(3)なんで私だけ名字なんだよ!
「こんにちは。先日はお騒がせしました。あ、紗奈さん、これ菓子折です」
「まぁまぁ司くんったら、ご丁寧に。あれは家の不出来な娘が悪いですから。凜も早とちりしちゃった所があるしねぇ」
今日も新藤くんが我が家にやってきていた。遊びに──というよりは、なんでも『ハロウィンで騒がせてしまったお詫び』らしい。そこまで気を遣わなくてもいいのに。
「あっ司さん、いらっしゃい!! この前はごめんなさい。今日はすぐ帰るの? お邪魔でなければ私も一緒に遊びたいなぁ」
「あら凜ったら、すっかり司くんに懐いちゃって。司くん、よかったら上がっていってくださいな」
「そうですか? それじゃあお言葉に甘えて。凜ちゃんも、もちろんだよ」
…………。
「ちょっと待った!!」
「寺内さん?」
「それ!! それだよ!! なにそれ!?」
「え……手土産の菓子折だけど……。もしかして和菓子は寺内さんのお気には召さなかったのかな……ごめんね」
「違うよそこじゃないよ!! 菓子折の件は落ち込む必要はないから!! わざわざ気を遣ってくれてありがとうね!!」
憤りながらお礼を言うのって私くらいじゃない!?
「え、じゃあなにかな。ところで寺内さんは今日も元気いっぱいだね」
「もう。少しはお淑やかになさいな。司くん、ごめんなさいね」
「お姉ちゃんだからねえ……」
「いえ、そこが寺内さんの魅力の一つでもありますから。いつもこうやって元気を分けてもらってるんですよ」
「司くん……」
「司さん……」
「勝手に良い話風にまとめないでくれない!? そうじゃないでしょ!? なんで! 私は未だに名字呼びなのに! お母さんや凜とは名前で呼び合ってるの!?」
でも魅力があるなんて褒めてくれてありがとう!! 好き!!
「なんでって……ご家族の皆さん同じ名字だし、同じ呼び方だとややこしくない?」
「そうよ、レンったら」
「お姉ちゃん、司さんは気を遣ってくれてるんだよ? 彼女ならちゃんと彼氏を立ててあげないと」
「いやいやいや。その理屈はわかるよ? でもそれなら、まず私を名前で呼ぶべきじゃないの!? 母親と妹に先を越されるって、逆に彼女としての立場がないんですけど!!」
「寺内さんを名前呼び、か」
「えっもしかして嫌なの?」
本当に嫌って言われたらショック。立ち直れないかも。
「逆だね。愛情が止まらなくなりそうだから、あえてセーブしてるというか」
「やっぱりワザとなんじゃん!! でも、愛情が止まらなくなるって……例えばどうなるの?」
「今の俺たちって、いわば恋人レベルが1な状態でしょ? 恋人初心者、ビギナーカップル」
「まあ……それは……」
「例えるならそうだね、一気に恋人レベルが5くらいまで上がっちゃうよ。ちゃんと段取りを踏まないと。ダンドリズムって大事だと思うんだ」
「なにそれダンドリズムって言葉。いま作ったの? というか、レベルが上がるならよくない?」
「もちろん、いずれは上げていくよ。それなら聞いておきたいんだけど、寺内さんは恋人レベルってどこまで耐えられる?」
「いきなりそんなこと言われても……レベルの尺度が分からないし。レベル2だとどうなるの?」
普通は名前呼びこそががレベル2くらいな気もするんだけど。まあ、そこは新藤くんだし。
「手を繋ぐようになる」
「むしろ望むところだよ。じゃあ3は?」
「腕を組んでもらう」
「確かに、微妙に上がるね。あれ、レベルの内訳なんか意味わかんないって思ってたのに、なんか納得させられちゃってる……。じゃあ4は?」
「抱きしめる」
「え”!? さすがにちょっと照れるかも。でも、順当ではあるのかな……? じゃあ問題になってる、名前呼びのレベル5は?」
「キs──」
「ごめんなさいそれはまだ心の準備ができてないです。家族の前で羞恥プレイは勘弁してください」
「でしょ? 心配しなくても、そのうち呼ばせてもらうから」
「すでに望んではいるんだけど……もうちょっとどうにかできないの?」
「もうちょっと、と言うと?」
「あだ名で呼ぶとか。あ、これカップルっぽいかも!」
我ながら名案だよ!! まさに一石二鳥!!
「あだ名か……」
「試しに何か呼んでみてくれない?」
「うーん。レン……レンさん……練炭」
「ちょっと待った!!」
「寺内さん?」
「最初のはいいよ、まだちょっと照れるけど。でも最後のは何かイントネーションおかしくなかった?」
「この前も言ったけど、俺、そういうセンスないから……」
「いやいやいや。センスというか、それ言葉の響きから適当に連想しただけでしょ!? じゃあジャブ代わりに名字でもいいから。ほら、例えば『ちゃん付け』とかならハードルも低いんじゃない?」
「ちゃん……チャン……チャン寺内」
「ちょっと待った!!」
「寺内さん?」
「順番おかしいでしょ!? 名字の頭に付けろって意味じゃないよ!! 私、怪しげな外国人みたいだよ!?」
「寺内さんは怪しげな外国人じゃないよ。美人で可愛い、女神な女の子だよ」
「~~~!! その唐突に口説くやつ!!」
「口説く……?」
「え、無自覚なの? ホントに?」
「素直な感想を言ってるだけだよ。というかそうだね、好きな子相手に口説き文句の一つも出てこないなんて、俺という男は……」
「素で言ってる方がタチが悪いんですけど」
「ごめん……」
「違っ!! 責めてるわけじゃないから!! 念のために言うけど照れ隠しだからね!!」
「寺内さんの方はどうなの?」
「私の方……? どういうこと?」
「名前呼び。俺、呼ばれる分には大丈夫だと思う。ほんのちょっと昇天するくらいで済むよ」
「いや、生きてね? 私から呼ぶのはいいと?」
「うん、どうぞ」
「それじゃあ……。ちゅかさくん」
思いっきり噛んだ!! なにこれ恥ずかしい!!
「大丈夫大丈夫。恥ずかしくないよ。ワンモア」
もうっ! 新藤くんったら優しい!!
「つ、つかしゃくん」
「…………」
「…………。すいませんでした。確かに徐々にの方がいいかもしれません」
気 ま ず す ぎ る 。
まさか……坂上ちゃんが言ってた『寺内さんってグイグイ勢いよく行く割りに、土壇場でやらかしそう』って言葉──冗談じゃなかったというの!?
いやいやいや、それこそ冗談じゃないよ。今度一人の時にコッソリ練習しておこう。名付けて『司くんシャドー』。
「いや娘よ。いつまで司くんを立たせておくのよ。やるなとは言わないけど、上がってもらってからにしなさいよ……」
「お姉ちゃん……」
家族からの目が痛い。ぐうの音も出ないとはこの事だね。
とりあえず新藤くんに上がってもらうことにした。場所は前回と同じ、私の部屋。ただ、今回はなぜか妹の凜が付いてきている。なんで?
「じゃあ私、ちょっと飲み物持ってくるから。ねえ、ところで何で凜がいるの?」
「さっき司さん、私とも遊んでくれるって言ってくれたし。ダメ……?」
上目遣いで、あざとく訴えてくる妹。
「うっ、ここでダメって言っちゃうと私が酷い姉みたい。まあ……いいけど、新藤くんは私の彼氏だから取っちゃダメだよ?」
「ダメ……?」
「ダメ!!!!」
言うに事欠いてこの子はなんてことを!! えっ、冗談だよね??
それから私はお茶とお茶菓子を持って部屋に戻った。二人して何かしてるなと思ったら、アレは……トランプかな?
「なんか二人とも普通に仲がいいね。何やってるの?」
「ポーカーだよ~。司さんね、すっごく強いの!!」
「実は俺、こういうのけっこう得意で。得意というよりは運の流れなのかな。まぁ寺内さんと付き合えたことに比べれば、些細すぎる運だけど」
やっぱ口説いてきてるよね!? でも嬉しい!! 私もだよ新藤くん!!
「じゃ、今回も司さん勝ったし、私が罰ゲーム~。ささ、何なりと命令して?」
そんなことやってたの!? まさか──そうやってボディータッチなんかして……私の新藤くんと距離を詰めようと!? この泥棒猫めえええええ!!
「それじゃあさっきと同じ流れで行こうかな?」
「ちょっと待った!!」
「寺内さん?」
「『さっきと同じ流れ』ってなに!?」
凜とは年の近い姉妹だけあって異性の趣味もほぼ一緒……。新藤くんは渡さない!!
「え、大した事じゃないんだけど。寺内さんの好きなものとか聞こうかなって」
「…………なんか、ごめん…………」
「ん、なにが? そうだ、寺内さんもやる?」
「お姉ちゃんもやりなよ!! 私、今回はカード配る役やるから。もちろん罰ゲームありでね!!」
「罰ゲームかぁ……どうしようかな。ちなみにさっきまでは何を賭けてたの?」
「うんとね、司さんが勝ったら私がなんでも命令を聞く。私が勝ったらお姉ちゃんと司さんが別れる」
「勝手になんてもの賭けてるの!?」
「あ、それ俺が言い出したんだよ」
「新藤くんから!?」
「これは真剣勝負。接待プレイはして欲しくないって凜ちゃんが言うから、本気度を示すために己の一番大切なものを賭けようと思って。絶対に負けられないって想いからか、お陰様で全勝してるよ。今回もそうする?」
「私が勝ってもデメリットしかないよねソレ!? じゃあ、新藤くんが勝ったらどうするの?」
……せっかく私が勝ったら、週末にお買い物デートでも提案しようと思ったのに。
「俺が勝ったら寺内さんの時間をもらう。そうだね……週末に買い物でも付き合ってもらおうかな、もちろん一緒に」
まさかの利害一致!! まさに以心伝心!! よし、これ何か役が来たら敗北宣言しよう。はい完璧。
「二人ともいい? じゃ、シャッフルしてカード配るね。カードの交換は一回まで。もちろん接待プレイや投了は無しね~。真剣勝負だから、わざと負けるなんてダメだよ?」
「凜ちゃん。寺内さんはね、心が綺麗なんだ。言うまでもないことだよ」
!?
「あ、あはは……モチロンダヨ?」
なんで私こんなに追い込まれてるんだろう!? まぁ……新藤くん、さっきから全勝してるって話だし。それに別れるはさすがに冗談でしょ。
そして私たちは配られたカードを受け取る。……普通に無役だった。でも交換しないとワザと負けたってバレるし……うんもう全部替えよう。新藤くんの方は一枚交換か。かなり良さそうな感じ。これなら大丈夫かな。
「じゃ、お姉ちゃんが全部交換、司さんは一枚交換で」
はいはい、こんなのもう私たちがデートするための消化試合────。
……………………ハァ!!??
えっ、こんなの有り得ないよ!! カードを配った凜の方を見ると──ニコニコしていた。天然? いやいやまさかそんなことは。
「それじゃあ二人とも手札オープン~」
妹を女狐判定しようか迷ってると、容赦なく手札を晒された。
「あっちょっまっ!!」
「司さんは……ストレートフラッシュ!? やっぱ強いね!! お姉ちゃんは……え!? ロイヤルストレートフラッシュ!!??」
この驚きよう……まさかイカサマは無いっていうの!?
「ま、負けた……」
新藤くんメッチャ落ち込んでる!!
「いやいやいや。新藤くん、さすがに罰ゲームで別れ──」
「ダメだよ寺内さん。こういう約束事はね、破っちゃダメなんだ……別れ、よう」
彼の表情を見ると、今までで一番落ち込んだ顔をしていた。
「そ、そんな……」
そして私たちは破局を迎える。
その日、私はずっと放心した状態で、自分が何をしたのか覚えていないほどだった。
そのショック状態は翌日まで続き、そして気づけば放課後────
場所は学校の屋上。目の前には新藤くんがいる。
「寺内さん……」
「新藤くん……」
まさに悲劇。改めて昨日の悲しみが甦る。泣きそう。
「俺と付き合ってほしい……! それと、良ければなんだけど週末一緒に出かけない?」
「再告白とかアリなの!? しかもシレっと自分の要望も通そうとしてるし!!」
もちろん即オーケーした。
坂上ちゃん、新藤くんのメンタルって──もう合金製とかじゃ説明が付かないよ。この人、本当にネガティブなの? 実は無敵なんじゃない?
そんな感想と共に、『二度と新藤くんに賭け事はさせない』と心に誓ったのだった。
単発ずつじゃなくまとめれば良かったなと後悔してます。