小六編 第54話 合宿五日目 全自動雀卓
今日は合宿最終日、なので打ち上げは合宿の打ち上げでもある。明里、朋照、直哉などのOB達は勿論の事、竹内の婆ちゃんや美沙恵さんといった保護者、それに中高生達の協力に支えられながら、何とかやり遂げられたというのが正直なところだ。
「皆さん、五日間、お疲れ様でした。おかげさまで今年も事故も無く合宿を行う事が出来ました。」
「せんせー、挨拶はもういいよ。それより早く乾杯の音頭を!」
「へいへい、それじゃお疲れさまー、カンパーイ!」
「「「カンパーイ!」」」
例によって保護者の方々は一時間程で引き上げる。自分らが長居すると若い子等が楽しめないと気を遣っているのだろうか。俺も若くないんだがな。そして宣言通りヤツがやって来た。そう、静だ。しかも勝人さん――静の父親だ――まで引き連れて。
「先生、今日も来て差し上げましたわ。感謝する事を許してあげますよ。」
「何を偉そうに。それより勝人さん、お久しぶりです。どうしたんです? 今日は。」
「まぁちょっとした差し入れですよ。すいませんが若い子を二、三人貸してくれませんか。車に積んでありますので。」
「はぁ、まぁいいですけど。朋照、直哉、ちょっと手伝ってくれ。俺も行くけど。」
勝人さんに付いて車の所へ行く。後部座席をフラットにしてそこに無理矢理詰め込んでいたのは……
「これは……もしや全自動雀卓ですか?」
「えぇ、うちで使ってたやつですが、一部の機能が壊れてしまって新しいのに買い替えたんです。で、お下がりで申し訳ないんですが差し上げようと思いまして。」
「えぇぇ、そんな、悪いですよ。」
「うちにあっても場所をとるだけなんで、貰ってやってくれませんか。今なら静も付けますよ。」
この人は何を言ってるのだろう。高度な親父ギャグなのか? 俺が返答に困っていると、
「まぁ体のいい厄介払いです。お気になさらずに。」
どっちが? 雀卓だよな。まさか静の方じゃないよな。
「わかりました。雀卓は引き取ります。」
何か勝人さんが苦笑いしてるぞ。ここで突っ込んではいけない。そう、絶対にだ。
「よし、朋照、直哉、運び込もう。」
「うぃーす。」
二人とも、特に直哉は嬉しそう。こいつら全自動雀卓は使ったこと無いのかな。
「とりあえず教室でいいっスか?」
「そうだな。最終的には居住部分に置くけど、今日の所は教室でいいか。」
三人で雀卓を運び込む。といっても俺は二人への指示など補助的な事しかしなかったけど。力仕事は若いのに任せた。
「ちなみに壊れてしまった一部の機能とは?」
「あぁ、点数の表示が出来なくなったんですよ。山を積むのは問題ありませんのでご安心を。」
「初期の頃の全自卓になっただけですね。昔のには点数表示機能なんてありませんでしたし。」
「そういう事です。」
「ちなみにこれは配牌も自動でやるタイプですか?」
「いえ、17牌×2段を四人の前に積むだけのタイプです。私は自動配牌はどうも苦手でして。」
「私もです。あれは何か違いますよね。出てきた段階でドラ表示牌まで捲れてるのって。」
「点数表示の不具合も私じゃ手が出せませんでしたけど、先生なら直せるかもしれませんよ。」
「そうですね。メカニカルな部分じゃちょっと難しいと思いますけど、点数表示部なら単なる断線とか接触不良かもしれないですしね。直せなくとも牌を積んでくれるだけでありがたいですよ。」
勝人さんとそんな話をしながら教室へ入る。早速、直哉が周りに椅子を配置して点箱(って言うのか?)の中の点棒を確認している。
「どうです、先生。私の差し入れは! 感謝しなさい。」
「へへー、ありがたき幸せ。」
一応、土下座してやった。直哉もすぐさま隣で五体投地だ。お前、本当にノリがいいな。
「静かに脅さ……説得されましてね。まぁ家に置いといても仕方なかったんで、ちょうど良かったと言えば良かったんですよ。」
今、脅されてとか言いかけたよな。静、お前、何をした。
「で、ですね。さらに今日の麻雀に参加する様に強よ……頼まれまして。」
今度は、強要とか言いかけたぞ。本当に何したんだよ、静。
「それは構いませんが……」
「お父さんが一緒に居るから保護者同伴ですよね。徹夜でやっても問題無いですわよね。」
「それが狙いかー!」
こいつ、若い娘の朝帰りは許さんと俺に言われたもんだから、父親を巻き込みやがった。
「しかしそうなると今日は五人か……一人抜けなきゃならんな。最初はじゃんけんか何かで決めてその後は二位抜けでいいか。」
すると朋照が、
「だったら俺が不参加でいいですよ? 今日は十一時迄と思ってたからその後、友達と約束入れたんですよね。」
夜中からの約束入れるのかよ。大学生パねぇな。しかし朋照が抜けると彼にトップ獲らせるという俺の計画が破綻するな。短い時間でもいいから朋照に参加してもらわんとな。
「勝人さんはどうします?」
「では彼には十一時位迄やって貰って、抜けたら私が入るという事で……それ迄は後ろで見学しています。」
「そうしましょうか。じゃあ十一時迄は勝人さん抜きの四人で、その時点で一旦今日のトップラスを決めよう。そこで合宿中の奢り奢られポイントが確定するって事にしよう。」
「十一時以降の勝敗についてはどうなります? 金銭の賭けはやらないんですよね。」
「実際にやる四人で決めよう。賭けはしないけどな。半荘ごとにトップラス決めてもいいかもな。」
かくして、合宿中の奢り奢られを決定づける麻雀が始まった。十一時までは朋照のトップを獲らせ、静にラスを引かせるのが俺の使命となる。と言うのは少し大げさか。いつもの様に大胆な捨て牌はしない。上がる時は静から、少なくとも静には振り込まない。場合によっては朋照に差し込むことも厭わない。まぁそれによって俺がラスを引いたんじゃ目も当てられない訳だが……。
静に振り込まない様に回して打っていると、どうしても七対子気味になってしまう。静の捨て牌から判断すると……二五筒あたりが危なそうだ。こういう時に限って五筒引いちゃうんだもんなぁ。仕方ない、これは打てない、止めるしかない。と思ってたらもう一枚五筒引いて対子になった。よしよし、静の当たり牌をため込んでやる。ほれ案の定、次は二筒引いたわ。どんだけ俺に振り込ませたいんだ。まぁいい、二筒待ち七対子聴牌だ。そうこうしている内に俺の上家の直哉が二筒捨てやがった。
「ローン、断么九平和三色一盃口ドラドラ、跳満ですわ!」
嬉々として静が手配を晒す。だがそうは問屋が卸さない。
「悪いな、頭ハネだ。七対子のみ、千六百。」
「な、何ですってぇ! 一万二千が、私の一万二千が、千六百ごときに……」
「ふぃー、助かった。千六百で済んでよかった。」
直哉が胸を撫で下ろす。そりゃ跳満振る事を思えばな。静には極力上がらせない。しかも今のは精神的ダメージもでかかったろう。こうして対静戦略をもくもくと遂行する俺なのであった。




