はじめに
□□ 綴られなかった断片 □□
「── おれに何の用だ?」
総白髪の老人は、挨拶もせず勝手に喋り出した。黒い杖をにぎる立ち姿。
「宮廷詩人の話は蹴ったし、王子様の教師もてーちょーに遠慮したんだが?」
「相変わらずだな、お前は 」
同年輩の男── 領主貴族は苦笑をうかべ、
「 もう少し取りつくろってみてはどうだ?」
「詩と曲以外は直そうって気が起きないから仕方無い」
「まったく、家臣の前ではちょっとは私を立てて欲しいものだ」
「立ってると膝が痛むんで座りたい」
「わかったわかった。お前たち、下がれ」
領主は人払いだけでは済まさず、窓の無い書庫へ話場所をかえた。旧友同士、ふたりきりだ。
「── 国王陛下は『放浪の天才詩人』を欲しがっている。なんとしてもだ」
杖の老人は、白い眉のかたちをゆがめた。
「放浪したくとも膝を悪くしてもうできない。今は只の天才詩人だ」
「市場をほっつき歩いて見つかったくせに何を…… なぜ、さっさと金払いのいい貴族に仕えるなり、楽隠居なりしない」
「俺の弟子たちが言うにはな、『師匠みたく貴族に気を遣えない詩人は、即、吊るされますよ』だとさ」
「まったく…… 人の気分を良くするのが詩人の仕事では無いのか?」
「気を晴らすつとめはやるだけやった ── 国が健やかなときも、魔獣の『大侵攻』で痛めつけられたときも。その後も、な」
「… それに、いっとき気持ち良くなるだけの歌なんて、酔えるだけの安酒だ。深酒してクセになると、頭が痛いではすまなくなるぞ」
「お前は値の張るいい酒か?」
「安酒はいっとき、気分を良くするが、本当にいい酒は人生を良くする」
そうか、と、領主貴族。
「── 陛下も、民の生を良くしたいとお考えだ」
「 民の生? 芸事に力を入れていると聞くが?」
「 私にも、そこはよく分からないところだ」
「わが国には独自の文化、独自の芸術が無ければならない、と、ご熱心でな。中央からの文化的侵略に対抗するため、とかなんとか…… 陛下は何としてもお前をかかえたいのだ」
「ふん? 魔獣退治の歌ばかりの詩人に何をさせたい。
世間ではおれは──芸術の神に見捨てられた老害だ」
白髪頭を、黒い杖のはしで軽くたたいた。
「若いころ、中央諸国で讃えられた才気はどこへやら
── 人気の詩歌演劇の創作は立ち消えて。今のかわりは、よりにもよって魔獣狩り…… 父祖の暗い苦労話、開拓地の揉め事、獣臭い歌だ。
暇さえあれば、将来ある弟子たちを巻き込ん日々、田舎巡り。ほこり臭い書庫のゴミ束あさり………」
「陛下は『放浪の天才詩人』を欲しがっている」
領主は繰り返した。評判がどうした、という口調だ。
「陛下は仰せだ。芸術は心をくもらせる酒ではない── 目をふさぎ、見たく無い世俗を隠す目隠しやカーテンではないと。
『 ── わが国の芸術は、力強き心から生まれなければならない。開拓者の魂をふるわせるもの、魔獣を討つ者たちの戦旗、壊れぬ盾の紋章でなければでならない 』
『中央からの輸入品ではイキが足りない、民の魂の要にはおけん。ちょうど良いのだ。あの詩の天才の行いを後押しす 「 まてまてまて!」 』
「 ………なんだ? 」
「 三代様── 国王陛下がそういったのか?
もってた印象と違うんだが── ヘンなのか? 変人なのか?? おれのナニを後押しするって? 」
「ヘンなどと、はおまえは ── まぁ、いい。興味がわいたなら、じっくり話をしてやろう」
**
魔獣詩歌断片集 ──フラグメント。
その冊子には、大陸の生と死の昔語りが綴じられている。ある詩人と弟子たちがまとめた、人と魔獣にまつわる物語りだ。
救世の勇者はいない、
美しき姫君はいない。
偉大な王侯はいない。
戦場の英雄はいない。
天才も聖女もいない。
主役は、世界の片隅のものたち。
開拓地の小さな死闘だ。
慈悲なき魔獣の脅威、
名もなき勝利者、
墓標なき犠牲者、
栄光なき凱歌、
解明なき終結、
時とともに記憶は薄れ、事事は塵芥に埋もれる。
そこに綴られたのは、ひろわれた『断片』だ。
***
『魔獣詩歌断片集』
そう呼ばれる冊子に、もともと表題はありません。
著したのは大陸の西の新興国にあらわれた天才詩人、名を付けなかった理由は不明です。
若くして独自の作風の詩歌演劇をあらわし、人類文明の中心地── 中央諸国で高く評価されました。
しかし、生涯、気まぐれにふるまい、放浪生活を繰り返し。しばしば、危険な魔獣の出没する西の開拓地に足を運びました。
おもむいた土地では、まるで遺跡の財宝を探すように田舎の老人の昔語りを聞き、市場の噂を書きとめ、ときに地方の旧家の地下室、魔獣ハンターのギルドの支部の書庫で古い手記や報告を紐解いて、コツコツ、コツコツ ………
探したのは、血と泥の臭いのする魔獣退治譚。不可思議で土俗的な物語でした。
年をとって長旅が難しくなると、親しいものたちが変わった魔獣の伝承を集めてくれるようになり。詩人の弟子や孫弟子が、大陸中央や東の土地まで足を伸ばすこともありました。
高位の権力者からのひそかな支援もあったと言われます。
いよいよ体の自由ごきかなくなると、年老いた詩人は、のちに『魔獣詩歌断片集』と呼ばれる冊子の執筆に力を注ぎました。
高弟たちも師の晩年の執筆を支えるうち、彼ら自身、人と魔獣の闘いを詩歌演劇に著わしはじめ。辺土を旅した弟子の中には、いろいろな理由で遠い危険な土地に根付いたものも。
今日知られている、魔獣討伐の本格的文芸作品は、そうしてつくられはじめました。大陸史上初 ── 魔獣と闘う大陸西部の、蛮夷とされた新興国から興った芸術活動です。
時代は下り──、
突如として起こった新たな魔獣災害が、大陸の人類社会の中心地を直撃し、中央諸国と教会に未曾有の破壊をもたらしました。
一方、大陸西部には、魔獣にして聖獣(聖女)という存在があらわれ、新たな聖都が興り、世界の注目を集めました。
大陸の人類史の新たな転換点── 人と魔獣の、新たな闘争と均衡の時代のはじまり。『魔獣詩歌断片集』の原本は、この時期、まるで見計らっていたように再発見されました。
正史に記されなかった奇妙な事件を丹念に拾い集め、地方の魔獣災害の埋もれた記録の在り処を示す『目録』となるもの── 。
王立魔獣研究院が中心となって、再調査が進んでいます。