小六編 第90話 Drop-shipping
白井物産との渡りはつけた。あとは白鳳に一応報告はしとかなきゃならんな。
「トゥルルル、トゥルルル……ガチャ」
「はい、白鳳書道会です。」
「梨香さんですか。お世話になります。白石です。」
「あら、優くん、こんにちは。」
「霞碩先生はいらっしゃいますか。」
「ごめんなさいね。今日はちょっと出かけてるのよ。」
「そうですか。ではあらためてお電話します。何時頃お帰りか分かりますか?」
「多分、夜遅くなると思うわ。明日なら朝から居るけど。」
「そうですか。では明日あらためて。」
「伝言があれば聞いとくけど?」
「うーん、これは直接お伝えした方がいいと思うので。」
「内容、言ってみなさいな。直接言うべきかどうかの判断もしてあげるから。」
「そうですかぁ。実は誠に言いづらいんですが、書道用品の仕入れ先を白井物産に変更するかもという話なんですが……」
「そういう事ね。いいんじゃない。」
「か、軽いですね。いいんですか? 白鳳の売上が落ちる事になりますよ。」
「売上があっても利益は殆ど無いもの。寧ろ仕入れた物を各教室に振り分けて発送するのが大変。」
里子先生と話して予想してた通りの反応だ。
「えーと、それは霞碩先生も同じ意見ですか。」
「概ねそうね。私ほどじゃ無いけど。仕入れやら発送やらの処理は私がやってるんで、あの人はあの大変さが分かって無いんだわ。」
「そ、そうですか……」
うーん、家庭内の愚痴は勘弁して欲しい。
「で、良くんとこで仕入れるのは全部? それとも白鳳も少しは残るのかしら。」
良樹も良くん呼びである。まぁ俺達が子供の頃からのつき合いだからな。
「その辺はまだ検討中ですが、白鳳への発注は全て無くなる可能性もあります。さすがに白鳳、あっ、これは会報誌の事ですが、それは残りますね。」
「白鳳の発送も無くなっちゃえばいいのに。」
「いや、それはいかんでしょ。」
白鳳書道会の根底を覆す発言である。ただ梨香さんは発送処理をやりたくないだけなんだろうな。ちょっと考えて提案してみるか。
「因みに白鳳や物販品を発送をしている教室は何箇所位あるんですか?」
「白鳳書道会に所属している教室は全国で二百程なんだけど、物販品を発送してるのは四割、八十ってところね。白鳳は教室全てに送ってるけど、それに加えて個人宛のものもあるから三百近いかしら。」
「結構ありますね。利益が殆ど無いならやる気が失せますね。」
「でしょー。だから少しでも発送先が減るなら私は大歓迎なの。」
「分かりました。梨香さんの為にも物販品は出来るだけ白井物産に発注する様にします。」
「旦那にもよく言っとくわ。」
「お願いします。念の為、明日また電話して霞碩先生にも断り入れておきます。」
梨香さんとの電話を終え一息つける。明日あらためて電話はするが、白井物産への乗り換えはあまり問題無い様だな。それにしても物販品や白鳳の発送がそんなに大変だったとは……利益が殆ど無いならやる気が削がれるのは当然だわな。
おっと、良樹からメールが来た様だ。発注書というか仕入れのお値段表と言ってもいいな。どれどれ……金額を斜め読みしてみる。何となくだけど白鳳から仕入れる場合より平均で数%程度安いみたいだな。2%程度の物もあれば10%近い物もあるけど、出る数にも依存するから単純に平均で語る訳にはいかんが、概ね5%と仮定する。良樹は白鳳にもこの値段で卸してるのかな。だとすると白鳳の利益としては5%って事になる。良樹んとこの仕入れ値はどれくらいだろう。仮に売値――塾生が買う値段ね――の80%とする。で、白鳳には売値の5%引きの95%で卸す。80%仕入れの95%卸しで15%の利益か。まぁ送料とかもあるからこんなに単純ではないんだろうけどな。
良樹にDrop-shippingを提案してみようか。顧客――ここでは各教室の事だな――は白鳳に発注するのだが、白鳳はその発注リストを白井物産に流す。白井物産は物販品を白鳳に届けるのではなく、直接顧客に発送する。白鳳は顧客からの売上げから自分の利益分――仮に5%とする――を引いて残りの95%を白井物産に入金する。これで少なくとも白鳳や白井物産の利益率は従来と同じ事になる。ただこれだと白鳳は教室毎の仕分けや発送の手間が無くなるけど、良樹んとこはその手間を被る形になるんだよな。そこは白鳳の取り分を減らして白井物産の取り分を増やす形にすればいいのかな。あと白鳳が顧客から貰った送料は取り分関係なく白井物産に全部渡すって事にしないとな。実際、白鳳は発送してないんだから。
よし、こんな感じで良樹に提案してみよう。そんで理解が得られたら明日の電話で霞碩先生にも話してみよう。あとは霞碩先生と良樹の話し合いで細かい取り決めをして貰えばいいか。
「はい、白井物産です。」
「お世話になります。白鳳書道会の白石と申します。白井専務をお願いします。」
「少々お待ち下さい。白井専務、お電話です。白鳳のびゃくせきさん?です。」
「お待たせしました。白井です。」
「俺だよ俺。」
「またオレオレ詐欺か。何の用だ。ボトルの件はまだ動いてないぞ。」
「それは分かってる。ちょっと提案があるんだが、お前んとこでDrop-shippingやんない?」
「ドロップシッピング? 何だそれは?」
俺はさっき考えた白鳳と白井物産の物と金の動きを説明する。
「要は白鳳でやってる発送を白井物産に丸投げする形だ。物流の外注化と言えばよいか。物流に関してはお前の所の方がよく分かってるだろ。プロなんだから。」
「うちの手間が増えるだけなんだが……」
「そこは白鳳の取り分を減らすとかで調整しろよ。あと配送業者とは包括的な契約してるんだろ? 白鳳から送料丸々貰って、実際にかかる送料で吸収するとか色々あるだろ。」
「まぁ検討はしてみる。この話は白井先生にしてるのか?」
「いや、まだだ。お前が前向きなら明日別件で電話する時に提案するつもりでいた。してもいいか? そんで白鳳側が乗り気なら細かい所の詰めはお前の所でやればいいよ。」
「それでいいよ。相変わらず無駄に行動力だけはあるな。お前にメリット無いだろ。」
「メリットは無いが梨香さんが大変そうだったんでな。それとこれは白井先生にも話すつもりだが、既に白井物産と直接取引してる教室は現状を維持して貰う様にお願いする予定だ。俺の所も含めてな。それとお前の所に約束して貰いたいのは、白鳳経由の教室との直接取引は積極的に営業しないで欲しいんだ。勿論、向こうから白井物産に直接取引を持ち掛けてくる教室までは強制出来ないんだが。」
「白鳳の利益もある程度は確保しないと、という訳か。その件については了承した。」
「まぁ紳士協定のレベルになるだろうけどな。明日、白井先生と話して前向きな様ならお前に連絡入れるわ。そしたらあとは白鳳と白井物産で直接話し合ってくれ。」
「へいへい、分かったよ。」
「あっと、これも確認しとかなきゃ。送って貰ったリストにあった仕入れ値だけど、白鳳に卸す時もこの金額なのか?」
「そうだよ。同じ金額にしてる。」
「となると梨香さんが言ってた様に白鳳の利益は殆ど無いんだな。因みに白井物産の利益率はどれ位になるんだ?」
「言う訳ないだろ。」
「最終価格、つまりエンドユーザーが買う値段の35から40%位と見たが?」
「そんなにある訳ないだろ。」
「って事はやっぱり15から20%位って事か。」
「この野郎、カマかけやがったな。」
「その反応は図星って事だな。」
「しまった。」
「まぁその反応自体も演技って可能性もあるんだが。まぁ聞かなかった事にするわ。」
「白井先生には言うなよ。絶対だぞ。」
「それは、押すなよ、絶対押すなよ、的な?」
「違うわ!」
「白井先生には言わないよ。俺との直接取引の際に参考にするだけだ。」
「全ての利益率がその数字だと思うなよ。」
「分かってるよ。他の商社と比較するのに使うだけにしとくわ。」
「やめてくれ。」
漫才の様な会話を終え、夕食の準備を始める。腹減った。今日は良樹や梨香さんとの電話でバタバタしてて昼抜いちまったからな。ご飯は……一合分程残ってるな。焼き飯でも作るか。炒飯ではなく焼き飯だ。コショウたっぷり、玉ネギたっぷりの男飯だ。




