小六編 第52話 合宿五日目 右に布有り
金曜日、いよいよ合宿最終日だ。小学生の宿題の進み具合はどうかな。中にはもう粗方終わらせた子も居るだろう。残るは絵と工作と自由研究だけって子も居たからな。
「お前は宿題どうなんだ?」
彩音に聞いてみた。一応、宿題には真面目に取り組んでいた様だったからな。
「ばっちりですよ。今は習字をどうしようか考えてるんです。」
「夏休みの宿題で習字があるのか。どんな課題だ?」
「それが自由課題なんですよ。何でもいいんです。何でもいいから逆に何にしようか決めかねてる訳で。」
「決めかねてるなら『月下氷人』でいいんじゃないか。せっかく練習したんだし有効活用出来るだろ。」
「そうなんですけどね。でもどうせなら何かこうインパクトがあるものにしたいじゃないですか。」
「そんなもんかね。で、候補としてはどんなのがあるんだ?」
「『衆道』はやっぱりマズいですよね。」
「当たり前だ!せめて『修道』の方にしろ。」
「『薔薇百合』ってのも考えたんですが。」
「その二つを並べるな。『薔薇』だけか『百合』だけにしろ。」
「中二臭く『漆黒』とか『覇道』とか。」
「中二になってからにしろ。」
「悩んだ結果、二つまで絞り込んで『天下布武』か『唯我独尊』にしようかと。」
「内容はともかく、その二つだったら『天下布武』だな。そちらの方が書きやすい。『唯我独尊』は今のお前にはまだ早い。」
「じゃ『天下布武』にします。」
「問題はそれを見た教師がお前をどういう目で見るかだが……まぁいいか。」
彩音だしな。さっそく筆をとって「天下布武」を書き始めた様だ。天、下、行を変え、布……
「ちょっと待て、筆順が違う。」
彩音は横画から書いた。布は左はらいが第一画だ。
「えっ、嘘! 横棒からでしょ。」
「間違ってる人多いんだが、左はらいが先だ。例えば有り無しの『有』、これも左はらいが最初になる。」
「本当に?」
「本当だ。俺も子供の頃、同じ間違いを指摘された。」
「左とは違って『右』ははらいが最初なのは知ってたけど他にもあったんですね。」
「『右』は知ってる者が多いんだが、『布』や『有』は知らない人が結構居るな。」
「私も知らなかったです。」
「『右に布有り』と覚えるといいぞ。横画が長い字ははらいが最初になるんだ。」
「えー、左も右も横画の長さなんて同じじゃないですか。」
「活字だとそうかもな。だけど書では違うんだ。書道の楷書で右、布、有を横画短めに書くと減点だ。」
「そうなるとこの『布』も横画長めの方がいいんですね。」
「そうだな、その方がカッコよくなる。」
彩音の「天下布武」はそれなりの出来になった。学校の宿題としてなら問題無いレベルだな。まぁ内容はアレだが。
そろそろ昼飯の準備もしないといけない。OB達にバーベキューの準備をお願いする。初日で一回やってるから慣れたものだ。とりあえずコンロと燃料――薪や炭、あと昨日の流しソーメンでの使用済みの割り箸――をセットするところまではやった。明里達女性陣は野菜のカットだ。
それと午後からのレクリエーションを決めなければならない。子供達が希望する内容を黒板に書いて貰っているので、それに目をやる。えーと、何々……だから泳ぐのは今年は無理だと言ったろ。それでも書いてるって事はよっぽど泳ぎたいんだな。他にはと、川遊びか……それが出来る様なちょうどいい川べりが近所にあるかな。多分、足を水に入れる位はしたいんだろうけど、ある程度水がきれいじゃないといけないし、深すぎても危ないし。流れがある分、海より危険な気がする。学校のグラウンドを使った遊びだと……かくれんぼってグラウンド周りで隠れる場所あるんかな。あの小学校の在校生、卒業生が圧倒的に有利になりそうだな。缶蹴り、結局これもかくれんぼの一種だよな。キックベースボールも結構人気だな。昨日やってるしドッヂボールよりは楽だしな。お昼寝、なめてるのか。うちは保育園では無いぞ。キャンプ、どうしろと。うちの庭でテント張るのか。泊りはNGだぞ。しかしキャンプか……三日目みたいにブルーシートでタープと敷物位は用意出来る。そこで昼寝させときゃいいんじゃないか? これがキャンプと言えるかどうかは別にして。現実的なのはグラウンドでの遊びとブルーシートのキャンプ擬き(お昼寝付き)位か。どうするか子供等やOBと相談してみよう。
相談の結果、昼飯後にキャンプ擬きをやって、三時ごろからグラウンドでキックベースボールをやる事になった。四時間もグラウンドに居たんじゃ疲れるからな。二時間位で終わる様に調整した。だとしたらタープと敷物は早めに準備しよう。バーベキューの時にも使えるだろうからな。
昼飯、バーベキューの時間になった。初日の反省点から今日は肉が多いぞ。焼きそばはそんなに無いからその分肉と野菜を食え。
「先生、焼きそば全部焼いちゃったんで俺らも肉貰っていいですか?」
朋照達がバーベキューコンロにやって来た。
「おぅ、ご苦労さん。しっかり食ってくれ。野菜も食えよ、バランスよくな。」
「肉は勿論ですけど、玉ねぎ結構好きなんですよね。」
朋照はそう言うと輪切りにカットされた玉ねぎをコンロで焼こうとして箸で摘み上げる。その玉ねぎは完全にカットされて無い様で、三切れ位が一緒になった状態でくっついていた。
「誰だよ、玉ねぎ切ったのは。」
「明里、玉ねぎカットしたの誰?」
「えっ? 玉ねぎは確かお母さんが切ってたと思うけど。」
「美沙恵ぇ……」
朋照が恨みがましく母親の名前を呟く。
「みさえぇって、お前はどこのしんちゃんだよ。」
「いや、しんちゃんはうちの親父ですよ。」
玄田のお父さんは新治って名前だったな。成程、しんちゃんだ。
「お母さん、お父さんの事、時々しん君って呼ぶよね。」
「親父は嫌がってるけどな、人前では特に。」
「二人だけの時はしん君って呼ばれても素直に返事するのにね。」
ラブラブだなぁ……じゃなきゃ子供四人も居ないわな。爆発すればいいのに。




