小六編 第80話 争奪戦
翌日の月曜日、早速莉紗がやって来た。それも一時位に……
「早いな、まだ一時だぞ。」
「今日は転校のてつづきだけだったから。ごはん食べてすぐに来たんだよ。」
修道教室は三時からなんだが……ま、いっか。
「仕事してるからあんまり構えんぞ。」
「莉紗、新しいきょうかしょ見てる。」
「向こうの学校とこっちじゃ教科書違うのか?」
「ほとんどは同じだけど社会と音楽がちがうみたい。」
同じ県内なら同じ教科書なんだろうけど、隣県と言えども県を跨ぐとそういう事もあり得るな。
「そっか、先生、庭の片付けあるから外に居るからな。」
「分かったぁー。」
莉紗を教室に入れ、俺自身は庭へ出た。片付けって言っても畑の草取りや水やりだけどな。お、ミユキチ、今日はパトロールか? 俺が庭に出たのを見計らった様にミユキチが姿を現した。「ミャン!」と一声鳴くと垣根の下側を通って外へ出ていった。やっぱりパトロールか。
一通り庭、というか畑の手入れをしてから教室へ戻る。莉紗が新しい教科書を興味深げに眺めていた。小学生の社会の教科書とか、読み物感覚で見るのも面白いかもな。莉紗を横目に俺は事務処理の仕事に戻った。大変な月末の仕事――塾生ごとの請求明細書の入った月謝袋の準備、検定書の提出等――は先週終わったから今やるべき事は殆ど無い。せいぜい在庫の少なくなった物販品の発注くらいだ。そういやいつも白鳳にお願いしている物販品の発注先を検討するつもりだったな。
「莉紗、ちょっといいか?」
「何?」
「向こうの教室で使ってた半紙や墨液はうちのと同じ物か?」
「すみは同じだよ。半紙は……多分おんなじだったと思う。」
「曖昧だな。」
「半紙のしゅるいとかは分かんないけど、書いてる時のかんかくが同じだったから多分同じ物だよ。」
「そういう事か。よし、里子先生に聞いてみるわ。ありがとう。」
同じ物だとすると里子先生の教室はやっぱり白鳳から仕入れてんのかな。今度ちょっと探りを入れてみるか。えーと、この墨液のメーカーはと……ネットで墨液やら半紙のメーカーのサイトを漁っていると、莉紗が俺の席までやって来た。
「どうした? 教科書はもういいのか?」
「先生、何見てんの?」
「墨液や半紙について色々調べてるんだ。」
「莉紗も見る。」
「かまわんがあんまり面白いもんじゃないぞ。」
「いいの、先生といっしょに見る。」
そう言うと莉紗は俺の膝、というか胡坐をかいている足の上に乗り、俺の腹にもたれかかる。俺は座椅子じゃないんだが。
「えへへ……ポヨンポヨンだね。」
莉紗にとって俺の腹は程よいクッションの様だ。暫く一緒にPCの画面を見ていたが、莉紗はしだいにウトウトし始め、ついには寝てしまった様だ。やっぱりつまんなかったかな。というか、これどうすんだよ。動けないんだけど。
俺が困っていると、パトロールから帰って来たと思われるミユキチが歩み寄って来た。俺の膝の上にいつもは無い邪魔物があると気付いたミユキチは、なんとかその邪魔者を排除しようとするが動かない。そりゃ流石に子供とはいえ人間だからな。しまいにはテシテシと猫パンチを繰り出すに至った。おいおい、莉紗が起きちゃうぞ。
「んぁー、先生、おはよ。」
ミユキチの攻撃により莉紗がムクリと起き上がる。起き上がった事によって空いたスペースにすかさずミユキチが潜り込み、占有権を主張する。
「あー、駄目だよ、ミユキチ。そこは莉紗の枕なんだから。」
負けじと莉紗も占有権を主張する。いや、俺の物だからね。莉紗はミユキチをどかそうと四苦八苦するが、ミユキチも俺の足に爪を立てて引き剥がされまいと抵抗する。痛いって。
「シャー!」
「がうー!」
暫く威嚇し合った二人?だが、ミユキチが「ちょっとツラ貸しな」と言わんばかりに顔をクイッと横に振ると玄関の方へ歩いていく。「表へ出な」って事か? 莉紗も対抗してミユキチに付いて行く。一体何が始まるんです?
心配になって付いて行くと、庭で睨み合いが継続されていた。というかお互いに間合いを取っている様な……おいおい、決闘でも始まるのかよ。
「莉紗もミユキチも何してんだ。ケンカするな。」
「先生はだまってて! ぜったいに負けられないたたかいがそこにあるの!」
「ミャー!」
幼女と猫の決闘が始まった。まずはミユキチが速さを武器に先制攻撃、それを躱して莉紗が何とかミユキチを捕まえようとする。捕まってしまえば体格差がある為、莉紗が圧倒的有利になる。そうはさせじとミユキチも莉紗の腕からスルリと抜け、後ろへ回ってから背中へ一撃。しかし弱い。ミユキチが着地した所に莉紗が蹴りを入れようとするもこれも躱される。そんな一進一退の攻防?が繰り返される。
うーん、ミユキチの方が有利かな。速さと持久力の面で莉紗を圧倒してると思われる。伊達に半年でこのあたりの縄張を制圧した訳じゃ無いな。相手は猫だけど。莉紗の方は息が上がってきてるな。このままじゃ数分も持たないだろう。ミユキチは余裕の構えだ。わざと莉紗が動き回らなければいけない様な機動を描いている。ありゃ莉紗のスタミナ切れを狙ってるな。気を付けて見てると、ミユキチの攻撃は全て莉紗の衣服の部分を狙って当てている。素肌を直接傷つけない様に配慮してるのか。こりゃ手加減してるってのがよく分かるなぁ。
予想通り、ついに莉紗はぶっ倒れた。大の字になってゼイゼイと息を荒げている。そんな莉紗を尻目にミユキチは俺の元にトコトコとドヤ顔でやって来た。撫でて褒めろって事か? お前、やり過ぎだ。とりあえず莉紗を休ませんとな。
「莉紗、大丈夫か?立てるか?」
「ゼイゼイ……」
無理の様だ。仕方ない。莉紗をお姫様抱っこして教室に戻る。とりあえず水分補給と体のクールダウンだな。ペットボトルの水を飲ませ、扇風機の風を当ててやる。そんな事をしていると、ミユキチがちゃっかり俺の胡坐の上で丸まってきた。莉紗が「ぐぬぬ……」とか言いながら悔しそうな顔でミユキチを睨みつける。ミユキチはどこ吹く風といった具合だ。どうやら今回の俺の膝争奪戦はミユキチに軍配が上がり、双方ともそれを認めた様だ。




