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第十二話 『 侵入者たち 〜 ルブルカルの嘆き 〜 』


「侵入者たち 〜 ルブルカルの嘆き 〜」



『魔獣詩歌断片集』 曰く──、


『ルブルカルの嘆き』は、大陸の中央諸国で知られる魔獣災害である。

 たった一頭のオーガのために、平和な商都に三百人を超える死傷者が出、街区の二割が一夜で焼失した。



 城郭都市は中央諸国に属し、守りのかたさと治安の良さで知られていた。しかし、人食いの巨人は突如、にぎわう繁華街にあらわれて群衆に襲いかかった。


 のちに、オーガを生け捕りにして密輸していたグループがいて、現場の商都へ立ち寄っていたことがわかった。雇い主は今も不明だ。

 かれらは大陸西部からの長旅の途中、魔獣を運ぶ特製の箱馬車が故障し、その修理のため、予定を変えて入都していた。『密輸品』ごと、だ。


 密輸の実行犯たちは、オーガの思わぬ脱走で真っ先に皆殺しにされたが、怒り狂った魔獣は止まらず、市街地に地獄絵図を生んだ。


 

 大陸中央の民衆にとって、魔獣の脅威とは興味本位の噂、物語、教会の説話の話題である ── 魔獣のすむ樹海は、大陸のはるか西方であったから。


 現実の魔獣に遭遇し、人のからだが布人形のように千切られ、血生臭く食い散らかされるさまを目の当たりに── 民衆は、狂気に似た恐慌状態に落ちた。狂奔の渦中で、弱者の転落死、圧死、轢死が相次ぎ、堅牢な建物や城門に人々が殺到した。

 さらに、すぐ夜になったことで噂が飛び交った。すべて正しければ、100頭のオーガが、街の全域にいきなり押し寄せた荒唐無稽。



 騎士や兵士たちは、オーガに翻弄され力に圧倒された。


 魔獣の怪力、生命力、凶暴さは想像の及ぶ範囲の外。

 オーガは大重量の丸木、馬車の車輪を手持ちの武器にし、投擲さえしたが、人間の集団戦術や射撃武器、攻撃魔術は、混乱する市街地ではなかなか使えず、威力も発揮できなかった。


 警備隊は街の地理をよく知っていたが、早期に主力隊員の過半数が死傷し、討伐戦の案内もままならなかった。少人数の軽装備の班編成のまま、オーガに次々蹴散らされたのだ。


 さらに最大の惨事が、明け方近くに起きた。


 手負いのオーガが、領兵団の作戦の誤りにより、追い込まれるようにして聖堂へ進入。ここに避難していた教会関係者、旅行者、市民が暴威にさらされ、次いで、突入した軍隊との戦闘にも巻き込まれた。


 最後の惨事の幕引きに、ついにオーガは討伐されて生首は広場でさらされた。



 ****



 たった一匹の魔獣が、城郭都市の平和をくつがえし、一夜にして戦争さながらの死傷者を生み出した。最期は教会の聖堂さえ蹂躙した。

 大陸中央の人々はあらためて魔獣に恐怖し、事件は『ルブルカルの嘆き』の名で歴史に記憶された。



 ***



 事件から十年たち、オーガ殺しの英雄が本国から、突然、出奔した。


『ルブルカルの嘆き』の夜、その騎士は単身、聖堂の暗い地階に斬り込み、人喰いの魔獣の首をとった。勇名は近隣諸国に轟いていた。


 突然の出奔の理由、行き先、その後の消息は一切不明 。さまざまな噂が流れたがその中には………



 **



 以下に示すのは、大陸の片隅で起きたとされる出来事。ある老人が、自分の弟子に託した手記に書き残されていた情景だ。



 *



── 中央諸国の商路の果て。

 終点の小さな宿場町は、大陸西部へと続く街道のはじまりでもあった。その日は午後から雨だった。


 酒場に客のすがたは無く、聴衆のいない吟遊詩人がひとりきり。外は暗く、雨は止む様子はない。

 酒場の主人が早じまいしようとしたとき、ふらりと旅装の剣士が入って来た。店の出入り口で、意外な近さで向き合う。


「……… 店じまいだ」


「雨がやむまで休ませてくれないか?」


「いつのことだ? うちの二階に泊まってくかい」


「頼めるか。それと酒をくれ、雨に濡れて身体が冷えた」


 剣士が席に腰を下ろすと、なにか面白い話はないかと、吟遊詩人はテーブルに近づいた。片手に少し上等なワインのボトル。自分一人で飲むつもりだったが……



 剣士は話しかけられても、しばらく無言で飲んでいた。だが、英雄譚、という言葉に奇妙な笑み浮かべた。


「俺は、こう見えてオーガ殺しなんだ」


「おぉ、人喰い巨人を屠った凄腕の剣士殿とは。その討伐譚を詳しく聞かせてもらっても?」


「あぁ、いいぜ。俺も誰かに聞いてもらいたかったんだ(ここまで離れればもう)


 ワケありらしい剣士の口を軽くしようと、吟遊詩人は空のカップに酒を注ぐ。


「… 俺は、故郷ではオーガ殺しと呼ばれていた。だが、実は俺は殺しちゃいない。おかしいだろぅ? オーガを殺していないのに、オーガ殺し様、ってのは」


「ふむ? どういうことでしょう?

 オーガは本当に殺された。剣士殿は殺して無いが、まわりは殺したという。不思議な事態に巻き込まれでもしたようだ

 死んだ相手が罪なき人ならあなたは冤罪、一大事ではないですか?」


「相手がオーガでも一大事だった。だから、俺が殺したことになっちまったんだ」


 酔いに背中を押されたように、剣士は言葉を紡いだ。

 オーガが突然あらわれ、城郭都市のにぎわいを襲ったこと。人々が無残に殺され.魔獣に怯えた群衆が逃げ惑ったこと。暴走と混乱が、街に更なる被害を生んだことを。


「……あまりにも多く死んだ。不安と恐怖のせいで、死ななくていい女子どもも死んだ。だから、元凶のオーガは、人の勇気が退治したことにしなきゃいけなかった。

 俺はみなを守らなければ、と、聖堂の地階に突っ込んだ── だから、英雄の役をおっかぶせられた」


「人喰いの魔獣と戦ったのでしょう? それでオーガ殺しの剣士、と」


「奴は死んでた。俺が地下へ降りたとき、とっくに終わっていた。暗がりには魔獣が倒れていて、まわりにはやつに殺された人間しかいなかった」


「ほう?」


「聖堂の地階には、女子どもや怪我人が大勢逃げ込んでいた。オーガはそこに扉を破って押し入った。そして、そのすぐ後を、馬鹿な騎士がオーガを追いつめたつもりで兵士を率いて突入した。

―― おれが駆けつけた時、暗くてせまい地下は人間の死体だらけだった。生き残りはわずかで、死にかけか、必死で身をひそめている最中 …… 何人かは気が狂っていたよ。


 だから、だれがどこにいたとか、バケモノの最期がどうだったかなんてわからない 」


「── では、オーガは誰が倒したのでしょうね?」


 無我夢中で剣をふるって記憶が無いのでは?

 吟遊詩人は訊ねてみるが、剣士は首を横に振る。


「あのときの俺の腕では話にならない。仲間をやられて、正直、どうかしていたから、ひとりで地下の奥に進んだんだ。

 あっさり殺されていた筈だ。だが中に入ってみれば、ひねり殺されていたのはオーガの方だった」


「── 目立ちたく無い事情でもかかえた、熟練の魔獣狩りがいたのでしょうか」


「あれは人にできることじゃない……

 人喰いのゴツいからだが、首から下だけ、ぐしゃぐしゃだぜ? …… あんなのはバケモノの仕業だ。


 だが、それでも、オーガの死はすぐに広めなきゃならなかった。


 街の恐慌をおさめて、怪我人を手当てして、火事を消し止めて。着の身着のまま野外へ飛び出した人たちを城壁の中へつれもどすんだ。

 でも討伐者は不明、倒した方法はわかりませんじゃあ、安心なんかできない。そうだろう?


 だから、人間が正義の剣で、人喰いの巨人を討ち滅ぼしたことにした。


 皆が、俺をオーガ殺しにしたんだ。

 英雄誕生だ。

 オーガへの恐怖が、恨みが、不安が全部裏返った。怪物討伐の熱狂、賞賛、礼賛、絶賛…… すごかったさ……」



 剣士の陰鬱な表情を横目に、詩人は十年前の大事件の詳細を脳裏にうかべていた。かれのレパートリーに、城郭都市を救った英雄譚の詩歌があった。


 若き英雄は後日譚で、傷ついた街のために戦いつづけていた。廃墟のアンデッド退治、賞金首の兇賊の討伐、人身売買組織の摘発…

 この暗い目をした孤独な酔漢が、いくつも功績を挙げた勇士の真実なのか?


「偽の栄誉、偽りの武名…… なぜ俺なんだ。 まったく、クソッタレだ……」


『ルブルカルの嘆き』では大勢の騎士や兵士が死んだ。二度と戦えなくなったもの、心を狂わせたものもいたと聞く。剣士の同僚や部下、友人も犠牲になったかも知れない。


 仲間たちとともに怪物と戦いながら、彼がひとり、偽りの英雄に祭り上げられた。不安と恐怖を晴らし、街に平和と秩序を取り戻すためだ。


 十年もの歳月を、オーガ殺しを演じつづけた。


 どんな気持ちで過ごしたのだろう。

 


 **



 詩人は、あらためてオーガの最期を確かめていた。剣士に尋ねても、思いつく可能性はことごとく一蹴された。


「── 事故はもっとありえない。壁や天井の崩落なんかなかった。


 オーガを屠った『本物』がいた。どういうつもりで身を隠したのかわからんが、オーガの死に様を見れば、剣で倒されていないことは一目でわかる。

 頭と首以外、信じられられない力で骨が砂利にされていた。人食い巨人がぶざまな肉袋だ。


……だから、オーガの首だけをさらしたんだ。


 丸ごと広場にさらしていたら、つくりものと勘違いされたか……… オーガよりもっと恐ろしいバケモノがいる、と、みんな逃げ出しただろうよ」


「『本物』はオーガを倒してくれたのでしょう? 剣士殿はひっかかるようですが、おかげでもっと殺されたかもしれない多くの人が救われた。

 ああ。よかった、と素直に思えませんか?」


── 剣士の表情がかわった。

〈しまった!!〉 この御仁の苦悩は、偽の英雄を演じさせられたことだけではなかったのか ? まずい話題だったようだ。


 詩人は、舌打ちの代わりに酒を飲み干した。

 剣士は詩人に暗い目を向けた。


「じゃあ、聞くぞ。いったいだれが… いや『何』が俺たちを救ってくれたんだ?」


「中央の平和な街の聖堂の出来事ですから。光の神々、神の使いの聖獣── 人を憐れみ地に降りた神々の使徒とか」


「だったら、少しくらい姿を見せてくれてもよかっただろう。そうしたら俺も信心深い敬虔な信徒になったものを」


「神の御心は深く人には計り知れぬ、と神官であれば言うのでは?」


「本当にそんな神の使いなら、俺の悩みも晴れるというのに」


 剣士は、最後の一杯を喉に流すように飲み干した。


「なあ、詩人よ。どうして人間は生き残っているんだ? 魔獣に食いつくされてないんだ?」


「なんと、そこが疑問なのですか?

 それは魔獣狩りの勇士が、人を襲う魔獣を屠ってくれるからでしょう? 自分は、その感謝を歌にして語り、日銭を稼いでいるわけです」


「本当に人は魔獣を倒せるのか?

 あのオーガみたいなバケモノを、人が殺せるっていうのか? 」


「 ……西の巨木の樹海では、魔獣狩りが如何なる魔獣にも怯みまず、雄々しく立ち向かい、猟果を持ち帰っております。大陸西部の開拓地は日々、広がり、いずれ、国が ──」


 詩人は、急になにをばかな、といいかけて危うく口をつぐんだ。この『偽りの英雄』が、ほかの討伐譚まで疑ってかかるのは無理ないことだ。


「俺は、それを、自分の目で確かめないと安心して眠れない。学者の話や、古い本じゃダメだ。

 だから西に行く。

 強い連中に会いたい。魔獣の樹海で狩りをしているところを見たい。魔獣を斥けて西部を開拓しているところを、人間が魔獣に勝つところを確かめたい」


 暗かった目には、少々狂的な光が宿っていた。


「…… 剣士殿、飲み過ぎではないか? そろそろ休んでは?」


「なあ、詩人よ。俺は不安でたまらないんだ。どうして人間はまだ生き残っている?

 たった一匹のオーガに俺の街は踏み荒らされた。大勢死んだ。人の理性と秩序が魔獣の暴力に壊された。


 そんなオーガを、ハエをつぶすみたいに殺すものがいる。── ヤツの死に顔にあったのは恐怖と絶望だ。ヤツが餌食にした人間と同じ色だ。

 ……なあ、詩人よ。

 もしかしたら人間は、オーガよりももっと恐ろしい、もっと得体のしれない怪物にずっと見られていて。生かされているんじゃないのか?」



♦︎♦︎


♦︎♦︎♦︎


♦︎♦︎♦︎♦︎



 この対話が実際にあったことか。それとも、くだんの吟遊詩人の創作であったのか判然としない。


『ルブルカルの嘆き』でオーガを倒した英雄の最期は、強敵を求めて果てしなく旅したとも、人を守る使命に目覚め、一介の魔獣狩りとして大陸の西部で生涯戦いつづけたとも様々に歌われた。


 灰色の時の彼方へ事実が消えると、民衆は美しい幻想を選ぶ。


 英雄らしからぬ嘆きと悩みの言葉を連ねた異伝は、何度か詩歌にされたものの省みられず。異伝は断片フラグメントの一つとなった。


* 登場した『オーガ 』は、「モンスターコレクション」の記事を参照。

→ https://ncode.syosetu.com/n3634gg/43/



今回の記事のショートストーリーはNOMARさま(小説「蜘蛛の意吐」の作者)からいただきました。

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作者:NOMAR ‬様

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