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小六編 第96話 空容器の行方

 すっかり失念していたが、教室保管時に自分のボトルを判別する為の名前シールを何か考えなくてはならない。剥がしやすいシールでも貼ってそれに名前書かせりゃいいかなどと考えていたのだが、そのシール代も馬鹿にならん。で、思いついたのが白いビニールテープを5㎝位に切って、それをボトルに貼り付けるという方法だ。墨液充填済みボトル教室で販売する際には、そのビニールテープを張った状態で販売すればいい。油性マジックを用意しておいて各自そのテープに自分の名前を書けばいいだろう。ビニールテープなら剥がすのも簡単だろうしな。


 18リットルの墨液はまだ届かないが、450mlと180mlのボトルが10ダースずつ届いた。先にお試し発注で届いた5リットルと2リットルの墨液があるから、練習を兼ねて何本か充填してみよう。合計7リットルか。450mlボトル――実際に充填するのは460ml――を1ダース分12本充填してもまだ余る。余った分は180mlボトル――充填は190ml――に充填しておこう。


 何本か充填作業をしてみて分かったのは、やはり規定量になる直前で蛇口を閉めて、僅かに足りない分をピペットで足してやるという方法が一番効率が良い様だ。この直前というのが案外難しく、少しでも遅れると溢れそうになる。幸い今回は溢れるまでには至らなかったが、入れ過ぎた分を逆にピペットで吸い出さなければならなかったものが何本かあった。あとタンク内の墨液の残量が少なくなってくると、蛇口からの出が悪くなる。これはタンク内の墨液の量が少なくなると重みも小さくなるので、蛇口へ押し出す圧力が弱くなる為だ。残量が多い時は重量による圧力も高いから蛇口からの出もいいんだがな。これらについてはおいおい慣れていくしか無いな。


 450mlボトルが1ダース分12本と、180mlボトル7本の充填が出来た。あと180mlが1本分、充填出来るか出来ないか位の量が残っていたのだが、タンクの下部に残った状態で蛇口から出すには少し液面の高さが足りない様だ。まぁいい、18リットル物が届いたらタンクに追加だ。充填出来たボトルには名前用の白いビニールテープを貼ってと……よし、これを使って塾生達に説明しよう。


 本日は十一月第三週目の書道教室の日、教室を開けてから一時間位経った時間だ。大体皆集まった頃だな。来週は第四週で検定で塾生も俺も色々と佳境に入ってるだろうから、今週の教室で説明する事にした。


「すまん、皆筆を置いて聞いてくれ。あぁ、キリのいい所まで書いてからでいいぞ。」


 たまにこうやって皆の練習を中断させて説明をする事がある。いつもは書道に関する事なんだが今日は少し毛色が違っている。塾生もその事を感じ取ってか、少しザワザワしてるな。


「えー、再来月、つまり来年になってからなんだが、教室で使ってる半紙と墨液の値段が変わります。あっ、値上げじゃなくて値下げだからな。そこは安心しろ。」


 普通、価格改定と言えば値上げだからな。塾生も一瞬ビクッとしたが値下げと聞いて少し吃驚した様だ。


「まず半紙ですが、50枚単位で売っていた物については変わりません。据え置き価格です。」


 俺は教室前部にある黒板に「半紙50枚 200円 変更なし」と書く。


「箱入りで販売する1,000枚の半紙ですが、これは現状3,900円だけど来年から3,800円、100円値下げになります。」


 同じく黒板に「半紙1,000枚(箱)3,900円→3,800円 100円(2.5%)値下げ」と書いた。


「50枚ずつで1,000枚買うと4,000円になりますが、箱買いすると3,800円だから5%安く買えます。これを機会に箱買いする事をお勧めします。」


 一応、箱買いの割安感をアピールしておく。どれだけ効果があるかは分からんがな。


「次に墨液についてですが、中身の墨液自体は今までと同じ物ですが、量や容器が変更になります。これについて説明します。」


 俺は黒板に次の様に書いた。小さい子には難しいかな。


     値段  内容量 100mlあたり   値段  内容量 100mlあたり

墨液(大)800円 400ml 200円/100ml → 700円 450ml 156円/100ml

                     (750円)   (167円/100ml)

墨液(小)500円 200ml 250円/100ml → 370円 180ml 206円/100ml

                     (400円)   (223円/100ml)


「大きい方の墨液は400ml、800円の物が450ml、700円に変わります。量が増えてるのに値段は安くなってるので、これは明らかにお得になってるのが分かると思います。」


 塾生もウンウンと頷く。こういうのだと分かり易い。


「一方、小さい方ですが、200ml、500円の物が180ml、370円になります。量が少なくなっているので値段は安くなるのは当たり前です。そこで同じ量に置き換えた値段を計算してみました。100mlあたりって書いてあるのがその部分です。100mlに置き換えると現状の物は250円相当ですが来年からのは206円相当になるので、同じ量で比べればこちらも安くなっています。ここまではいいですか?」


「( )内に書いてる750円とか400円ってのは何なんですか?」


「それは後で説明します。他には?」


「容器って入れ物の事ですよね。どんなのに変わるんですか?」


「それをこれから説明します。現状の容器は皆もよく知っているこれですね。」


 昔から使っているボトルを皆の前に差し出す。


「それがこの様な容器に変わります。半透明で中身がどれだけ入っているのかが外から見て分かる様になっています。」


 新しいボトルを取り出し皆に見せる。半透明な事が分かり易い様に、わざと墨液を半分位だけ入れたボトルだ。「おぉー」と塾生達が声をあげる。半透明が珍しいのか。まぁうちではこの手のボトルは使った事無いからな。


「で、ここからが大事なところです。新しい墨液の700円や370円というのは中身の墨液だけの値段で、容器の値段は含まれていません。なので新しい墨液を買う時には最初だけは容器の値段がプラスされます。」


「ひょっとして( )内の値段が容器代をプラスした時の値段ですか?」


「そうです。最初だけはこの値段になります。仮にこの値段だったとしても100mlあたりに置き換えれば、今の物よりも安くなってます。」


 ( )内に書かれた100mlあたりの値段を差しながら、


「今の400mlは100mlあたり200円で、新しい方は容器込みでも100mlあたり167円です。小さいのも今の200mlは100mlあたりは250円、新しい方は容器込みで100mlあたり223円です。」


「最初だけはって事ですけどその次からは容器代はかからないって事ですか?」


「厳密に言うと、墨液使い切って次に買う時に空になった容器を返して貰います。そうすれば容器代はかかりません。空容器を返す事によって新しい墨液の容器代をそれで払うって考えて下さい。」


「空容器を返さなければまた容器代がかかっちゃうって事なんですかね。」


「そうです。ただ後からでも空容器を返せばその容器代は返金します。と言っても実際には、月まとめで払う物販品請求額から差し引く形になると思いますけど。それと今使ってる容器を返しても容器代にはなりません。あくまでもこの新しい半透明の容器のみが対象になります。容器代としては差額を見れば分かると思いますが、大きい方は50円、小さい方は30円になります。ここまでで何かありますか?」


 無い様だな。さらに説明を進める。


「新しい墨液の容器にはこの様に白いテープが貼ってあります。皆の中には大きい方の墨液を教室に保管している人が居ますが、ここに必ず名前を書いてから保管場所に置く様にして下さい。誰の物か分からなくなりますからね。名前を書く為のマジックを用意しておきますのでそれを使って下さい。筆を使って墨で書くんじゃはじいてしまって書けませんからね。小さい方を保管する人は居ませんが、もし居たら名前を書いてから置いて下さい。教室に保管する、しないにかかわらず名前は書いといた方がいいと思いますけど。」


「空容器を返すって事は容器を使いまわすって事ですよね。」


「そうです。だからこそ、この値段が実現出来たのです。」


「返す時に名前のシールはそのままでもいいんですか? 剥がさなきゃいけないとかありますか?」


「どちらでもいいです。先生としては剥がしてくれた方が少しは手間が減るのでありがたいですが、ぶっちゃけそれ位は大した手間では無いので。」


「高くてもいいから今まで通りのを買いたいってのは有りですか?」


「原則として来年からは全て新しい物に変わります。それどころか今の物の在庫が年内に無くなる可能性もあります。そうなったら年内に前倒しで新しい物に切り替わります。どうしてもって場合は対応しますが、1ダース、つまり12本ですね、その単位で買う事になると思います。最初にも言いましたが、容器が変わるだけで中身の墨液自体は同じ物です。なので今の容器に拘る必要は無いと思いますよ。」


「使いまわしだと容器の耐久性が気になるんですが。」


「それはこちらとしても懸案事項です。幸い新しい容器には製造年月日が書いてある、というか刻印されてますのでそれである程度判断出来ると思っています。墨液の消費期限というのは最低でも二年はありますので、墨液の容器として作られた物なら二年以上は持つのではないかと思っています。二年経過後に容器の状態を見てみて異常が無い様なら延長し、以降は一年毎にチェックしようと思ってます。それで容器の寿命の様な物が見えてくると思うので、暫くは返却された容器の確認を慎重に行い乍ら運用していきたいと思います。皆も容器に異常があるのを見つけたら申し出て下さい。使うのに支障がある様なレベルなら新しい物と交換します。容器代とかは不要です。勿論、わざと破損させたとかそういう場合は駄目ですよ。」


 中々鋭い質問をする奴もいるな。事前に対策を考えておいて良かった。


「今説明した内容は次回の教室で配る月謝袋に、保護者の方向けの説明用資料を入れて渡しますので読んで貰って下さい。他に何かありますか? 無い様なら各自、書道の方に戻って下さい。」


 価格改定やら容器の運用やらの説明を終え、通常の指導に戻る。これをもう一回、明日の社会人向け教室でもやらんといかんのか。教室が終わる頃、勝陽(まさあき)が俺に声をかけてきた。


「先生、さっきの空容器の返却で質問があるんですけど。」


「何だ? その場で聞きゃよかったのに。」


「うーん、ちょっと個人的な事なんで……空容器って返却が前提だと思うんですけど、毎回容器代払って返却しないってのは有りなんですかね。」


「出来れば返して欲しいんだけど何かあるのか。」


「今の容器もそうなんですけど、空になった容器を捨てずにずっと取ってるんですよね。」


「はぁ? 一年生で教室入ってから今までの分を? 五年間?」


「そうなんですよね。だから新しい容器になっても返したくないなって。」


「まず取っておく理由が分からん。コレクションか? 同じ容器ばかり集めても意味ないだろ。」


「コレクションというのではないんですけど……いや、ちょっとはそうなのかな。何というかですね、これだけの墨液使って練習したんだという努力のあとというか、練習の量を確認する事で励みになるというか、モチベーションにつながるというか、そんな感じです。」


「成程、そう言う事か。まぁ励みになるってのは分からんでもない。五年間だと相当溜まってるんじゃないか?」


「ちゃんと数えた事は無いんですけど大きい方で三十か四十位かな、小さいのも何本かありますけど。実はこれ、兄ちゃんがやってたんですよね。それに倣って姉ちゃん達もやり始めた感じで……おかげで一時期はうちの家ん中、墨液の空容器がゴロゴロしてました。」


「兄弟全員でかよ。すごいな。」


「さすがに姉ちゃん達は書道教室辞めた時に処分したんですけど、兄ちゃんはいまだに取ってあるんですよね。俺が溜めてるのを見て、まだまだだなとか言って弄ってくるんですよ。」


「あー、何か朋照(ともてる)なら言いそうだな。」


「そんな訳で容器代払ってでも空容器は取っておきたいんです。」


「分かった。毎回容器代を払うって事ならそれでもいいよ。容器代込みでも今よりは安くなるんだしな。」


「それじゃそうします。ありがとうございます。」


「おぅ、それが励みになるってんならそうしろ。」


 色んな奴が居るんだな。まぁそれでモチベーションが維持出来るならそれも有りだな。玄田兄弟の思いもよらない発想に少し感心した。

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