第十話 『 サガナハルの守りの樹 』
「 サガナハルの守りの樹 」
『魔獣詩歌断片集』 曰く──、
大陸西部のサガナハルの里は、東に小さな丘があり、赤黒い木肌の大樹が一本高く、そそり立つ。里の祖が、この土地へ入植したときに故郷の木を植樹したのだ。
里の祖は、もともと中央諸国の田舎貴族と領民の一団だった。ゆかりの土地を、大国同士の紛争のとばっちりで勝手に線引きされて追い出されたのだ。
歴史に似たような話はいくつもあるが、はるばる大陸西部まで旅して新たな故郷をつくったものはめずらしい。
田舎貴族と領民の一団は、権力と武力は足りなかったが、根性と団結心に不足はなかった。
新たな土地で新たな開拓生活をはじめ、魔獣災害という、未知の危険に身も凍る思いもしたが、かれらは粘り強く取り組み。近隣の土地の人々とよい関係を結ぶことで困難を乗り越えた。
植えられた苗木は、里の発展に歩調を合わせるように丈をのばし、いつしかサガナハルのシンボル、守りの樹と呼ばれるようになった。
もっとも、故郷からあまりにも遠い土地に植えられたせいか、はじめはなかなか根が広がらず危いときもあった。
「はぐれ」の長角牛が村へ入り込んだとき、まだ若木で幹を折られかけた。
ジャイアントクロウの群れに巣をかけられたときには、あわてて住民総出で追い払ったし、気味の悪い雲から黄色い雨が降ったときには、なぜか里の草木でこの木一本だけ、葉を落として枯れかけた。
不審火で焼けたこともあった。
なにかあるたび里のものたちが奔走したが、ときに因縁深く、奇妙な事件も起きた。
あるとき、老いた旅人が里にやって来た。
かしこく礼儀正しい人物で、いつも穏やかにふるまい、里のあちらこちらで昔の出来事を丹念に聞き取った。
去年は山麦の実りがよかった、三年前の祭りはたいそう盛り上がった、十二年前はおそろしい嵐が来た、十四年前は鴉の魔獣で大変だった。五十年前、大きな影が西の空を飛んでいたのを見た(ドラゴンだった、かも?)
大半は、里の者でさえ退屈するよもやま話だ。
老人が、調べて歩いたのは十二日間。
なにか分かったのか、十三日目に荷物をまとめると宿を引き払い、その足で東の丘に行って、守りの樹の根もとで毒をあおいだ。
あとを追って旅してきていた孫娘が駆けつけ、危ういところで自害を阻んだが、直後に村人を巻き込んだ騒動となる。
老人は、もとは大陸中央の国に仕えた賢者だった。
危険な旅の護衛にと、古代魔術文明の貴重な人工遺物で、番犬のようにふるまう飛行金属球を伴っていた。
孫娘と彼女を手伝った村人は、人工知能に『暴行犯・強盗』とみなされ、鉄球と交戦するはめに……
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十年前、中央諸国の小国が、魔獣災害によって荒廃した。 滅多に起こらない数万羽のジャイアントクロウの来襲である。
大群の害は、並外れた貪欲さ。
農村は、まだ畑にあった作物やなけなしのたくわえを食い荒らされ、牧場や街道では、牛や羊や馬が息絶えるまでいたぶられて、死ぬと餌食にされた。
街では、大きなくちばしで備えの弱い屋根、外窓が突き破られ、一軒一軒、家の中を漁られた。
井戸や汲み置きの水は、排泄物と食べかすで汚染された。
魔獣の一羽一羽はそれほど強くなく、弓矢や石弾でも落とせたが、知恵があって空を自由自在に飛び交い、危うくなれば逃げ散ってしまう。挑みかかってこない分、軍隊や魔術師はなかなか相手を捕捉できず、追いまわして疲れはてた。
老人は当時、国王の側近として災害に立ち向かったが有効な手立てを講じられず、結局、ジャイアントクロウの群れは、世代交代で起きた弱体化と分散で勝手に消滅した。
老賢者は、被災地が落ち着くと職を辞し国を離れた。
『国崩し』とあだ名された魔獣災害の解明── 再来阻止。その道すじを残りの人生で見出そうと、 ひとりでジャイアントクロウの群れの来た経路を辿ったのだ。
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── 迷惑のわびにと孫娘は事情を語り。老賢者も、意識を取り戻すと言葉を補った。
ジャイアントクロウの群れの足跡を、老賢者は人の噂や地方の記録、ハンターの目撃談を丹念につないでたどり。執念で行き着いたのが、この里の、この大樹だった。
十四年ほど昔── この地で、ジャイアントクロウの小さな群れが村の守りの樹へ巣をかけ。おどろき慌てた人々により、ずっと遠くまで追い払われた。
それから間もなく、20羽ほどの群れが、ふだんジャイアントクロウが空をさまよわない時期、さまよわない場所を飛んでいて、運悪く通過した大嵐に巻き込まれた。
── 老賢者は、魔鴉の群れが大陸中央に迷い込んだ場所と時期を特定しており。それは、大嵐に消えた群れに間違いなかった。
『国崩し』の大鴉は、遠い土地で爆発的に増えた、サガナハルの里の害鳥の子孫だった。
── 知らなければよかった。
老賢者は、はらはら、と涙したという。
人間は非才で短命だ。だが、ひとりひとりが真理を探究し、英知を積み重ねる事で神の『全知』に近づけると信じていた。
だが、こんな因果の連なりを見通せようか。
どうやって、つぎの災いを断てばよいのか。
世界はあまりにも広く、複雑で。大陸は混沌として無秩序。人の知恵など、いくら重ねてもむなしく崩れる、ちっぽけな石積みなのだ ……
「不条理で、予測不可能で、勝てないからって。なんで絶句して死ななきゃならんのだ?」
老賢者たちとサガナハルの里の者たちが、このあとどんな話をしたか伝わっていない。
老賢者はその後、飲んだ毒のせいで長旅が難しくなり、里にそのまますみついた。そして、自宅で新たに私塾をひらいた。
どんな決意を新たに抱いたのか、里の大人にも子どもにも熱心に指導して、新たな弟子もとった。孫娘も私塾を手伝った。
現在、サガナハルの街にはその後裔の私学校があり、どの教室からでも、赤黒い木肌の大樹がよく見えるそうだ。
* 登場した『ジャイアント・クロウ』は、「モンスターコレクション」の記事を参照。
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