第十六話『 双角のお告げ 』
『 双角のお告げ 』
『魔獣詩歌断片集』 曰く──、
大陸西部の開拓時代、荒野の流刑地が滅んだ。
守りのかたい城郭都市だ。この頃はまだ、大陸西部はモザイクのように小国や開拓村や未開地にわかれて、石の城壁の街は、国都か大きな商都ぐらいのもの。
罪人を集めた流刑地 ── 『監獄都市』となると、大陸全土をみてもあまり例がなかった。
巨費を投じたものがいたのだ。
その都市は、大陸中央の大国の直轄領(飛び地)だった。
王家や大貴族、国家にとって危険で厄介な人物を、生かさず殺さず閉じこめる幽閉場所。加えて、残忍な尋問や洗脳、処刑を人目をさけて行うための秘密施設だったという。
囚人と世話役だけで千人近く暮らしたらしい。
監視と警備のため、軍隊と数種の軍用犬まで送り込まれた。
その街が、ある朝突然、炎に呑まれた。警備の軍隊は何もできなかったようだ。都市は廃墟になり石積みすら崩れ落ち、ひとりも生き残らなかった。
さらに大火の最中、天高く火柱が上がり、まわりの広い土地に不気味なオレンジ色の雨が降った。
おかげで近隣の開拓民は廃墟に近づかず、はじめて跡地をまともに調べたのは、大陸中央から急ぎ駆けつけた人々だった。
謎の大火とオレンジ色の大雨の正体は、今も明らかではない。
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流刑地とはカムフラージュだった、という噂がある。
真のすがたは大国の軍事研究施設で、大国の関係者が大陸西部で発見し、隠匿独占した「何か」が地下に隠されていた。流刑地とは、壁の中を知られないための表看板。流刑人とは、無理やり集められてた学者や人体実験の犠牲者にほかならない、と。
地下に隠されていたのは、古代魔術文明の未発掘遺跡とも、超大型魔獣ドラゴンの死骸だったとも。
いずれにせよ、突然の災厄は危険な研究の失敗ということになる。
そんな噂もあってか。
今日でも、一部の知識人が真相に関心をもち、不毛の跡地を訪れるものもいる。
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監獄都市の秘密と、滅亡の核心はさておき。
この土地には不思議な伝承が残っている。流刑地が健在な頃、『聖なる牛』が地元民の前にあらわれて災いを警告したというのだ。
災厄の起きる三日前のこと。
監獄都市の近くの森で、開拓地を巡る商隊が、牛頭の怪物に行く手をふさがれた。足から血を流し、道の真ん中に倒れていたのだ。
商隊の長はこの土地の者で、ふだんからお世辞にも勇猛でも果敢でもなかったが、なにを思ったかこの時は怪物へにじり寄り、まわりの声も聞かずに傷を手当てした。
怪物と行き会ったのは土地の者が「角の道」と呼ぶ古道で、初期の開拓者と野牛(長角牛)との謂れがあった。
この辺りに根づいた開拓者は、みな、長角牛の群れが行き来して山野にできる「けもの道」…… 干上がった川床のような踏み固められた細長い土地 ………をたどって旅した。おかげで水場のある、滋味豊かな土地を見つけられた。
そのせいか魔獣の長角牛の群れに、ある種の「恩義」と「遠慮」があり、村の建設も農林畜産の産業も配慮する伝統があった。
もっとも、月日が経ち、ほかの土地で群れが狩られるなどの事件があり。今では、長角牛の群れが村々のそばを通って行くことは無くなったが………
とはいえ、くだんの牛の怪物は二腕二脚。人と同じような手指をもつ巨漢だ。長角牛ではなかった。
しかも、魔獣らしくもなく、近づく商隊の長を何度も追い返そうと手で押し。自分へのうやうやしい態度に、困惑することしきりだったらしい。
どうみても、人の天敵でも手負いのケダモノでもなかった。
牛の怪物が根負けし、大人しく傷の手当てをされだすと、商隊の下々のものたちも長を手伝い出し。終いには、牛の怪物は取り囲まれて、ツノやら背中の毛皮やらまでぬぐい清められた。
くだんの怪物は深い色の目をして、どこか斜め上の宙をみていたらしい。
あきれていたのかもしれない。
商隊の長が満足して離れ、部下たちが離れ、この後、牛の怪物は荷車に載せられるだろうか、近くの村へ運べるだろうか、と、話し出したとき。
白色の輝きがあたりをおおった。
『── これより三日三晩、遠出するな。家のそばにいろ、村を守る柵の内にとどまれ 』
『ひと雨を怖れよ、ひと雨を避けよ。穢れた雫で身を濡らすな。』
── 不思議な言葉は二度繰り返された。輝きが去ると、大きなからだの怪物は消えていた。
商隊のものたちは、大急ぎで村々に出来事を伝えた。
土地に住むもので知らなかったのは監獄都市の人間くらい。かれらは地元と関わろうとせず、危険な仕掛け罠を壁外に配してまで人を遠ざけていた。
三日目の朝。
日の出前、監獄都市の方角が明るくなり、やがて大きな火柱が上がった。それからしばらくして、驚くような勢いでオレンジ色の雨が降った。
近隣の村々は不気味な雨雲を無事やり過ごした。
怪物の警告は、思いの外、真剣に受け止められ、用心は徹底された。だれ一人濡れなかったし、飼い犬や家畜さえ屋根の下に隠された。
おかげで、雨にどんな危険があったかわからなかったほどだ。
わからなくとも、人々は『大角の大人』に深く感謝した。オレンジ色の雨で、土地の景色は一時、この世のものと思えない不気味な色に染まったからだ。
雨雲が散り、日が差すとすぐオレンジ色は溶け消え、景色は正気を取り戻したが、住民は怖気をふるった。まともにあびていたら、きっと酷いことになっていたと。
だから、のちに、牛の怪物の似姿絵が描かれると護符にされ、家々におかれるようになった。
今世は、くだんの話から数百年たつ。
しかし「牛聖獣」や「ツノある聖者」の絵すがた、あるいは人形を飾る風習は土地にしっかり根づいている。この先もずっと親しまれるだろう。
大国の機密と都市壊滅の怪事件、その陰の── 変わり者の商人と牛の怪物の逸話である。
小説「蜘蛛の意吐」の世界(大陸)で、牛の頭をもつ亜人型魔獣は『ウェアバイソン』と呼ばれます。
その中の一体は、ミノタウロスという個人名です。
ウェアバイソン(バルーンアート写真付)
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