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小六編 第49話 合宿四日目 キックベースボール

 キックベースボールで難しいのはやはり送球だろうか。内野へのゴロの処理は野球と同じく、ランナーが辿り着く前に一塁に送球しなければならない。野球やソフトボールと違ってサッカーボールはでかいからな。送球にもそれなりの腕力が必要だ。キックコントロールに自信があるのであれば蹴って送球も有りだ。サッカークラブに所属し、日常的に練習しているのでもない限り困難だとは思うが。キックベースボール特有のルールとして、走者にぶつけてアウトを獲るというのも有る。野球、ソフトボールではボールそのものやクラブタッチしなければアウトにならないが、キックベースボールではぶつければいいのだ。ただ狙いが逸れると走者のさらなる進塁を許してしまう事になる。それを言ったらベースに投げても暴投したら結局同じなのだがな。


 小六男子の蹴り上げたボールがフライとなり二塁ベース付近に落下していった。さすがは六年男子、ボールが高いなぁ。しかし残念な事に落下地点はほぼ勝陽の守備位置だ。一塁ランナーは慌てて一塁に戻る。そこで勝陽はトリックプレーに出た。ボールをキャッチするのではなく、わざと地面に落としてからボールを「ダンッ」と踏みつけ勢いを殺したのだ。そしてすぐさまボールを拾い、二塁ベースを踏んでランナーはフォースアウト、その後一塁に送球してバッターランナーもアウト。ダブルプレーの完成である。


 ランナーは一塁のみなのでインフィールドフライにはならない。――インフィールドフライはランナーが一・二塁、若しくは満塁の時に適用される――そもそもインフィールドフライを宣告する審判は置いてないしな。またボールが地面に落ちてから踏んだので故意落球にもならない。――故意落球はボールに触れてから落球させた場合に適用される可能性があるが、触れる前に地面に落下した場合には適用されない――なかなかの策士である。まぁこれもボールが落下してから踏みつけて勢いを殺す事が出来たり、二塁を踏んだ後すぐさま一塁に的確に送球出来る技量があってこその策だから、素直に称賛されるべきであろう。


 回が進み彩音の打順の様だ。予想に反して彩音は巧妙にボールをコントロールして蹴り飛ばし、野球でいう所の三遊間を抜いた。――守備側は適当に散らばっているだけなので遊撃手と呼べる選手が居ない――そして外野がもたついてる内に一気に二塁まで進塁した。続く小四男子が、これまた運よく内野守備を抜いたライト前ヒットを飛ばし、彩音はギリギリではあるがホームに生還した。キャッチャー専属の者がいないので、相手チームのホームカバーがもたついた事も勝因だろう。ドヤ顔で彩音がベンチに戻って来た。


「どうです、先生、私の女子力(脚)は。」


「そこは普通に脚力でいいんじゃないか?」


「分かってませんね。女は脚、腰、下半身なんですよ。」


「分からんでは無いが、お前が言うとどうもイヤらしく聞こえるのは何故なんだろうな。」


「何を言ってるんですか。見よ! この魅惑の脚線美を。」


 細っこいな。小学生だから当たり前か。


「この子、自分で脚線美って言っちゃてるよ。まぁボールコントロールは上手くいったなとは思うけど、脚線美とは関係無いな。」


「脚フェチとは思えない発言ですね。」


「違うと言っとるだろう。」


「蹴られるのと踏まれるのではどちらがいいですか?」


 だーー、どうしてそういう方向に持って行こうとするんだ、こいつは。


「どちらも拒否する。お前、ピアノやってただけあって指や腕の力は強いと思ってたけど、足の方も結構強いんだな。」


「ピアノもペダルがありますからね。あれ、結構重たいんですよ。小さい頃は大変でした。鍵盤というか指とタイミング併せて踏まなきゃいけないし。踏み方によって音も微妙に変わってきたりして……繊細なんですよ。」


「そういうものなのか。俺を踏んだ時は繊細さの欠片も無かったけどな。」


「あれは初めてで加減が分からなっただけで……何度かやれば感覚が掴めてきますよ。」


「そう何度も踏まれてたまるか!」


「そう遠慮せずに。」


 いえ、踏まなくて結構です。


「ほれ、チェンジだ。守りにつけ。今四時半になったからこの回を守り切ればお前らの勝ちだ。」


 これ以上ここに居られると何を言い出すか分かったもんじゃない。彩音を追い立て守備につかせる。点差は3点あるので、2点以内でおさめれば彩音のチームの勝ちだ。


 結果として最終回の裏は攻撃側が1点を返したもののそこ迄で、彩音のチーム――勝陽のチームでもある――が2点差で勝利した。ドッヂボール三試合、キックベースボール一試合、合計四試合やって2対2で終わった。


 さて、明日もグラウンドは借りれるのだがどうしよう。子供等に希望でも聞いてみるか。


「明日もこのグラウンドを借りる事が出来る。ドッヂなりキックベースなり、グラウンドで出来る遊びが可能という訳だ。何かやりたい事はあるか?」


「グラウンドでやる事以外でもいいんですか?」


「それでもいいぞ。グラウンドも使えるという事で選択肢が多くなっただけと考えてくれ。」


「暑いから泳ぎたい。」


「今年は市民プールが改修工事が必要とかで使えない。海はそこまで行くための足というか車が確保出来ない。」


「グラウンド借りれたんだから小学校のプールを借りるというのは?」


「一応聞いてみる。ただ期待はするな。俺の予想では多分駄目だと思う。」


「その理由は?」


「単純にプールの方が危険度というか事故率が高いからだ。もし俺が校長先生なら許可しない。自分の学校の児童だけならまだしも他校の児童も居るからな。責任問題とか色々あるんだ、大人には。グラウンドがギリギリだろうな。」


「そんなもんですかね。」


「仮にだが、ドッヂとキックベースならどっちがやりたい? ドッヂがやりたい者は手を挙げて。」


 あまりいない様だ。やはり走り回るのは懲りた様だ。


「キックベースは? 手を挙げて。」


 こちらは多いな。二択しかないなら断然キックベースボールか。


「明日やりたいことを考えて来てくれ。皆の意見を聞いて、やれる範囲でやろうと思う。決まらなかったらキックベースだな。明日は来る人員が違ってくるからチーム分けも今日とは違ってくるだろう。」


 子供等の意見を尊重する、と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ考えるのが面倒になったのだ。色んな意見の中から選択する事で自由度は増すだろう。


「俺と婆ちゃんは校長先生に挨拶して来るから、OB連中で子供を引率して教室まで帰ってくれ。」


 子供等をOBに託して俺と婆ちゃんは泉谷校長が居る職員室に向かった。おっとその前にボールを体育倉庫に返して鍵をかけないとな。


「校長先生、今日はありがとうございました。これ、体育倉庫の鍵です。」


「あぁ、どうも。時折グラウンドの方見てましたが皆楽しそうでしたな。明日も来られるんでしたね。」


「その件でご相談が。ダメ元で聞いてみるんですが、プールを使わせていただく事は可能ですか。」


「プールですか。夏休み中に児童向けに開放する事はあるんですが、七月の開放日は終わっちゃったんですよ。だから水の浄化装置というか循環設備が稼働していない状態でして。なので今日明日で再稼働というのは難しいですね。」


「そういう理由があるんですね。分かりました。無理を言ってすいません。それでですね、明日はまだやる事が決まってないんですよ。グラウンドを使うかもしれませんし、使わないかもしれません。なのでこちらへ来る、来ないは明日ご連絡させていただこうと思いますがよろしいでしょうか。」


「それは構いませんよ。来られるならまたボールの貸し出しもしますし。」


「はっ、ありがとうございます。ご配慮、感謝いたします。」


 泉谷校長に謝辞を述べ、婆ちゃんと一緒に教室への帰路につく。さーて、どんな意見が出るかな。俺としては出来るだけ屋外活動にしたいんだがな。

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