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小六編 第8話 オカン呼びは意外だった

 書を持ってくる子供達に指導を、と言っても時間的に帰す時間なので少々の事には目を瞑る。全員を合格にする訳では無いが今月はまだ二週目なのでそんなにハードルは上げない。


 小学生は五時半、遅くとも六時頃迄には帰らす様にしている。この御時世、夜遅くなると何があるか分からんしね。それにそれ位に帰さんと部活を終えた中高生、さらには仕事を終えた社会人がやって来る時間になり席が足りなくなるという事情もある。もっとも数はずっと少ないので席は半分も空けておけば大丈夫なんだが。


「あっ、新しい子入ったんですか?」


 そんな声をかけてきたのは中学生の美依(みい)だ。水泳部の部活帰りで髪がまだ乾いておらず濡れている。


「月ちゃんの同級生だ。」


「という事は六年生か。珍しいですね。その年代だと同級生でも居ない限りまず入りませんよねぇ。」


 土本(つちもと)美依(みい)、小二から入って現在まで通ってくれている中二女子だ。面倒見が良く、小さい子達からは「ミイ姉ちゃん」と呼ばれ懐かれている。


「どちらかと言うと修道の方が目当てみたいで、中学になっても続けそうだから面倒見たってくれ。頭良さそうだし美依の助手として育ててもいいぞ。」


「うーん、それは本人次第かな。私なんかは小さい頃から通ってて年長者に面倒見てもらってたから自分も下の子見てあげようとか思うけど、おっきくなってから入るとそういうの無いから本人にその気が起きないんじゃ無いかな。」


「確かにそうかもな。修道での様子見ながら判断するしかないか。美依もその辺の見きわめよろしくな。」


「はいはーい。まーかせて!」


 うむ、まったく頼りになる奴だ。実に男前(おっとこまえ)である。カッコいいぞ美依。着てる物はジャージだけど。


 さて彩音はと……もう「永」に入ってるな。と言うか白抜きなぞりが終わって普通に書く所までいったか。


「持永さん、今書いたやつと一番最初に書いたやつ、両方持ってこっちに来て。」


「あっ、はい。」


 膝立ちして立ち上がろうとする彩音だがそこで止まってしまった。あっ、足が痺れて立てないんだな。机に手をつきながら何とか立ってよろよろとこちらへ向かい…うん、こけたな。そのままズリズリと這い寄る様に俺の所まで辿り着いた。


「お、お待たせしました。」


 座る、と言うか正座が出来ないんだろうな。膝立ちの状態だ。それで指導を受ける気か、まぁいいけど。彩音が持ってきた「永」を見てみる。


「いいじゃないか、最初の『永』とは全然違うだろ。筆づかいが出来て字のバランスもとれてるんで良くなってる。」


 そう言いながら今日の成果に朱で丸をつける。


「では今日はここまで。気を付けて帰る様に。」


「はい、ありがとうございます。」


 いい笑顔しやがる。きっとうまく書けた喜びというよりもう正座しなくていいという気持ちの表れなんだろうな。


「月ちゃん、ちょっと手伝ってやってくれ。多分またこける。」


「はいはい。」


 月子に引きずられる様にして彩音は自分の席に戻る。


「あ、持永さん、言い忘れてたんだが今月中は体験入塾でいいけど来月からは正式な塾生になる。正式入塾前に保護者とお話ししとかんといかんから、今月中に一度でいいから保護者と一緒に来るようにしてくれ。」


 そう言って「入塾のご案内」という書類と言うかチラシを渡す。書道教室、修道教室の説明、かかる費用などの概略が書いてあるものだ。


「書道教室は金曜だけど月曜から木曜の修道教室の時でもいいぞ。三時から六時までは開いてるから。ただ説明する時間が必要だから五時位までに来て欲しい。」


「いつ来れるか親と相談してみます。ただうちの母親、平日午後から夕方はパートなんですよねぇ。」


「だったら平日午前中でもいいぞ。もうすぐ夏休みだから持永さんも一緒に来れるだろう。ただその場合は事前に言っといてくれ。それに合わせて教室開けるようにしておく。」


「わかりました。オカンに言っときます。」


 オカンて……こやつ、もう色々と隠さなくなってきたな。


「さて、小学生組は君らが最後だ。気を付けて帰りなさい。」


「はい、ありがとうございました。」


「ありがとうございます。」


 彩音と月子が連れ立って帰っていく。なかなか個性的な子だったな。ただちょっと暴走すると怖いな。


「美依はあの子どう見る?」


「ちょっとしか見てないからまだわかんないよ。でも初日でしょ? それなのにあそこまで指導するなんて早くないですか?」


「六年生相手だとやり方も違ってくるよ。理屈教えてそれを理解させながら教えられるから習熟も早い。調子に乗って色々と仕込んじまった。」


「そっかぁ、小さい子基準で考えちゃダメだね。」


「出来れば今月末の検定受けさせたいんだよね。」


「今月あと二回だよ。間に合うの?」


「やってみんとわからんが何とかなるレベルだと思う。受ける級落とせば大丈夫だろうし。低い級でも受かれば励みになるだろ。」


「そういう考え方もあるか。」


 美依とそんな話をしながら今後の彩音の指導方針について考える。よし、やっぱり来週は「月下氷人」を手本として渡そう。検定受けるかどうかはともかく早く他の六年生と同じ土俵に乗せた方がいいだろう。


 そして書道教室の夜は更けていくのであった。

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