小六編 第78話 教室の経営
「で、秀子ちゃんは今高三だっけ?この時期に書道展に出すなんて受験はしないのか?」
「結局でこちゃんなのね。まぁいいわ。大学は推薦が通ったから問題無いわよ。」
「ほほぅ、優秀だな。都会行っちゃうのか。」
「家から通える地元の大学よ。授業の合間にお母さんの教室手伝いながら師範になる為の修行するのよ。」
「そっかぁ……里子先生には後継者がいるんだな。羨ましいな。」
「先生のあとは莉紗が先生になるよ。」
「そうだったな。莉紗、頼むぞ。」
「えへへ。」
若干、跡継ぎの意味が違うような気もするが、莉紗の気持ちに水を差すような事はしない。ん、秀子がちょっと来いって言ってるな。何だよ、内緒話かよ。
「あんた、まさかとは思うけど莉紗を嫁にして自分の教室任せようとか考えて無いわよね。」
「そんな事出来る訳無いだろ。俺と莉紗って二回り以上違うんだぞ。親子位の年齢差でそれは無理があるだろ。」
「莉紗を嫁にしないまでも教室の先生として雇う気はあるの?」
「生徒が増えればその可能性はあるけど、今のうちの規模じゃ人雇える程の余裕は無いな。その人が食っていけるだけの給料出さなきゃならん訳だし。そう言った意味では嫁さんとか子供とかの身内が先生なら、多少の融通は利くからいいのかもしれん。」
「書道教室の経営って難しいわよね。私もこれからはそっち方面の勉強もしなくちゃいけないわね。あんたんとこ、補助というか事務員さん的な人もいないんでしょ? 物販とか検定の事務手続きとか生徒の相手しながらよく一人でやれるわね。」
「そこはそれ、一人だからこそ効率よく作業が出来る様に、色々と工夫する様になるもんなんだよ。確かに誰か補助してくれる人が付いてくれたら楽にはなるけどね。」
「私、検定の時とか月末になるとお母さんに手伝い頼まれるのよ。将来の為の勉強だと思ってやってるけど、あれを一人でやるとなると結構大変よね。」
「ま、一人でやる分にゃ気楽でいいけどな。失敗しても自己責任だ。でも他の人まで絡んでくるとなるとその人の生活もあるから。嫌な言い方をすると身内ならほぼ無料の労働力だから使わにゃ損ってとこもあるな。」
「そうよねぇ……」
秀子は俺の前で俯き乍らウン、ウンと呟いている。下を向いているので秀子のおでこが俺の前に突き出される形になる。
「やっぱり秀子ちゃんのチャームポイントはおでこだな。」
バッと顔を上げた秀子は自分の額を手で隠す。
「見るな! 気にしてんだからぁ!」
「えー、かわいいじゃん。おでこ、俺は好きだけどな。」
「あんたに言われてもちっとも嬉しくない!」
真っ赤な顔で抗議して来る秀子。この辺りは小学生の頃から変わっていない。
「もぉ! でこちゃんばっかりズルい!」
おっと、莉紗がおかんむりの様だ。
「はいはい、莉紗の書見たけど前よりずっと良くなってるな。検定も初段になったんだってな。」
「そうだよ、先生にがんばってるとこ見せたいからね!」
うぅー、えぇ子やなぁ……健気だなぁ。
「よーし、あと二年ちょっとでうちに戻って来るけどそれまでに特待生になろうか。」
「四年生までにとくたいせいだね。そしたらしはんになれる?」
「師範は高校生以上からだな。師範は字が上手いだけじゃなれないぞ。いっぱい練習して色んなことを勉強しなきゃならん。高校生になるまでは師範になる為の修行を頑張ろう。」
「わかった。莉紗がんばる。」
そう言うと莉紗は俺の腹に抱きついて顔を埋めてきた。あいかわらず俺の腹がお気に入りの様だ。
「あんた……やっぱり……」
「何を言っているのかね。これは莉紗の俺への敬愛の表れだ。挨拶みたいなもんだから気にするな。」
「お巡りさん、この人です!」
「ちょっ……やめろ、誤解されるだろ。」
「誤解じゃないと思うけど?」
「よく見ろ。俺が抱きついてんじゃなくて莉紗が抱きついてるんだからな。俺はされるがままになってるだけだ。」
「そこが問題なのよ! 莉紗! 離れなさい!」
「やだ!」
ギャースカ喚く秀子と莉紗。静かに見れないなら外へ出てなさいと里子先生に怒られてしまった。巻き添え食って俺まで……俺、一応審査員なんだけど……まぁ審査は終わってるから書道展が開かれてる訳で、そうなると俺はお役御免なのも事実だ。
「あんたのせいで追い出されたじゃないの!」
「俺かよ! 俺は巻き添え食っただけだろ。」
「あんたが莉紗を篭絡してるのが悪いのよ!」
「『ろうらく』ってなに?」
「篭絡っていうのはね、莉紗を手なづけて自分の思い通りにしようとしているって事よ。」
「莉紗、ろうらくされてるんだ。やったぁ!」
「駄目よ、篭絡されちゃ。」
うーん、外へ出てもこの調子じゃ敷地外に追い出されるかもしれん。
「よし、莉紗、何か食べに行こう。久しぶりの再会だからご馳走してやろう。」
「行く行く! 莉紗、パフェが食べたい。」
「じゃ、行くか。」
「ちょっと、私は?」
「付いて来てもいいぞ。奢らんけど。」
「そこは奢りなさいよ!」
結局、奢らされてしまった。畜生……
そんな感じで今後も莉紗とは年に一回位は会えるなぁと思っていたのだが、まさか次に会えたのがついさっき、つまりまたこちらに戻って来た時になるとはな。哲夫氏、莉紗に脅された……いやお願いされたとは言え本当に頑張ったんだねぇ。




