第十八話『 亡者たちの密林 』
『 亡者たちの密林 』
『魔獣詩歌断片集』 曰く──、
大陸西部が『盾の三国』の時代を迎えて間もなく、南のジャスパル王国の未開の密林に奇妙なゾンビがあらわれた。
からだをきらめかせて、高価な宝飾品を帯びた屍たちが暗がりをさまよう …… 酔っ払いの妄言さながらだが、ゾンビの片腕とともに、古い宝飾品を拾った者が本当にあらわれて、大勢の人間が話に注目した。
ゾンビをうまく倒せば一攫千金── ⁉︎
くだんの土地には歴史があった。
ずっと昔。大陸西部にモザイクのように小国や自治集落、中央諸国の飛び地、未開地がならんでいた頃。
多湿の密林は、当時はひらけた湿原で、低い台地の上に人が住みんでいた。街の名は商都「テルナテ」。最盛期に1000人近くすんでにぎわい、遠方からも商人が訪れた。
富をもたらしたのは、河系の水上交易、そして、独自の産業だ。
前者は、有力な競争相手の街があったが、後者は宝飾品産業で、すぐれた技巧者を囲って、質では中央諸国の工房都市にも負けなかった。
ことに「虹の卵」と呼ばれた宝石は、唯一無二。
当時の中央諸国の社交界で、万華鏡のようなきらめきに人気が集まったものの、辺境のテルナテが原材料もカット技術も秘匿したため、よそでは手に入らず、中央の大国からはるばる買い付けに来る者さえいた。
しかし、商都テルナテの繁栄は不可解、かつあっけなく終わった。
ある時、テルナテの住民は突然、湿原から姿を消してしまう。理由は明らかではない。内紛とも疫病とも魔獣災害ともいわれ、上位龍の怒りをかった、という話さえ聞かれた。
ある者は『神罰』と呼んだ。
テルナテの民は『邪教』の信徒だったらしい。
大陸中央の大国が、教徒を女子どもまで捕らえて西部の鉱山(流刑地)に送り、すり潰すように酷使した。
なんとか脱走した信徒たちが、湿原の中につくった隠れ里がテルナテのはじまりということだ。
かれらは迫害の歴史 故、教友同士で団結し。農耕牧畜のままらまならない湿原から、水上交易で繁栄をつかんだ。
そして迫害の歴史 故、かれらは教団の外の人々に馴染まず。利をむしり取るような商売をして、貪欲に財を蓄えた。
テルナテの民のかたい団結と、理財にみせる狂的な熱意は、かなりの成功をおさめても変わらなかった。
当時、大陸中央の光の神々教会は、西のテルナテにさかんに探りを入れて、後世に史料を残した。
それによると── テルナテは毎年、彼らの神(名前が秘された財欲の悪神)に生贄を捧げ。さらなる富裕を願う儀式の後、宝石で飾り立てた亡骸を街のどこかの地下深くに葬った。
人身御供にしたのは少年少女の信徒── 信徒の家庭の子女だったらしい。
なぜ、彼らは、子供を犠牲にする儀式を続けたのか。
教会の調査者は、底知れぬ欲望を動機としたが、あるいは共犯意識と罪悪感こそ、テルナテのかたい結束と、がむしゃらな蓄財の根源だったかも知れない。
捨てられた街には、よそ者が押しかけて散々に荒らした。だが、テルナテの秘奥の儀式場と、大粒の宝石をもたされたという生贄の亡骸は、最後まで見つからなかった。
テルナテから消えた人々の行方も、わからず終い。
時が経つと、廃墟は密林の広がりに呑まれていった。
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── きらめくゾンビは、秘密の埋葬地を這い出た古えの生贄にちがいない!
奇談は、まぼろしの商都の歴史と財宝を思い出させた。
とくに人々が関心を寄せたのは「虹の卵」だった。
テルナテは、原石の出処も加工技術も秘匿したので、滅亡後、新たに作られた石は一粒もなかった。「虹の卵」は信じられない希少価格が出ていた。
…… さまよう亡者から身ぐるみ剝ごうとは。なんと欲深い。
眉をひそめるむきもあったが、多くの人がきらめくすがたを探して密林へ分け入った。早い者勝ち、実力勝負と色めき立ち、密林で消息を絶つもの、遭難救助されるものが続出した。
きらめくゾンビたちがあらわれて、一年後。
ハンターや遺跡漁り、ならず者、その他。一攫千金を夢見る老若男女が密林に分け入り、ほとんどが消息を絶った。その人数は1000人とも2,000人とも。
かれらはゾンビ狩りそっちのけで、危険な密林の中で互いに殺しあったともいわれる。
まさに災害さながら ── 異常な行方不明者の数は、熱狂に冷水をあびせた。
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大陸中央に『羊頭の灯火』というものがある。農家がつかう、巧みな害虫駆除具だ。
ユニークなかたちの空ろな器の中で、夜、灯りをともすと、まわりへ匂いと明かりを放たれ、暗い果樹園にひそむ蛾(害虫)を引き寄せる。
最期は、毒油に溺れさせるしかけだ。
きらめくゾンビたちは、こちらから近づかなければ何の害もない。人里離れた土地をさまようのみだ。
悪夢めいた光飾りは、まるで金の亡者を誘う餌。人を惑わし、脅威を見誤らせる。
消えたテルナテの民は置き土産をしたのだろうか。
悪意と害意をもって、きらめくアンデッドと財宝伝説を後世に遺したのだろうか。




