小六編 第98話 師範と特待生
師走、十二月に入って二週も経過すると、予想通り今までの400mlボトルの墨液の在庫が無くなってしまった。次週からは前倒しで新しい450mlボトルになる。小さい方の200mlボトルはまだ10本程残ってる。こちらについては今年中に捌くのは難しいだろうな。一応、三週目の教室で今週から大きい方の墨液が切り替わる事を通知しておく。二週目の最後で知らせても良かったんだが、二週目に買った奴が可哀そうだからな。一週間も開けばショックも和らぐだろうという配慮だ。小さい方は年内は切り替わらず現状維持だから安心?して買うがよい。
そして来月号、まあ来月は来年になるから新春号になる訳だが、会報誌白鳳が届いた。いつも通り白鳳本部からの発送だから良樹の所に依頼してないのかな。今度、良樹に聞いてみよう。白鳳が届いたという事はうちの塾生用の検定結果表を作らなければならないという事だ。彩音、カモーン!
「またこれですか。先生は私をいい様に使い過ぎです。」
「お前だってスキャナいい様に使ってるだろ。その対価だと思え。」
「それはそうなんですけど……」
「三十分もかからんだろ。お前には一ヶ月で数時間以上はスキャナ貸してると思うんだが?」
「はいはい、分かりましたよ。おっと、四級地合格ですね。さすが私。」
「受かったか、小学校卒業まであと四回の検定で二級位までいってくれるといいんだが。特進検定が一回あるから何とかなるかな。」
「二級ですか……今回、四級地受かって次は四級天ですね。二月の特進検定で三級地まではいけると思いますけど、それ以上はどうでしょうかね。」
「うむ、精進したまえ。はっきり言って書道初めて半年で四級天なんて大したもんなんだぞ。自信持っていいと思うぞ。」
「ふふん、それ程でも無いですよ。」
彩音が無い胸を張る。まぁこれからだよ。うんうん。
「何かものすごく貶された様な気がするんですが……」
「気のせいだ。気にするな。」
「おっと、莉紗ちゃんも合格ですね。」
「えっと、確か莉紗は準四段で受けたんだったっけ。合格して次は四段か。小三で四段とか……すごいな。」
「やっぱりこれって相当すごいんですか?」
「俺が知ってる塾生の中では一番すごいな。莉紗は三才、幼稚園の年少の頃から検定受けてるから小三とはいえ検定歴は既に五年以上なんだ。普通は書道始めるのが早くても小一からで、小三の時点では検定歴二年とかせいぜい二年半。通常の倍の時間をかけたってのもあるんだけど、小一の時点で特待生、最終的には師範を目指すって宣言してた。気合というかモチベーションがハンパないんだよな。」
「三才からって……確かにピアノだとそれ位から習い始める子もいますけど……英才教育ですね。」
「うむ、莉紗はワシが育てた。」
「それが言いたかったんですね。」
うるせーな。いいだろ、これくらい。
「小一になった時点で三級位だったかな。小一で三級はぶっちぎりのトップだ。他の子は大抵、小一位で始めてうまい子でも八級かそこらからスタートだからな。多分だけどそれ以降は白鳳の検定で、同学年の中では常にトップの座に君臨してるんじゃないかな。」
「検定結果では莉紗ちゃんのすぐ下の子でも準二段ですか。しかも今回は合格してないし。」
「小三なら準二段でも相当なもんなんだぞ。莉紗が飛び抜けてるだけで。この子も可哀そうにな。同学年に絶対王者の莉紗がいるというだけで、万年二位に甘んじなければならないんだからな。」
「一方的にライバル視してそう。」
「残念な事に莉紗は上しか見てないからな。如何に早く特待生になるかしか考えてない。だがそれも莉紗にとっては通過点でしかない。」
「最終的には師範、でしたっけ? そういう段位というかクラスは検定には無いみたいですけど。」
「師範は白鳳の本部から出される課題をこなして、その後何日か本部で研修を受け、研修後に行われる試験に合格すると認定される。上手く時間がとれれば半年位でとれるが、普通は一年以上、下手をすると四、五年位かかる。」
「先生も師範はとってるんですよね。何年位かかったんですか?」
「俺の場合は会社員時代に仕事の合間合間で課題を提出したり、研修を飛び飛びで受けてたからな。二年位かかったな。」
「莉紗ちゃん、特待生になったからといってすぐに師範の課題や研修を受けれるんですか?」
「いや、さすがに高校生以上になってからだ。特待生までいった者は高校生以上になると師範の課題に挑戦出来る。特待生とってないと学生の内は挑戦出来ない。まぁ俺は特待生とってなかったんで社会人スタートだった訳だ。特待生とってると時間に余裕のある学生の内に課題やら研修を集中的に受けられるからな。それだけ有利だって事だ。」
「先生、特待生じゃなかったんですね。何か意外……」
「俺が真面目に書道やってたのは小学生までだったんでな。実際、小学生までしか通ってなかったし。それまでに特待生とれなかったら続けてても駄目だったろう。」
「仮に、仮にですよ。私が特待生とか師範を目指すってのは無謀ですかね。」
「時間をかければ可能とだけ言っておく。師範目指すなら高校生までに、出来れば中学卒業までに特待生とっとかないとその後が詰む。お前の場合は中学卒業までは三年ちょっと、高校卒業までは六年ちょっとある。今の四級天から特待生になるのは、三年ちょっとじゃ難しいかもしれんが、六年あれば何とかなるかもしれない。問題は中学生や高校生になっても書道を続けられるかどうかだな。小さい頃から書道やってる子でも大抵は学業やら部活動やらで教室には来なくなるんだ。継続出来るかどうかが決め手になる。」
「うーん、確かにそうですね。少なくとも中学生の間は通おうと思ってるんですが、高校生になっても、と言われると先の事は分かりませんね。」
「そんなもんだよ。俺としては残って欲しいがな。」
「えっ? それは……」
「検定結果表作るの、お前にやらせられるじゃないか。」
「そっちかぁーい!」
「大学生で師範になったらバイトで雇ってやるぞ。安い時給でこき使ってやる。」
「そこはもう少し頑張って下さいよ。」
師範を目指す者が増えるのは喜ばしい事だが、うちの教室の規模ではせいぜいバイトくらいでしか雇えない。塾生が今の三倍位になったら正式に雇用出来るかもしれんが……いや、それでも無理か。専従者給与という事にすれば何とかなるかもな。でもそれだと彩音と……うん、考えない様にしよう。




