小六編 第9話 静来襲
次の日、土曜日。今日は夜に中高大学生、社会人が来る日だ。彼らは金曜か土曜のどちらかに来る事になっている。部活や仕事で金曜だけ、あるいは土曜だけしか時間が取れないという者が多いためフレキシブルに対応出来る様にしている。もっとも社会人はほとんどいないんだけどね。仕事持っちゃうとどうしてもこういう習い事に使える時間は無くなってしまう。俺もかつては会社員だったからよく分かる。ついでに言うと大学生はもっと少ない。というか今通ってる大学生って一人じゃなかったかな。
小さい頃から通ってる子は大体中学か高校位で辞めてしまう。さらに大学へ進学すると都会へ出てしまう地方都市の悲しさで、そうなるとその時点で物理的に通えなくなってしまう。今も通ってる大学生の子は偶々地元の大学に進学し家から通学しているので、何となく惰性で続けている感じだしな。
社会人の人達は小さい頃から通っている訳では無く、大人になってから来始めた者が殆どで経験者も多い。なので俺が指導するというより――勿論、請われればするが――趣味としての書道が出来る場所の提供、検定、書道展への出品の御膳立ての役割をするという意味合いが強い。
うちは小中学生がメインの教室でぶっちゃけ高校生、大学生なんかは高校、大学の書道部やサークル等に所属した方がいいと思う。俺は小中学生の指導で手一杯なので。うちの教室は書道人口を増やす為のたたき台の役割だと思っている。裾野が広がれば上の段階に進める人数もそれなりに増えるだろう。例えるなら野球のリトルリーグみたいなもんか。
さて、今日の準備…なのだが特に無いんだなこれが。塾生がやって来るのは夕方以降だし、小学生はおらず皆自主的に動いてくれるから面倒な作業も無い。玄関の掃除とまた庭――と言うにはおこがましいのだが――の手入れでもするか。
教室の玄関を軽く掃いてバケツと柄杓で水打ち、そのまま外に出て残った水をヘチマにやる。他の植物にも水やりをしようとバケツに水を汲むべく、外に設置してある蛇口――例の井戸水を利用している中水道――へ向かう。中腰になって水を汲んでいると
「先生、しゃがむとお腹が邪魔になりません?」
「うるせぇな!いい感じに貫禄が出てきましたね位のお世辞言えんのか。」
「私、自分に正直に生きておりますので。」
出会い頭の毒舌である。いつもの事だが。
梅宮静、社会人二年目か三年目位の塾生だ。大学の頃から通い始めてもう五年位になるのかな。
「大体何でこんなに早く来たんだよ。」
「別にここに来た訳ではありません。お隣にお届け物がありまして。」
そう言えばこいつは竹内家の親戚だった。たしか月子の再従姉にあたるんじゃなかったかな。
「お中元でも持って来たのか。」
「ええ、家の付き合い事です。」
竹内家は地主でそこそこの資産家だがこいつの家も結構裕福だった筈。家同士の付き合いとか俺なんかからすれば面倒事でしかない。
「あっ、いたいた。静ちゃん、婆ちゃん待ってるよ。」
月子が静を探しに来た様だ。
「月子ちゃん、こんにちは。お婆様、お待たせしてしまった様ですね。」
「もぉ、静ちゃん、先生にかまって欲しいのは分かるけど仕事の邪魔しちゃ駄目だよ。」
「か、かまって欲しいんじゃありません。ちょっと揶揄ってただけです。」
言いたい放題である。
「はよ行け。竹内の婆ちゃん、待たせるのは悪いだろ。」
「では後ほど、失礼いたします。」
ホントに失礼だよ。わざわざ俺をディスりに来たのか。この腹だって一部では大人気なんだぞ。本当に極一部でだが。さて残りの植物に水をやってと。
「行ってきました。」
「わっ! 脅かすな。」
「先生が勝手に驚いたんです。」
「随分とお早いお戻りで。」
「月子ちゃんに色々と密告られまして、お小言貰いそうだったのでお中元、速攻で渡して逃げて来ました。」
「何やってんの、お前。」
「月子ちゃんには後でしっかりと報復しようと思います。」
「するな!」
「という訳でちょっと早いですけど教室に入れて下さい。」
「どういう訳だか文章が全くつながらないのだが?」
「これから家に戻るのが面倒くさいんです。」
「最初からそう言えよ。ここに居るのは構わんから水やりとか仕事手伝え。」
「それ位ならやってやらん事もないですわ。」
「何で上からなんだ。婆ちゃん呼ぶぞ!」
「全力でやらせていただきます。」
最初から素直に聞いときゃいいんだ。とは言ったものの水やりなんてすぐ終わるし何か他の仕事あるかな。態々仕事作るのもなぁ。
「水やり終了です。他にお仕事無いのなら教室で休みたいです。」
「ちょっと待て、今お前にも出来そうな事考えてる。」
「そうそう、忘れてました。先生にもお中元持って来たんです。」
「ゆっくりお寛ぎください!」
よ、弱い……、フン、何とでも言うがいいさ。
「普通こういうの、最初に出さないか?」
「重要事項以外は後回しです。私は必要無いって言ったんですけど両親が持って行けと煩いので仕方なく。」
「本当に正直だな、お前は。まぁ、お中元に罪は無い。有難く頂戴する。ご両親によろしく言っといてくれ。」
お中元の入った紙袋の中を見てみると何やら封筒らしき物が入っている。メッセージカード的なものかなと封を開けて見てみると
「お世話になっております。いつも娘がご迷惑をかけておりますのでお詫びの品と思って下さい。従いまして返礼は不要です。」
ご両親が不憫に思えてきた。
「立ち入った事を聞くようだが竹内家と梅宮家はどういうつながりの親戚なんだ?」
「竹内のお婆様は梅宮家から嫁がれたんですの。うちのお爺様の妹になります。」
「なるほど、静と月ちゃんは再従姉妹だったな。そういう事か。」
「何でもうちのお爺様と亡くなった竹内のお爺様が御友人だったそうで。」
友人の妹を貰った訳か。竹内の爺ちゃんは。
「竹内のお婆様は梅宮の出なので梅宮、それも特に女性には厳しいのです。」
「そ、そうか。お前はもう少し厳しくしてもらった方がいいよ。婆ちゃんによく言っとくわ。」
「やめて下さい!」
こいつにも苦手なものがあったんだな。