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第一話『 目覚めた毒 』



『魔獣詩歌断片集』曰く──、


 大陸西部のサイルの里は交通の要所にあり。小さな集落からはじまり、のちに堅牢な石壁の商都に発展した。途中、何度か危機があったが、剛毅で勤勉な人々は克服してみせた。


 そんなサイルで黎明期の事件としてよく語られるのは、魔獣の大進攻でも地域の紛争でもなく、コボルトの群れの話だった。


 サイルの地に開拓団が入ったとき、少し離れた山間に別の村の廃墟があった。彼等より先に入植し人知れず滅んでいたのだ。

 三世代目になるころ、ようやく見つかった。

 名も知らぬ廃村は、まわりの開拓地や街道筋から離れて、かなり奥まった場所にあった。年月が経ち、石組みの建物は危険なほど崩れて、農地は繁みに変わっていたが、多くの家や倉庫の跡、広く整然と区画された畑など、なかなかの規模だった。よそにつながる道がろくにないことが不思議なほどだ。


 村の有力者たちは一応大きな街へ便りを出したが、答えが無いとそれ切り廃墟を放置した。

 なんという名の村で何故捨てられたか。先住者はどうなったか── 真剣に気にかけたわけではない。万が一廃村の生き残りや縁者がいて、土地の権利やなにか、言い立ててこないか心配したのだ。


 その後、サイルのもので廃村に多少なり関わったのは魔獣ハンターだった。秘境『魔獣深森』へ行き来して廃村を途中の休憩地や旅程の目印にしたが、必ず通るルートでもなく、特段見回りもしなかった。

 だから、コボルトの群れが住みついても、人々はすぐ気がつかなかった。



 コボルトは犬頭の小人の亜人型魔獣で、石斧や槍などの武器をつかい、まれに大きな群れをつくった。

 臆病で逃げ足が早く、妙に知恵がまわり、何度討伐しても必ず何匹か生き残って数を取り戻すため、いつもどこかの開拓地で厄介事を起した。

 サイルの里も畑泥棒や家畜泥棒に悩まされて、過去に何度か、小さな群れを討伐していた。


 だが、このときは後手に回り。コボルトはなぜか、みるみるうちにこの廃村に集まり、成獣だけで三十〜四十頭という危険な規模になった。


 サイルの里長は近くの集落に呼びかけ、人数と装備を整えた討伐隊を差し向けようとした。だが、廃村のコボルトは何を思ったのか、討伐隊が出立する日、サイルへ自分たちから攻め寄せて来た。


 コボルト討伐に集まった男女は50人。

 サイルの里を守る木柵を出てすぐ、明るい陽射しの下、田舎道の上で、コボルトの集団と正面からぶつかった。


 先制?して来たコボルトは40頭ほど。

 もともと小柄だが、人間より頭数も少ない。怪我したものや子どものコボルトまで混じっていた。弓矢をよけもせず、わめきながら走って来るだけ。

 討伐隊の人間たちは唖然としたが、この辺りの魔獣ハンターが大勢参加していた。すぐに得物を構えて迎え撃った。

 その後の血腥い騒ぎは、実力相応に人間たちが勝利し、廃村のコボルトは全滅した。


 だが、人間の側も何人も命を落とし、深手を負った者も十人以上。コボルトたちがすべて倒されたとき、安堵の息をもらすもの、その場に座り込むもの。なかには嘔吐するハンターさえいたが、だれも不思議に思わなかった。


 コボルトは全員が、さながら死兵か狂戦士。

 小柄なからだに異様な生気をみなぎらせ、子どものコボルトまで信じられないほど暴れ狂った。何本矢が立とうと、山刀で腕を断たれようと、短槍で腹を貫かれようと、殺意と狂気のまま前へ前へ。

 退いたものは皆無。


 ねぐらの廃村はさらに異常な有様で、コボルトは仲間同士で殺しあって既に全滅していた。



 狂ったコボルトの謎を解いたのは旅の賢者だった。

 丹念に廃村を調べた末、青年がみつけたのは、黒紫の色筋いろすじを茎にもつ『草』の群生地。── 百年ほど前、大陸の中央諸国に災いをもたらした危険な麻薬、その原料の『毒草』であった。


 古代遺跡で見つかり、学者が好奇心で芽ぶかせた種に由来した。


 名もない村はおそらく、麻薬と毒草の根絶が徹底された時代、犯罪組織が未開の大陸西部に築いた秘密の生産基地だった。

 廃墟の村には毒草が野生化して生き残り。今回、コボルトが偶然見つけてしまい、狂瀾怒涛につながったのだろう。

 どうして毒草に関心をもち、どのようにからだへ取り込んだのか。狂ったコボルトの目に何が見えていたのかは解らない……


 旅の青年はその後、私財で安い岩塩と油を多量に取り寄せた。そして、サイルを去る前、里の者の手を借りて廃村に茂る草木を刈り取り、コボルトの死骸と一山にして焼き尽くした。残っていた家も出来るだけ壊して、廃村の内外に砕いた塩をばら撒いて行った。


 サイルの者たちはコボルトの狂乱を見知っていたが、さすがになぜそこまでと首を傾げた。

 だが、のちに中央諸国の学者がこの事件を取り上げて、コボルトを麻薬で飼いならす、あるいは魔獣を毒で狂わせて相討ちさせる計画を立てたと聞いて、青年の危惧を理解した。


 人の力や思惑を易々超える魔獣。

 それを毒で狂わせてどうするのか?


 言葉もかわせない亜人型魔獣。

 それをさらに麻薬中毒にしてどう従えるのか?


 たとえ、すべてうまく行ったとして。

 人のかてをつくる畑を、人さえ蝕む麻薬畑に換えて。しかも、人の未来を古代の毒草に委ねるのか?


 まさに狂気。



 ── サイルにはその後、中央諸国の賢者の関係者が本当に訪ねて来たが、なんの成果も上げられず帰って行った。

 その者たちは帰国間際まで、コボルトたちの廃村で毒草を探しまわり、終いには塩がまかれた畑の跡まで掘り返したらしい。


 開拓時代、大陸西部の辺土で起きた事件であった。

◆用語解説


『大陸』

シナリオソースの舞台です。イメージは、ユーラシア大陸に類する東西に広がる大地です。


『大陸西部』

未踏の魔獣深森に臨む、魔獣災害が絶えない危険な土地です。イメージは、ユーラシア大陸の西の亜大陸・ヨーロッパです。


『魔獣深森』

大陸西部のさらに西(極西)に広がる、異形の魔獣が犇めく人類未踏の土地で巨木の樹海です。

イメージはヨーロッパの西の北大西洋が、陸化して緑の魔境となっています。


「魔獣」

異形の姿と力をそなえた人類の天敵です。本能レベルで人間と敵対します。


「亜人型魔獣」

コボルト、ゴブリン、オークなどを指します。いわゆる妖魔、悪の種族ですが、この世界── 大陸では敵対勢力ではなく「ヒトガタの魔性のケダモノ」という扱いです。


「西の開拓者たち」

危険な魔獣深森やその隣接地域へ分け入り。魔獣素材の富や豊かな土地を手に入れた人々です。日々、魔獣の脅威にさらされています。


「ハンター」

魔獣狩りを専門にする戦闘者で、ふだんから魔獣の脅威のある地域で生活し、猟果の魔獣素材や討伐報酬で暮らします。

地域レベルの魔獣災害で、最初に動く在地戦力です。


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