小六編 第56話 合宿五日目 槍槓国士無双
「一応終了の時間を決めておきましょう。徹マンと言っても翌日の事もありますから。俺としては六時位迄と考えてますがどうでしょう。」
「場主の意見は尊重します。」
「それでいいっスよ。」
特に反対意見は無い様だ。
「では六時の時点でやっている半荘で終わりという事にします。」
「先生、サシウマ握りましょう。」
また静が何か言ってる。
「何でだよ、さっき決めた取り決めでいいじゃんよ。」
「どうしても先生に奢らせたいんです。」
こいつ、よっぽど俺に恨みがあるんだな。そんなに俺が憎いか。憎いだろうなぁ……
「因みに条件と勝者敗者の処遇は?」
「単純に先生と私のトータルでの点数が高い方が勝ちです。敗者は勝者に二千円以内でご飯奢る事、これでどうです?」
静がニヤリと笑う。こいつまたロクでも無い事考えてやがんな。でも二千円か……それなら大した事は無いな。
「よし、受けて立ってやろう。後で吠え面かくんじゃないぞ。」
「勝っても負けても吠え面かくのは先生の方ですわ。」
ちょっと何言ってるのか分からない。どういう事だよ。勝人さん、何ニヤニヤしてるんですか。娘さんが何かおかしな事言ってますよ。
サシウマとなるととにかく静に勝てばいい訳だ。静に勝てば必然的にラスは無い訳で、全員への奢りも回避出来る。さっき迄もそうだったが静を狙い撃ち、静だけには振らない様に心がければいいのだ。トップになる必要は無い、ラスにならなければいいのだ。あとは勝人さんがどう動くか……静に利する様な事をするのであれば、それなりの対策も打たなければならない。まぁ何となくではあるが勝人さんはこの勝負を面白がっている様な節があるから、邪魔は無粋としてあまり介入して来ない様な気もする。
最初の半荘は大きな動きは無かった。俺も静も様子見で勝負には出ない状態だった。俺と静でお互いに警戒し合ってる状態と言っていいだろうか。振らない様に打ってるもんだから流局になるとノーテン罰符でどんどん削られていく。気づけば俺と静で最下位を争う形になっていた。上がりもしないし振り込んでもいないんだけどな。逆に言えば一つ大きな上がりをすれば、トップにはなれずともサシウマ相手には勝てる訳だ。全ては配牌と自摸次第だ。ここぞという時に勝負に出る。
先に動いたのは静だった。
「リーチ!」
五巡目リーチかよ。現物が殆ど無い。まいったな。とりあえず一発消しで……
「ポン」
静が睨んでやがる。せっかくの一発の芽を殺しやがって、てとこか。さて、ポンをしたはいいがここからだと喰い断位しか狙えないな。しかし相手はリーチをかけている。上がり牌以外は自摸切るしかないのだ。
「ロン、断么九ドラ1、二千の三本場は二千九百。」
静の捨てた三索でロン上がり。流局が続いてたからシバ棒三本分の九百点、静の出したリー棒千点もゲット。結果的に静から三千九百点をせしめる事に成功した。やはり直取りは大きい。これで俺と静の差は八千点近くになった。原点には遠く及ばないけどな。
安全牌を切って極力振らない様にする。こういう麻雀はあんまり面白くないなぁ。振ってもいいから大きな手作りを目指す方が俺に合ってる。
勝人さんは何というか余裕の打牌だ。トップを獲るのが目的ではない。場を均すのが使命とばかりに、皆の得点が均等になる様に狙って打ってると思われる。自分が点を獲り過ぎだと思うとあえて最下位の者に振り込むとか。本人じゃないので確信は持てないが思うがままに場をコントロールしている様だ。
どうせ勝人さんに均されるならいつもの様に好きに打ってみようか。振り込んでも勝人さんが助けてくれるだろう。それで最後の半荘で勝負に出る。それまでは自由に打とう。でかい手役を目指すのだ。
この考えは当たった様だ。半荘七回終わったところで現在五時四十五分、次の八回目が最後の半荘になるだろう。現時点での点数は、上から勝人さん、直哉、俺、静の順だが、全員±10Pの範囲内だ。勝人さん、あんた何者だよ。完全に手の平の上だ。勝人さんはリーチを殆どかけなかった。狙い撃ちがしにくいというのもあるだろうし、下手に裏ドラが乗ったら目論見が外れるというのもあるだろう。多分、このメンツ相手ならトップを獲るのは容易いのだろうな。
「最後の半荘です。これで決まりますのでそのつもりで。」
「先生に引導を渡せるのですね。覚悟して下さい。」
「ほざけ、そっくりそのまま返してやるよ。」
何とも不毛なやり取りだ。全ては勝人さんの胸三寸なのにな。
ここからは少し本気モードだ。とにかく振らない。上がるのは出来るだけ静を狙い撃ち。おっと配牌で九種十牌あるぞ。ここは国士を狙って、中盤以降で上がれない様なら降りだ。么九牌は安牌になり易いしな。あと特に静の捨て牌は現物牌として貯めこもう。
四巡目、自摸がよくて一向聴まで持っていけた。後は發と九筒のどちらかが来れば聴牌だ。しかし發は静がポンしている。つまり残り一枚。ポンカスのラス牌なので誰かが安牌として抱え込んでいる可能性もある。いや、寧ろ俺の国士を警戒して捨てられないのかもしれない。あと三巡の内に聴牌らなければ降りにまわろう……と思っていたら六巡目に九筒引いてきたわ。よし、国士無双聴牌だ。勝負に出るぞ。
「フフフ、先生、国士狙いでしょうけどそんな先生の夢を打ち砕いてあげましょう。」
ぐっ、まさか自模ったのか。
「私は優しいですから早目に引導を渡してあげます。これで国士は閉ざされました。」
そう言うと静は自模った牌を右側にさらした。
「カン! これで發は無くなりましたよ!」
馬鹿だ、こいつ。
「ロン、槍槓だ。国士無双、三万二千!」
「「おぉー!」」
勝人さんと直哉が声を上げる。槍槓で上がるなんて役満上がるよりレアなんじゃないか?
「そ、そんな……六巡目ですよ。もう聴牌してたなんて…」
「すまんな、どうやらこれで決まりかな。」
「先生、最後の半荘でこの点差はもう修復不可能ですわ。」
「やっぱりそれとなく均してたんですね。いやはや、恐れ入りました。」
「どゆこと?」
直哉は分かってない様だな。かくしてトップが俺、静はラスを引いて皆への驕りが決定したのだった。サシウマの俺への驕りは……槍槓で役満上がるなんてレアな体験させてくれたお礼に、ご祝儀として許してやってもいいかな。




