、大きな街道をそれて山地の旧道へ迂回せざるを得ない事情になると、躊躇なく、地元のハンターを何人も雇った。ひとえに用心である。
だが、旧道に入ってすぐ。
あたりに金属質の怪音が轟き、行く手の景色がゆらめくと、にじみ出るようにして、赤金色の多角の塔館があらわれた。
忽然とあらわれた多角の建物はそそりたつ壁はなめらかで、窓も扉もなかったが、このときなぜかあちこちひび割れ、さかんに煙を上げていた。
さらに大小の瓦礫が、まわりに飛び散り。
塔館を囲むように並んだ粗末な小屋が、ことごとくつぶされて。何十頭ものゴブリンが血まみれで右往左往―――
まずい、と、開拓団が思う間なく。
ゴブリンたちは人間に気づくや否や、せまい山道へ押し寄せ、たちまち戦いとなった。
ゴブリンたちは数で勝り、手負いが目立ったものの、逆にいえば興奮しきっていた。
開拓団は、雇われたハンターの奮闘もあってなんとか隊列をたもち、飛び道具で反撃。難戦に勝利して、襲ってきたゴブリンは全滅した。
多角の塔館は、人とゴブリンが戦っている間に火に巻かれ。ほどなく音を立てて崩れて、折り重なって燻ぶる瓦礫になった。
土地のハンターいわく。
不思議な多角の塔館は、見るのも聞くのもはじめてだった。
ゴブリンの群れの存在も知らなかったが、以前からこの辺りの村落は、逃げ隠れするゴブリンに悩まされていて。大規模な討伐を何度くり返しても、いつの間にか包囲の中から姿を消し。どこからともなく舞い戻って来るので、被害が絶えなかった。
その後、ある賢者がこの場所を調べに訪れた。
いわく── 赤金色の多角の塔館は、遺跡迷宮と呼ばれる古代魔術文明の遺跡だった。燃えながら瓦礫になったので、なにが中にあったのかもはや調べようがない。
ただし、長年、土地全体が大規模な魔術で隠蔽されていたらしく、敷地の外縁にそって大がかりな魔術防御の跡があった。
ゴブリンはなにかの拍子に「守り」の内への抜け穴か、出入りの鍵のようなものを手に入れて。いつのころからか建物のまわりを『ゴブリンの隠れ里』にしていたのだろう。
異変の直前、鳴り響いた音こそ隠蔽魔術の破綻。
老朽化した施設がたまたま限界に達したか、さもなければ―――
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開拓団は、目的地を間近にして少なくない被害を出した。
先行きが危ぶまれたが、道案内のハンターを通じてゴブリン討伐の話が広まり。土地の人々は不運な新参たちを、厄介なゴブリンの討伐の功労者としてなにかと気を配った。
おかげで、ずいぶん早く開拓団は生活を確かにして地域になじんだという。
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── この伝承には異伝がある。
ゴブリンとの乱戦の最中。
何人かの入植者は、窓のない多角の塔館の屋上に、人影を見たと証言した。
しかも、ふたり。
カブトのツノ、マントのシルエットが見分けられたといい、なにかと争っているようだったとも。
事実なら、遺跡荒らしが未調査の建物に入り込んでいて、事件を引き起こした疑いがあった。
かれらは外の戦いをよそに塔の中で何をして、最後はどうなったのか?
真実を知る断片は、おそらくもう、この世のどこにもない。




