小六編 第87話 くっころ
「これは一体……」
大慌てで教室に戻った俺がそこに見たのは、黙々と書を書き続ける莉紗と……あー、何か転がってるな……無視したいんだが。うん、見なかったことにしよう。何故かアメリカのホームドラマの様に唐突な笑い声が聞こえた様な気がした。
「莉紗、留守番ご苦労。調子はどうだ。」
「うー、むごぁ!」
「うん、昨日よりはいいと思うのが何枚か書けた。もう少しがんばってみるからあとでえらんでほしいの。」
「はんめ、むぉ、ごふぇー!」
「分かった。じゃ俺は自分の仕事してるからな。」
「もぉー、しぃふぉ、らんめぇ!」
えぇい、敢えてスルーしてるのに煩い奴だ。そこまで自己主張したいか。
「一応聞く。この転がってる奴はどうしたんだ?」
「おそわれたからスタンガンではんげきして動けなくしてからしばった。あとうるさいから口もふさいだ。」
まぁ予想通りの回答だった。あのヒモ、いつも俺が古紙を縛ってるのに使ってるヤツだな。引っ張りには強いから引き千切る事はまず無理だな。あと猿轡のタオルはミユキチの寝床に使ってるヤツじゃないか?
「ヒモもタオルもミユキチが持って来てくれた。」
成程、ミユキチ、GJ?なのかな。縛ったのはさすがに莉紗だろうな。ミユキチじゃ出来ないだろうし。後ろ手に縛ってしかも足も縛り背中側で手足を結ぶ。これによりエビぞりでの拘束になるのだが、これだと横に転がることも出来ないから動きを制限するという意味でも効果的だ。なかなかやりおる。
「もがぁー、むごるぅ! ふがぁ!」
「やれやれ、言い訳くらいは聞いてやるか。」
俺は彩音の頭の前にしゃがみ込み、VAPEの煙――実際にはグリセリンの蒸気だから害は無い――を思いっきり顔に吹きかけてやった。さすが高出力ベイポライザー、煙(蒸気)の濃いこと濃いこと、彩音の顔の周りが真っ白になって視界が遮られる。ゲホゲホ言ってる様だが――猿轡してるからよく分からん――煙じゃ無いから咳き込むわけは無いんだがな。
「解いてほしいか?」
彩音はコクコクと頭を縦に振る。寝転がってるから実際には横の動きになるんだがな。
「よし、とりあえずは口だけ利けるようにしてやる。」
猿轡のタオルを解いてやる。これで喋れるだろう。
「くっ、殺せ!」
いきなり「くっころ」かよ。お前はどこの女騎士だ。じゃ何か、俺はオークか?まぁ腹周り的にはオークと言われても仕方無いんだが。と言うかお前、「くっころ」言いたいだけだろ。
「殺す訳にはいかんな。」
「やっぱりこれから凌辱の限りを尽くつもりですね。おのれぇ。」
「莉紗が居るのにそんなことする訳無いだろ。」
「じゃ居なかったらするんですね。この鬼畜! 莉紗ちゃんを帰した後、一晩中あんな事やこんな事やあまつさえそんな事まで! それでビデオや写真撮ってバラ撒かれたく無かったら、これからも言う事聞けって脅迫ですか。憐れにも虜囚の辱めを受けた私は調教され、最後には先生無しでは生きていけない体に……くっ、殺せ!」
「よくもまぁそんな妄想が出来るもんだな。お前の好きな薄い本に毒され過ぎだろ。」
「そういうシチュで一本描いてみていいスか?」
「お前、反省して無いだろ。暫くこのままな。」
「そんなぁー!」
ジタバタと転げ回る彩音、いや実際には転がれないから床の上でのたくってるだけなんだけどな。この機会にちゃんと言っとこう。
「莉紗を襲ったり手を出したりしないと宣言しろ。」
「わ、私は莉紗ちゃんと仲良くしたいだけなんです!」
「仲良くしたい相手になんで襲いかかるかな。お前の仲良くの内容がいまいち分からん。」
彩音の仲良くの定義は一般人とは異なるのだろう。きっと邪な仲良くに違いない。
「莉紗、こんな事言ってるけど? こいつ、解放したらまた莉紗に襲いかかって来るかもしれないんだけど、どうしたらいいと思う?」
私?と莉紗がこちらに反応する。どうやら今までのやり取りは完全無視だった様だ。
「莉紗が被害者で尚且つ討伐者だ。この彩音の処遇は莉紗に決める権利がある。」
うーん、と莉紗が考えている。莉紗にしてみれば面倒くさいんだろうな。
「別にどうもしなくてもいいよ。おそいかかって来てもあのていどならげきたいできるし、すぐに狩れるし。手を出してこなきゃふつうに相手するし。」
「そ、そうか……」
何やら物騒な単語が莉紗の口から発せられてるんだが……まぁ聞かなかったことにしよう。
莉紗は何枚か仕上がった書を俺に出してくる。確かに昨日出したものよりは良くなっている。一枚を選び昨日のものと差し替えて検定に出すことにした。ここまでやったんだ。受かるといいな。
彩音? あいつは土曜の夕方の教室が始まる直前まで拘束したまま床に転がしておいた。さすがに社会人の塾生に見られたら俺が変態の誹りを受けるかもしれんからな。結局、佳境という事だった仕上げの作業は全く出来なかった様だな。




