小六編 第46話 合宿四日目 まず服を脱ぎます
木曜日、合宿四日目、午前中の勉強時間に塾生達を見回っていると、彩音が小さい子の宿題を見てやっているところに出くわした。ふむ、ちゃんとお姉さんしてるじゃないか。いささか幼女の比率が高い様だが。
「お姉ちゃん、人の顔がうまく描けない。」
未由は絵日記を書いて、いや描いている様だ。一年生だと絵日記の宿題があるんだよなぁ。二年生以降はどうだったかな、少なくともさすがに六年生では絵日記は無かった気がする。
「ほぅほぅ、人の顔ね。教えてあげよう。いい? まず服を脱ぎます。」
「貴様は何を教えようとしている!」
グリグリグリ、後ろからウメボシだ。
「あだだだだ、痛いですってば!」
「痛くされる様な事を仕出かすお前が悪い。」
「なっ、私はただ人体の観察をさせてあげようと思って……そう、これは教育なのです。」
「人の顔を見るのに裸になる必要は無いだろ。」
「私が必要なんです!」
「自分の願望丸出しかよ! 少しは自重しろ!」
全く油断も隙もあったもんじゃない。
「あんまり酷いと幼女接触禁止令を出すぞ。2m以内に接近したら駄目って事にするぞ。」
「そんな命令を私が聞くとでも?」
「だったら幼女側に出してやる。彩音接触禁止令だ。」
「すいあせんでしたっ!」
見事な五体投地である。これ位で勘弁しといてやるか。だが一応、釘は刺しておこう。
「未由、皆も、こいつに何か変な事されそうになったら、あるいは身の危険を感じたら大声を出して、誰でもいいから助けを求めろ。そんで俺か月子に教えてくれ。変な事しなけりゃ普通に接していい。いいお姉さんになる様、お前らが育てるんだ。」
幼女を使って幼女の天敵を矯正しようという、ある意味危険な賭けである。ここまで言われたら彩音も改心するかもしれない。
「幼女に育てられる……いいかも。」
ほら、こいつはこういう奴なんだよ。ちょっとMっ気があるのかもな。いやでも結束バンドで俺を拘束して踏みやがったし、実際はSなのかもしれない。どっちにしろ監視は必要だ。月子、彩音係としての監視任務、頼んだぞ。
昼飯は一昨日と同じく流しソーメンだ。二回目だから皆手慣れたものだ。今日は一昨日より参加人数少ないしな。
このソーメン水路、毎年作ってその度に破棄してるけど何かに活用出来んかな。難しいかな。そうだ、自治会やお祭りのイベントに貸し出したらどうかな。別にレンタル料取ろうとかは考えてない。どうせ捨てる物なんだし有効利用して貰えればいい。これも地域貢献だ。うちの教室の名前が出れば宣伝効果で入塾者が増えるかもしれない。今年の夏限定なら竹も傷まないだろうし。そういや桜宮神社で夏祭りがあるんだったな。今度、桜田さんに提案してみよう。
「月子や彩音の小学校って、夏休み中はグラウンドに誰でも入れるのか?」
「大丈夫じゃないかな。ラジオ体操やってる子ども会もあるし、草野球やってる子も居るよ。何かするの?」
「午後からのレクリエーションで小学校のグラウンドで何かやろうと思って。」
「えー、暑い! 溶ける。」
また彩音がブーたれてる。うるさい!強制参加だ。
「本当なら許可とか取った方がいいんだろうな。」
「ちょっと待って、それなら私が…」
竹内の婆ちゃんが出てきた。えっ、許可取れるの?
「あそこの校長とは顔見知りだから。ちょっと電話して聞いてみるわ。今日だけ? それとも明日も?」
「出来れば今日と明日の午後がいいです。出来ればでいいですけど。」
婆ちゃんはスマホを取り出し、ピッピッと操作し始めた。おそらく校長とやらに電話してるのだろう。さすが地元の名士、というか大地主、顔が広い。
「大丈夫だったわ。本人も今日は学校に居るみたいだから挨拶だけはしときましょう。私も一緒に行くから。」
「ありがとうございます。助かります。」
「グラウンドで何するの?」
「ドッヂボールでもしようかなと。」
「それならボールも借りちゃいましょう。挨拶の時、私が言ってあげるわ。」
「本当に何から何まですみません。お手数おかけします。」
「今の校長、私がそろばん塾やってた頃の生徒なのよね。」
「あー、そういうお知り合いでしたか。」
うーん、婆ちゃんのおかげで懸案事項が一つ解決してしまった。
「今日は暑いから麦茶の用意しとくわね。ペットボトルのじゃなくて午前中に煮出したのを冷やしといたのよ。サーバーに入れてるから紙コップの用意だけはしといてね。」
至れり尽くせりである。確かに水分補給は大事だ。炎天下だと熱中症になりやすいからな。登山の時はそれでも山中だったから木陰があった。グラウンドだとそうはいかないからな。
皆を引き連れて小学校まで行く。子供等はOB連中に任せてチーム分けをしてもらう事にした。婆ちゃんと俺は職員室に向かう。学校の職員室なんて何年ぶりだろうか。
「泉谷先生、お久しぶりです。突然のお願いにもかかわらずグラウンド使用を許可していただきまして、ありがとうございます。」
まずは婆ちゃんが挨拶。校長先生は泉谷という名前らしい。
「まいったなぁ、竹内先生にそんな風に言われると。」
この人にとっては婆ちゃんはいまだにそろばん塾の先生なんだな。
「こちら、書道教室の白石先生です。」
「こんにちは、白石です。この度はありがとうございます。お世話になります。」
「昔のそろばん塾の所で書道教室をやられてるんですね。あの場所は私も子供の頃通っていましたから懐かしいです。うちの学校の児童も何人か通ってる様で。こちらこそお世話になります。」
よかった。そんなに迷惑がられてはいない様だ。これも婆ちゃんの人徳だな。
「それで校長先生、申し訳ないんだけどドッヂボールやりたいんで、ボールも貸していただけないかしら。」
「いいですよ。ちょっと体育倉庫まで行きましょうか。」
泉谷校長は職員室の壁に掛かった大量の鍵の中から一つを手に取った。校長自らボールを出してくれる様だ。なんだか申し訳無い。グラウンド横の体育倉庫まで来ると鍵を開けて中に案内してくれた。
「一個でいいですか?それとも二、三個いっときます?」
ここで俺は一つ閃いた。
「出来れば二個、それとサッカーボールを一個貸していただけませんか。」
「それは構いませんが、サッカーボール?」
「途中からキックベースボールにしようかなと。四時間もドッヂボールだけだと子供は飽きると思いますので。」
「成程、理解しました。ドッヂボール二個っていうのは二カ所に分かれてやるんですか?」
「そんなには人数居ませんので二カ所に分ける必要はありません。ボール二個による変則ドッヂもやってみたいんです。いい感じにゲームが荒れて面白いんですよ。」
「それは面白そうですね。しかし二個使いですか。その発想はした事無かったな。」
「そうですか? 私が子供の頃は小学校で結構やってましたよ。」
そんな雑談を交え乍らボールを無事借りることが出来た。「終わったら声をかけて下さい」と言いつつ泉谷校長は職員室に帰って行った。さーて、チーム分けは出来てるかな。