第十五話『 ナーダルの楽園 』
ナーダルの楽園
『魔獣詩歌断片集』 曰く──、
大陸西部に昔、一生、石を集めたナーダルという男がいた。
子どもの頃、河原で小石を拾って以来、笑われようがたしなめられようが止めず。成長して意外な商才をみせると、遠出して大金を稼いでは、大石を荷車や馬車で持ち帰るようになった。
何がおもしろいのか、どれもこれも、ただの石の塊だ。
しかも、どうやって見出すのか。石ころだらけの山や谷を素通りしたかと思えば、どうみても同じ質の大石を奥地から運び出してくる。
ある時など、泥に深く埋もれていた大石を人夫を雇って川岸で掘り出した。なぜあるとわかったのか本人は説明できなかった。
ナーダルは集めた大石をどうするわけでもなく、空き地や空き倉庫に並べて、ときどき足を運んで眺めた。どんな趣があるのか楽しいらしい。
道楽にしても意味不明すぎた。
だが、ナーダルの妻子も商店の従業員もうるさくいわなかった。
善良で仕事のできる男だったし、身近にたまたま成金が身を持ち崩す事件が何度か起きていた…… 賭博や贅沢品に金をつぎ込んだり酒や色に溺れるより、よほどマシ。
さすがに、お気に入りの大石を自宅の居間や寝室、仕事場に持ち込むことは止めさせたが。
ナーダルは初老にさしかかると郊外に土地を買い、一箇所にコレクションを集めた。
この土地で、ナーダルははじめて、自分で石や岩を積み上げて石塔や石垣にした。
それまでただ転がしていたので、家族や商会員は怪我を心配した。石工や人夫を手配した。ナーダルは心づもりがあったようで、人手が増えると、たちまち石の迷路じみたものをつくった。
だが、何日もせず、ナーダルは商用の旅先で強盗に殺されてしまった。
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ほかの遺産整理にかなり時間がかかり、遺族と商会員たちは、ナーダルの死後半年経って町外れの石の収集地に足を運んだ。
だが、そこにあるはずの何千という石は消えてなくなり、空き地の真ん中に大きなくぼみが一つ、新たにできていた。とても大きく、とても重い岩があり、深く地面にめり込んでいたように。
ナーダルに収集された石の行方は、今もわからない。
大石は数が多く、大勢の人手と荷車がなければ持ち去れない。だが、そんな動きはなかった。
空き地に痕をつけたナニカの正体は、見当もつかない。
── 奇談は、地元の酒場の話題になった。
ある者は、 石たちが共喰いして、大きくなった生き残りだけどこかへ逃げたのだろう、といい放ち。ある者は、ナーダルは子供のとき『ナニカ』に取り憑かれて、その仲間を集めてやっていたといった。ナーダルは儀式場をつくって、死んでから、大きな重い石に生まれ変わったといい出す者も。
酔漢どもの、そんなでたらめのしめくくりはいつもこうだ。
── 商人ナーダルはいったい何を集めていた?
大陸西部の平和な時代の、すこし、気味の悪い話である。