小六編 第88話 エリア
88話という事で最初と最後にネタをぶっこみました。
「先生、これにサインして下さい。」
彩音が何かの書類を持ってきた。
「何だこりゃ?」
「外泊証明書です。さぁ、サインを。」
「待て、外泊証明書だとぉ?外泊証明書にサインしたらエージェントに連れて行かれてどこぞのエリアで外人部隊に入隊する事になるんだろ。除隊するには三年間兵役に就くか150万ドルの違約金を払うしか無いという。」
「何言ってるんです?」
くそー、今の若い子には通じないのか。
「そもそも誰が外泊して誰に対して誰が証明するんだ?」
「私が外泊してうちの親に対して先生が証明するんです。さぁ、サインを。」
「待て待て、お前はどこに泊まるんだ。そして何故俺が証明する事になるんだ。」
「書類に書いてあります。この教室に泊まります。だから証明出来るのは先生だけです。」
一応、書類に目を通す。内容的には今日の夜、彩音が勉強の為うちに泊まる事を俺が証明するって内容だった。
「ツッコミどころ満載なのだが、そもそも何の勉強するんだ?」
「実際にはマンガの仕上げをやります。こないだ先生に拘束プレイと放置プレイをやられて仕上げが出来なかったので。」
「俺がやった訳では無いけどな。自業自得って言葉知ってるか? この場合、自縄自縛でもいいな。それに何でうちなんだ? 月子んちでもいいんじゃないか?」
「ツッキーのとこだと勉強じゃないのがバレバレなので……過去に何度もやって信用がありません。」
「それも自業自得だな。それで俺かよ。」
「先生ならまだ信用があると思うんですよね。さぁ、サインを。」
「却下だ!」
書類をビリッと破く。
「あぁー、何て事するんです!」
「小学生女児を泊めたなんてなったら俺が死ぬわ! 社会的に! しかもその証明を俺がするなんてどんな罰ゲームだよ。」
忙しさにかまけて先送りにしていた書道教室で扱う物販品――墨液、半紙、筆等の消耗品、硯、文鎮、下敷き等の道具類――の仕入れ先について、そろそろ考えなきゃならん。ネットではメーカーや扱っている商社等について調べていたんだが、安値取りをすると注文先が多岐にわたって分散し、送料なんかも考慮すると却って高くなってしまう為どうしたものかと決断しかねていたのだ。こんな時は先人の知恵にすがろう。他の教室ではどうしてるのか情報収集だ。ビッピッピッとな。
「はい、芝田です。優くん、元気してる?」
相変わらずの優くん呼びである。
「いつもお世話になっております。里子先生、教室の運営についてご相談したい事があるんですが、少々お時間頂いてもよろしいでしょうか。」
「あら何かしら? 私で答えられる事であればいいんだけど。」
「教室での物販品の事なんです。先生の教室で使ってる墨液や半紙はうちで使ってる物と同じだと莉紗から聞きました。という事は白鳳から仕入れてるんだと思うんですがそれで合ってます?」
「あー、まぁ大体は合ってるわね。」
「曖昧な言い方ですね。」
「正確に言うと、一部は白鳳から、それ以外は他の所からって言えばいいのかしら。」
「具体的にはどういう事です?」
「そうね、例えば墨液なんだけど、白鳳では400mlと200mlのがあるでしょ。うちは大字書やる生徒もいるのでリットル単位のものを買う事があるのよ。それは白鳳では扱って無いので別の所から仕入れてるわね。」
「そのリットル単位で買ってる墨液のメーカーは白鳳の400mlや200mlのメーカーと同じ所ですか?」
「そうよ。同じメーカーを指定して探して貰ったの。」
「探して貰ったという事はどこか商社とか販売店経由って事ですか?」
「そう、良くんの所よ。」
「良くんって良樹の事ですか? 白井良樹?」
「そうそう、あなた同級生じゃなかったっけ?」
「そうです、同級生です。その呼び名は不本意ですが優くん良くんコンビです。あいつ、今そんな仕事してるんですか。実家の仕事してるんだと思ってましたけど。」
白井良樹――白鳳書道教室に通ってた俺と同学年の塾生だ。小学校、中学校は校区の関係で違う学校だったが、高校で同じ学校に進学した奴だ。実家は確か建材か何かの製造をやってる会社で、大学卒業後はその実家の仕事をやってるって人づてに聞いた事がある。尚、白井姓だが白鳳の白井先生と直接の関係は無いらしい。良樹に白井先生とは親族関係になるのかと聞いた事があったが、七、八代も遡ればつながりあるかもしれんけど、少なくとも今はそういう付き合いは無いと言われた事がある。あの辺りは白井姓が結構多いからなぁ。
「実家はお兄さんが継いで、良くんはその子会社みたいな所に居るらしいわ。その子会社って言うのが商社みたいな事やっててね、書道関係というより事務用品やら文房具とかをメインに扱ってるらしいわ。実家の購買部門が独立して商社になって、実家以外の所にも色々卸してるみたいね。白鳳もそこ経由で買ってる物があるって事で紹介してもらったの。」
「里子先生の所は墨液は全て良樹の所からですか? 400mlや200mlも。」
「そうしてるわ。だって400mlと200mlは白鳳から、リットル買いは良くんの所からなんて面倒じゃない。」
「因みに仕入れコスト的にはどうでしょう? 良樹の所からだと大分安いとか?」
「ほぼ変わらないわね。良くんの所から仕入れる事になる時に色々調べたんだけど、結局白鳳も良くんの所から仕入れて、それを各教室にそのまま流すみたいな感じなのよ。多少上乗せはするみたいだけど、白鳳としてはあまり物販で儲けようとは思って無いみたいね。」
「となると、白鳳から良樹の所に仕入れ先を変えたとしても、白鳳の売上は減るけど利益は殆ど変わらないって事になりますね。」
「一括で仕入れて各教室に振り分けて発送する手間も無くなるわね。それに消費税の計算も量が減る分、楽になるかもね。」
仕入れ値と売値が同じならば、仕入れた時に払った消費税額と売った時に払ってもらった消費税額が同じになり、結果的に納める消費税額が0になる。但し、帳簿上はその計算をしなければならないので、その手間が無くなるのであればそれはメリットになるという訳だ。
「その辺りは白井先生にも確認してみます。仕入れを良樹の所に変えさせて頂きますって言っといた方がいいと思いますので。」
「多分大丈夫よ。私が言った時もそんなに気にしてないみたいだったから。」
「そうですか。情報感謝します。それと良樹の所の商社の連絡先や、具体的な仕入れコストについても分かる範囲で教えていただければ助かるんですが。」
「だったら娘に聞いた方がいいわね。最近は物販については娘に任せてるから。発注もパソコンとかメールでやり取りしてるみたいだし、そうなると私はお手上げだから。昔はFAXだったから私でも何とかやれたんだけど。」
「秀子ちゃん、今居ます?」
「ちょっと待ってね。代わるわ。秀子、優くんよ。物販品の仕入れについて聞きたいんだって。」
秀子ちゃんに代わってもらう。今、大学一年生だっけ?
「代わったわよ。何よ、私は忙しいんだからね!」
「スマンな、秀子ちゃん。ちょっと墨液なんかを仕入れてる商社の連絡先や仕入れ値の情報を教えてもらいたいんだけど。」
「白井物産のこと?」
「白井物産って名前なのか。まぁ良樹の所だからな。」
「あんた白井物産の取締役に対して失礼だわね。」
「えっ、良樹って取締役なの? って親が社長なんだろうからそうなるんかな。」
「馴れ馴れしいわね。お母さんも良くんなんて呼んでるけど。」
「同じ白鳳の教室に通ってた俺の同級生なんだ。高校も一緒だった。」
「そうなの? かたや取締役でかたやしがない書道教室の先生…」
「うるせいやい!秀子ちゃんだってその書道教室の先生目指してるんじゃないか。」
「あくまで比較対象よ。同級生なのに取締役ってのがね。」
「とりあえず連絡先教えてくれ。電話番号やらメールアドレスやら。」
「ちょっと待ちなさいよ。電話番号は……で、メアドは……」
「あとその白井物産からは何を仕入れてるか教えてくれ。仕入れ値とかも。」
「えーと、まずは墨液ね。400mlと200ml、あとはリットル物で2リットルと5リットル、仕入れ値は……」
「他には? 半紙とかは?」
「半紙は1,000枚単位で仕入れてるわね。あと半切やら大字書用の紙とか。」
「半紙1,000枚と半切の仕入れ値教えてくれ。大字書はうちはやらないからいいや。」
「えっとね……」
「送料とかはどうなるんだ? 重量によって変わるとか?」
「確か一万円以上なら送料無料とかだったと思う。大体まとめて発注するから一万円超えるのよね。だからあんまり気にした事無い。」
秀子ちゃんから色々と情報を引き出す。助かる。
「最後の質問、バストサイズは?」
「88よ……って何聞いてんのよ! この変態! 変態! 変態大人!」
「色々ありがと! 里子先生によろしく。愛してるよ、秀子ちゃん。」
ぎゃぁぎゃぁ言われる前に電話を切る。まさか本当に答えると思わなかった。しかし88か……さすが秀子ちゃん、凸ってるなぁ。アハトアハトでティーゲル、パンツァーフォー!
さて、白井物産に電話してみるか。秀子ちゃんに教えてもらった番号にかける。本人居るかな?
「はい、白井物産です。」
女性の声だな。少なくとも本人ではない。
「私、白鳳書道会所属の教室を運営しております白石というものですが、白井良樹様はいらっしゃいますか?」
「少々お待ちください。白井専務ー、お電話です。」
取締役で専務かい、随分と出世したもんだな。
「お電話代わりました。白井です。」
「良樹、偉くなったんだな。」
「は? どなたです?」
「俺だよ俺。」
「オレオレ詐欺ですか? おい、そっちの電話から110番してくれ!」
「ちょっ、待てよ。俺だよ。優樹だ。優くん良くんの優くんだよ。」
「うわっ、そのコンビ名、久しぶりに聞いたわ。やめてくんない。」
「俺だって嫌だよ。黒歴史だ。というか元はと言えばお前んとこの……」
「悪かった、皆まで言うな。」
「今は白石だ。それでよろしく。」
「そういやお前、師範になったんだっけ。分かった。で、優は何の用だ?」
「白石つっただろ!」
「えー、なんか言いにくいんだけど。」
「書道教室で使う墨液や半紙なんかの仕入れ先をお前んとこにしたいんで、その相談なんだが?」
「何なりとお申し付けください、白石先生。」
よし、とりあえずマウントは取れたな。
「里子先生から教えて貰ったんだ。里子先生のとこ以外の教室にも卸してんのか?」
「あと十箇所程な。」
「里子先生の所で仕入れてる物は大体聞いた。書道関係で里子先生の所に卸している物以外で他に何かあるか? 書道関係の扱い品一覧というかリストみたいなものがあれば欲しいんだが。仕入れ値が入ってれば尚良し。」
「それだったら書道物販の注文書が丁度いいな。名称と値段が載ってる。それに数量を入れてうちに送って貰う用のExcelファイルがある。メール添付で送ってやるよ。」
「そういうのがあるのか。是非頼む。文字だけじゃ何か分からん物があるかもしれんからその場合はあらためて聞くわ。あとリストに載ってない物も頼むと思う。探して貰う必要があるかもしれんが。」
「任せろ。金さえ積めばクレムリン宮殿だって持って来てやる。」
お前はどこのエリアの武器商人だよ。